異世界からの召喚魔法を作りました
一年が過ぎようとしていた。もうすぐメアリも二年生へと進級し、本格的に師事する師匠を探すことになる。
だが、メアリの評価は良くないようである。それは部屋に帰ってきて愚痴を溢す姿から想像出来た。
進級が出来てもこれ以上学ぶ事が無いなら、意味が無いのだ。彼女は本格的に実家に帰ろうか悩んでいた。
そんな主人を持つ俺には数は少ないが友人が出来ていた。本の精霊と落ち零れのぺトロだ。
メアリのように何でもできる万能な属性持ちが知識以外に取り柄が無いからと全知無能なんて馬鹿にされる次元とは違い、ペトロは違うベクトルで落ち零れだった。
彼女は魔力はあるのに魔法が使えないのである。平民と同じように使えないのではなく、魔力を持っているのに使えないのだ。
これは精霊を見る事が出来ることから判断できるが、彼女は劣っているわけではないのだ。
俺は最初の頃に見る事が出来なかった精霊を最初から見ていると言う事は少なくとも魔力が無いという事では無いのである。
精霊である爺曰く、
「波長が乱れておる。いや、この波長が正常なのかもしれない、これは確認されてない属性なのかもしれん」
と、何だか意味深な事を言っていた。これに対して俺は便宜上、無属性と名付けた。
無属性である、落ち零れで特別な属性なら主人公に違いないと俺は思うのだ。
「でーあるからして、お前は実はすごい奴だ!」
「そう、なのかな……」
最近、というかメアリの課題が終わってから俺は三人であーでもこーでもないとペトロについて考えていた。
図書館を利用する奴は少なくて必然的に集まったのだ。三人とも寂しいのだから集まるのは時間の問題だった。
「そうじゃな、ヤンヤンの言う通りかもしれん。つまり、違う呪文を唱えた時に発動しない様に無属性とやらに対応する呪文が見つかって無いのかもしれない」
「おい爺、お前禁書とか知ってんだろ。何か探して来いよ」
「いや、ダメじゃろ」
「使えるかもしれないだろ」
「いや、使えたらダメじゃろ」
前途多難である。実際俺も禁書までは手が出せてはいなかった。巨大な図書館には何でもある為、俺の知識は止まることを知らなかったが、流石に禁書は見せては貰えなかった。
普通に生物が見たら発狂するレベルの物しかないらしいのである。本の精霊ぐらいの生物の枠から外れないと無理らしい。もしかしたら、人の皮で出来た本とかあるのかもしれない。いあいあ、である。
「しかし、それぐらいしかもう方法が浮かばない」
「それなんだけどね……」
ペトロを見れば、彼女は困った顔をしていた。
何か言い辛そうに、小さな声で言った。
落ち着かないのか、くすんだ自分の金髪をクルクル弄んでいる。
うん、金髪セミロング悪くないな……
「何をニヤけておる、気持ち悪い」
死神みたいなローブを着た爺が変な顔で俺を見た。
いい年してコスプレしているお前に言われたくない。
しかしだ、彼女は言っては悪いが幸薄系の美人である。この美貌、主人公級や!と俺が思った要因でもある。
金髪セミロングで、垂れ目で弱々しい感じの美少女だ。ツンデレも加われば完璧だったがそれは残念だが無かったのだ。
「私、実家に帰ろうかなって」
「お前もか!?」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
どうしてみんな実家に帰ろうとするんだろうか?貴族だから政略結婚しか取り柄が無いとでも思ってるのだろうか?
そうか、強いられているんだ!
「おい、何じゃか楽しそうじゃな」
「爺は分かってないな。これから何かが起きる、主人公ってのはピンチの時こそ覚醒フラグ何だからな」
「冒険譚の読み過ぎじゃ、現実は簡単にはいかん」
重みのある言葉である。お、重いよ空気が!
そんな俺達をペトロはクスクスと笑って、吹っ切れたように言い出した。
「私ね、もう三回も留年してるんだ」
「お、おう……結構エロイと思ってたけど女子高生なのね」
「ん?良く分からないけど、もう結婚適齢期だから親がね」
マジかよ、未成年じゃないのかよ。異世界ってスゲーな。
いや、中世みたいなものだから普通の事なのか?平均寿命がこっちじゃ三十だからな、早く死ぬから早熟なのかもしれないな。
「だから、もし次の実技に失敗したらやめようと思うんだ」
「実技か、何をやるんだ?」
「それが、もう好きにしてって。どうせ出来ないと思われてるんだ……何か私でも出来る魔法ってあるかな?」
寂しそうに彼女は笑った。どこかで、無理なんだろうと思ってるのかもしれない。
この顔は前世で何度か見た、何かに夢中になってる時の俺の顔とそっくりだった。
ある程度までは出来ても自分よりはすごい奴がいて、どうしようもないって分かっていながら頑張ってる時の顔だ。
だからだろうか、そんな顔を見たせいか何か力になってやりたいと思った。
「うーん、違う系統なら可能性がある。聖魔法とか死霊術とか、四属性の魔法以外」
「でも時間が掛かるんだよね、分かってるよ……やっぱ無理かな」
「あるぞ、一つだけじゃがな」
悩む俺達の傍らで、自信満々に爺は言った。
自分の顎鬚を撫でながら、教えてしんぜようと言った感じだ。
何だお前、いつになく輝いてるじゃねぇか。今なら魔法学園の校長って言っても信じるぞ。
何だか賢者の石守ってそうな雰囲気出ているぞ。
「共通の魔法をやれば良いのじゃ。そうすれば属性は関係なく魔力での勝負じゃ」
「そうか、召喚魔法は自分の属性にあった物を召喚するから」
「召喚魔法だって!?それはいい、すごくいいぞ!」
俺が喜んでいると二人は不思議そうに見てきた。ふふふ、知りたいなら教えてやろう。
俺は胸を張って説明してやった。
「きっと人間を召喚して、そいつが伝説級に違いない。似たような物語を見たことあるぞ。異世界召喚系だな!」
「なんじゃ、冒険譚の話か」
「なんだと!」
「人間も偶に召喚されるらしいから、伝説……なのかな?」
「なんだと!?」
ペトロ曰く、別段珍しい話でもなく地方の土地にいる人や物が召喚されることもあるそうだ。
しかしである、これはフラグだと俺は思うのだ。何かしらの方法で強い使い魔を召喚すればいいのだ。
その時、閃いた。
「禁書には召喚系はないのか」
「何を考えておるのだ、悪魔でも召喚するのか?」
「禁書の召喚系を見比べて、新しい召喚魔法を作る。きっと強い奴が出てくるに違いない」
それは新たな魔法創造だった。しかし、不可能ではないと俺は思っていた。
あらゆる本の知識を持つ精霊、膨大な魔力を持つ人間、異世界の知識を持つドラゴン。
俺達ドリームチームなら出来ない事は無いと思った。
「なんて危険な……」
「出来るかどうかわからないんだ、やるだけやってみようぜ」
「簡単に言うが、禁書と言うのは指定されるに足る危険な理由があってじゃな」
「そんなん良いんだよ、もしかしたら魔王とか倒せる奴でるかもよ。魔法自体完成しないかもしれないし」
俺には確信があった、この爺は知的好奇心が強いからだ。
俺が前世の記憶を元にアニメの話をしたら喰い付く程だ。最近は錬金術師の話をしてからネズミをホムンクルスにしようと研究したり、マッドサイエンティストの素質を持っているのを俺は知っていた。
だから喰い付くと思っていた。
「まぁ、有益性の検証にはなるかもしれんしな」
「え、私やらないよ」
「しかし、ヤンヤンはやる気じゃ。ふむ、仕方ない事なんじゃ」
「ペトロ、君の為なんだ」
「でも……」
「ペトロ!」
「は、はい!分かった、やります。やればいいんでしょ」
ごり押しで俺の案が通った。しかし、俺はこの時に気付けばよかったのだ。
運命と言う物があるならば、偶然なんてものは無く全てが必然だと。
予定調和のように、物事が進むと言うことがあると。この流れは起こり得ることであったと。
ペトロのテストは年末の時になった。その間、期間としては三か月ほどだ。ほぼ図書館に篭った事で心配して来たメアリがペトロに驚いたこともあった。ペトロは一応公爵と、国で王の次に偉い人物だったのだ。
流石に俺も焦って、もしかして中庭のドラゴンのどれかが使い魔かと聞いてしまったくらいだ。
まぁ、家族に期待されてないから使い魔は持ってないらしいがな。良かった、良かった。
それから研究は順調だった、爺は禁書を片っ端から模写して読めるようにしていた。発狂するのは禁書自体に呪いのような物が掛けられているからだ。読めない本とかゴミだし、読む方法があって当然だった。
読めるようになったら俺の番だ。読んだ内容を記憶を元に比較したり、アイデアを出したりして組み合わせていく。異界から召喚するなどの禁書には共通する魔法陣や呪文があり、比較して検証の繰り返しだった。
一番の功労者はペトロとメアリだ。失敗しても魔力が使えないから日に何度も出来ない実験を無尽蔵のような魔力でペトロがカバーして、色々な属性に関係する条件を探すための魔力をメアリがカバーしたのだ。
これにより、純粋に魔力のみで発動する魔法かどうか調べられて研究は捗った。
ただ、受験の時に関係ない事をしちゃう現象のように自分の問題を棚上げして研究を手伝うメアリが心配だった。師匠、見つかったのかなぁ?
こうして、共通の術式や比較検証実験を得て俺達は魔法を完成させていく。
最初に俺の提案した、異世界からの召喚だ。魔法陣にはチートになれるように、国を破壊できるだけの身体強化系の術式を組み込み、言語の刷り込み、隷属の術式、人型の限定召喚、上げたら終わりが無い色々な要素を詰め込んだ。
禁書なだけあってチートが多く、途中から大丈夫かなという場面は多くあった。
だが、ようやく完成した。
「出来てしまった……」
「あぁ、コイツはネズミの限定召喚にしていたが人型の、特に人間型に指定した術式に換えれば理論上可能だろう」
「うむ、ネズミが魔法陣の結界を尻尾で破壊した時は強化術式を詰め込み過ぎたと焦ったわ」
俺達は爆散した図書館の一角で、完成した一つの召喚魔法を見ていた。
一見、びっしり書かれたノートの一ページだが地面に置いて魔力を込めれば発動するタイプだ。
スクロールと言われる物である。しかし、術式は膨大な魔力が必要なのでペトロだけしか使えない仕様だ。
メアリが使えなくて残念そうにしていたのがいい思い出だ。魔力の使い過ぎで、その後嘔吐していた。
そして、試験の日である。俺達は野次馬に混ざってペトロを見ていた。
ペトロは馬鹿にする野次馬の中から俺達を見て、決心するように歩み出す。
それなりと落ち零れで有名であったペトロの最初で最後の反撃だ。
俺と本を持つメアリ、その本に宿る爺の心は一つだと思う。そして……
「準備は良いかね?」
「はい、行きます!はぁぁぁぁぁぁ!」
地面に置かれた羊皮紙は呼応するように赤く発光した。続いてペトロを中心に風が渦巻く、突如現れる黒い雨雲、地面は地割れを起こしていた。
あれ、ヤバくね?
「な、何をしている!それを止めろ!」
「止まりません!術式が止まらないんです!」
野次馬共はヤバい雰囲気にパニックを起こして逃げ出した。付添いの教師はあろうことか、ペトロに魔法を放つ。しかし、使い魔を逃がさない用の結界に阻まれてしまった。
「失敗ではない、だが何じゃあれ……」
「発動してるけど、ヤバいな」
「ペトロ先輩!」
今にもメアリは走りだしそうだった。しかし、走る前に事態は変わっていく。
羊皮紙から今までとは打って変わって、白い光が柱のように天に向かって放たれたのだ。
魔王の召喚のようだった光景に、天から白い光が注がれる。何かの吉兆のようだった。
そして、俺達は見る。白い光の柱に映る人型の影を……
「あれは……ッ!?」
それはジーンズにパーカーの少年だった。
間違いない、異世界から、俺の前世から召喚に成功した瞬間だった。




