乱れた世界の法則
鳳凰院飛鳥、と名乗る幼女の話を纏めるとだ。
この世界と言うのはシナリオと言うか、基本設定が狂ってしまった小説の世界である可能性が高いそうだ。
元々は乙女ゲームと呼ばれるギャルゲーの反対みたいな男を攻略するゲームを題材にした小説の世界だと思っていたのだが、知らない設定の追加で世界観が滅茶苦茶になっていたらしい。
そもそも、生れた時に彼女は自分が転生したことを自覚した。
転生した世界、それは乙女ゲームの悪役に転生してしまった主人公がバッドエンドを回避するという小説の世界だ。
当然、悪役に転生した主人公のようにバッドエンドを回避しようと奮闘したのだが、入学初日にヒロインによって半殺しにされたそうだ。
なんとそのヒロイン、本来ならゲームオタクの女が転生した普通の女子高生だったはずなのに何故か自在に呪いを操る異能者になっていたのだ。
ややこしいのだが、設定上ヒロインは転生者という奴で原作知識を使って悪役を陥れようとするタイプらしい。
そして、この転生者という設定の女がいた世界と彼女のいた世界は同じではない。
乙女ゲームの世界に転生したのがヒロインで、そのヒロインがなんやかんや悪役になってしまった主人公にコテンパンにされる小説を読んでいた世界から転生したのが鳳凰院飛鳥なのだ。
話を整理するとだ、彼女は小説の中で転生者であるヒロインに命を狙われる悪役に転生した女に憑依したのだ。
何を言ってるのか分からないだろうが、俺も分からない。
それだけだったら話は簡単だったのだが、世界は少女マンガから少年マンガ、恋愛物から戦闘物へと変わっていた。
本来のシナリオは、人間に紛れて生きる妖怪を偶然目撃してしまったヒロインが妖怪だけの学校に特別入学して妖怪達と恋愛するゲーム……をやりこんだ女であるヒロインが、悪役に転生してしまった女である鳳凰院飛鳥を邪魔だと思って排除しようとする話だった。
しかし、そこに魔払いとかいう設定が入ってきて妖怪退治の機関が出来ていたり、異能者とか言う特殊な力を持つ者や妖怪の素材を使った武器で戦う者など、妖怪以外ファンタジー要素の無かった世界が世界観を一新させて血で血を流すような戦いのある世界になっていたのだ。
結果、ちょっと教科書とかをバラバラにされたり暴行を加えられるイジメのシーンなどが異能の力で生きたままバラバラにされたり、火炙りなどの拷問を加えられるシーンに変わってしまったのだ。
「本当、意味分からんって!なんで何もしてないのに命狙われんの?小説の中で後先考えない馬鹿が私の元になった悪役を虐めてたよ。でも、何でこの世界では馬鹿が不思議な力持ってんのさ!おかげでイジメがただの事件に変わってんだよ!私だけハードじゃなくてルナティックなんだよ!」
「なるほど分からん。色々ゴチャゴチャしすぎだろ」
「私の予想じゃ、世界が合体したとか言う話が原因だと思うわけよ。何で攻略対象が普通の妖怪から氷を操るとか雷を自在に使うとか中二な設定になってんだよ。なんで数百年前から人間と妖怪は争っていたとかそういう世界になってんだよ、一番びっくりなのはヒロインの立ち位置が人間と妖怪のハーフとか言うぶっ飛んだ設定で私の原作知識が通用しないことだよ。つうか、元になった乙女ゲームとか実在しねーからやってねーし!」
ゼェゼェと肩で息をしながら、幼女が不満をぶつけていた。
その様子を悩んだ様子でルージュが見ており、徐に口を開く。
「で、結局未来から来たってのはどういうことなの。貴方、半殺しにされたって五体満足じゃない。それに話の流れだと学園に入学するのは高校生らしいじゃない。どうみても高校生に見えないわよ」
「それは私が覚醒した異能の力が関係している」
「異能の力?」
彼女は自分の能力を実際に使いながら説明を始めた。
「異能の力、っていうのは何て言うか願いみたいな。強い想いが力になった物なんだわ」
そういって、傍らにある何も入って無いカップを手に取る。
「私の力は重ねる力、対象を重ねる事が出来る概念に干渉する系統の異能ね。例えばここに何も入ってないカップがある。これを対象に、別の事象を重ねる。この場合カップは中身が入っている時と入ってない時があるでしょ?別世界の中身が入ってる状態をこの入ってないカップに上書きする様に重ねると……」
次の瞬間、いつの間にかカップから湯気が上がっていた。
なんと、その中には紅茶が入っていたのだ。
「こういう事が出来る。私が使ったのは応用ね、自分の意識を過去の自分に重ねる。これによって疑似的なタイムリープを可能にした訳。だから、何度もこの世界を繰り返している。貴方達に協力を頼むのは初めてじゃないわ」
「どういう願いでこう言った能力になったのかしら。他の能力も見たいわね」
「前のアンタの考察だと、前世の記憶に起因した生への執着がやり直したい一心で力になったんじゃないかって言ってたね。よくある、あの頃に戻りたいって奴だよ」
彼女は何だか皮肉気にそう言った。
何だか面倒だなと言った雰囲気で、うんざりした印象を受ける。
彼女の中では何回も言った台詞なのかもしれない。
「これから起きる未来は繰り返す度に変わっていく。一つとて同じ物はないが、結末はいつだって私が死に掛ける事に収束する。だから、助けて下さい。お願いします、どうか力を貸してください。貴方達が協力してくれることが一番生存できる方法なんです。だから……」
今までの態度とは一変して、彼女は真剣な声音で俺達に頭を下げた。
恐らく何度も行った行為ではあるのだろう。
だが、それに賭ける思いはいい加減な気持ちではない。
またやり直せばいいとか、そういった物ではなく今度こそという必死さが窺える。
どうしようもなく憐れな姿だ。
「答えはもう知ってるんでしょ?」
「前回は、だが断るって言われました。やっぱりダメですか」
「はぁ!?この流れで前回の私、何言ってんの!協力する方だからね、死にたくない気持ちは私だって分かるんだから!」
「じゃあ……」
目の前に輝くような笑顔を浮かべる彼女の姿があった。
俺はそれを見て、思わず言ってしまった。
「あぁ、だが断る!」
「何言ってんじゃお前はー!」
ルージュのパンチが俺を貫いた。
俺の小粋なジョークは通じることなく、制裁という名のお仕置きをされて捨て置かれた。
そんな俺を無視して彼女達は女同士でガールズトークしていた。
「お手」
「犬じゃねーから!」
「……そっか」
こっちはこっちで男同士の仲を深めていた。
と、思いたい。
ルージュ達の話は高校生になるまで生存するために死ぬかもしれない事件を防ぐ方法についてだった。
協力する上で未来についての情報があると言うのは大きなアドバンテージだ。
元は小説の世界であるためか、小さな違いはあるが大きな結果は変動が無く行われるそうだ。
例えば、政権交代する事が確定している未来が総理大臣を変えても起こるように、地震が起きるとして対策を取っても起きることが確定しているように、どうしようもない運命みたいな事は様々な要因が重なっているために全てを取り除かないと起きてしまう。
小説で言う所の何々編、そんな感じの大筋みたいなストーリーは運命のように起きるべくして起こるのだ。
「そう言う訳で長々しい説明はしたけど、これから何をするか分かってるか確認するわよ?じゃあ、何をするかまとめてみて」
「まず、この国でクーデターが起きる。妖怪側の勢力が強くなって人間側が弱くなる。クーデターのせいで鳳凰院家、つまり飛鳥の家が粛清される。バッドエンドルートになる!」
「そうなんだけど、ちゃんと分かってんの?」
「要するにみんな殺せば問題ないわね。国家に逆らう奴は死ねばいいのよ!」
「さ、最悪!面倒だからって簡単な手段に出やがった!そんなことしたら国民が反発が起きるわ!」
「大丈夫、反抗したら殺せばいいのよ!減ったら勝手に増えるわ!」
「もうやだ、どうしてこんな暴君が国を維持出来るのか理解できない」
ルージュの単純な思考回路に、幼女が頭を抱えていた。
仕方ないさ、全部部下がやってるんだからな。
我儘を言うのが仕事で、後は部下が頭を悩ましてなんとかする国だもん。
ただ、国民全員が皇帝の無理難題に狂喜乱舞しちゃうから反乱とか起きないんだよ。
なんていう、ブラック国家だろうか。
「もう一回説明するわよ、魔払い内の権力争いが激化して武器組と異能組の派閥争いが事件の引き金。首謀者は四家の一人、青辰家当主である青辰蔵人の狂気を操る異能のせい。武器組の人間が妖怪化して敵陣営に流れて、鳳凰院家と白戸家が粛清される」
「つまり、ソイツを殺せばいいのね」
「そう簡単な話じゃない。妖怪の肉体を利用したり、妖怪の血が混じっている者が多い武器組は疎まれてる。だから防いでも何度もクーデターは起こる。後に分かるけど、妖怪の中には元人間の組織まで存在するわ。そういう昔からの問題だから解決は難しい」
「じゃあ、クリア条件はなんなのよ」
「此方側に引き込むこと、その上で青辰蔵人と協力者を殺す事。最悪、武器組が妖怪化してしまっても手を差し伸ばせば何とかなる。問題は協力者の対応よ」
「事件の黒幕って奴ね」
「そう、裏で唆した男がいる。数百年くらい前に妖怪になった元武器組の朧、今回の事件を引き起こし引抜を企てた妖怪側の敵よ」
重々しい口調で、再びルージュに説明がされた。
そうして、うんうんと納得したように頷いてルージュは言った。
「武器組の人間を私の土地に拉致する。そして、迷惑な首謀者と妖怪を殺せばいいのね」
「拉致じゃない、引き込みだ。そして、出来れば私がやったことがバレないように、それと朧はほっといても問題ない」
「よし、そう言う感じで行きましょう」
本当に分かってるのかと疑う飛鳥に、任せろといった顔でルージュが頷いていた。
俺の方を見て、飛鳥にバレないようにニヤニヤしていたので苦労するんだろうなと俺は憐みの視線を飛鳥に送るのだった。




