捕獲される吸血鬼
寝静まった深夜、俺は気配を感じてルージュに呼びかける。
何かが来ている、そう言った警告を内側から発したのだ。
『おい、何か気配が迫ってるぞ』
『うっさい、何時だと思ってんの!』
『いや、そんなオカンみたいなこと言って無いで身体から出してくれよー』
『はいはい、また今度ね。ふぁ~、もう寝かしてよ』
いやいや、そう言う場合じゃないから。
いよいよ気配がハッキリして来てから俺は困惑の声を上げた。
複数の気配が俺達を囲んでいるのだ。
今はルージュの身体に縛られており、意識が無い訳ではないので自分から出る事が出来ない。
ルージュが気絶してるんだったら勝手に出ることが出来たのだが、どうやら寝ているだけだったら多少は意識があるみたいで自分から分裂する事が出来ない。
つまり、動く事が出来ない状況だ。
ルージュがどうにかするなら、問題はないのだが生憎眠いとか言って働かない。
というか、危機感が働いてない。
『お経、なんかお経聞こえる!』
『へー、そうなの』
『ほら見て、何か近寄ってる気がするよ!ちょっと、目開けてくれよ!何が近寄ってるか確認してよ!』
『えー、面倒だからやだ』
自分の身体ではないので動かす事は出来ず、ただ暗闇の中で何かの近付く気配しか確認できない。
うおおお、金縛りにあった時ってこんな感じなのかな!?
「よし、呪詛封陣に掛かったぞ!」
「鬼だ、鬼用の術式に切り替えろ!」
「弱った様子が見られない!捕縛式、もっとだ!」
人間の騒がしい、声がした。
というか、会話の内容からして何だか俺達に関わる事のように思える。
っていうか、絶対関係あるよな!
「うわ、まぶし……」
「た、退避ー!ターゲットが活動し始めたぞ!」
「えっ、何?何これ、寝起きドッキリ?」
開かれたルージュの目、五感を共有しているので瞬時に見ている物が俺にも映る。
俺が感じていた気配の正体、それはルージュの作った小屋ごと包囲する人間の集団。
夜とは思えないほどの光源に照らされて、人の影しか見えない状況。
身体には何らかの呪文が生き物のように肉体に這い寄っており、絡みついて刺青のようになっている。
もしかしなくてもピンチだった。
「しゃ、喋った!?脅威度を更新しろ!A級妖怪だ!」
「結界を広げろ、人払いを早く済ませろ!」
「総員、封印術が解かれた際の戦闘に備えよ!」
訓練された動きで自衛隊のような奴らがルージュを包囲する。
周囲にはヘリや車がライトを此方に当てており、着物を着た集団が絶えず呪文を唱える。
様々な武器を持った集団がゆっくりと前に出て、俺達に近付いてくる。
「え、何!?動けないんだけど、ちょっと知らない文字!やだ、解けない!?」
『落ち着け、クールになるんだ。何か力技で対応しろ』
「ふ、ふぐぅぅぅぅぅ!」
ルージュが苦しそうな声を上げる、するとその様子に周囲が騒ぎ出し着物を着た集団がさらに早口になって呪文を唱える。
「妖力が上昇している!何かする気だ、もっと封印術を掛けるんだ!」
「ちょ、えっ!?追加しないで、外せないでしょ!」
「ま、惑わされるな!人間に擬態できる強力な妖怪だ、気を抜くなよ!よし、確保だぁぁぁぁ!」
六芒星の魔法陣らしきものが、これでもかとルージュに張り付く。
まるで、繭のように余すことなく何重にも張り付きルージュを拘束する。
それに対し、困惑の声を上げた為か好機と見た人間達が雄叫びを上げながら突撃してきた。
「う、動けないぃぃぃ!離せぇぇぇ!」
「よし、任務完了!撤収せよ!」
「ちょ、目隠しやめろ!どこ触ってんだ、お前ら!イタッ、投げんなー!」
あれよあれよと視界を塞がれ、どこかに放り投げられる。
そして、エンジン音と何かが動いている気配。
どう考えても、俺ら捕まっていた。
それから、暫くは車内にいたと思われる。
音から判断して、トラックのような物に入れられていた俺らは現状の理解に勤しむ。
『魔法が発動しない。それどころか聖気も封じられてる』
『俺は分離できないのか』
『出来ない、というより身動き全般が出来ない!』
『だから起きろって言ったんだよ!バーカ、バーカ!』
『未知の術式に捕まるとか想定出来る訳ないでしょ!バーカ、バーカ!』
不毛な脳内会議が移動中行われる。
しかし、何にも出来ない状況と言うのはヤバい。
俺が昔呼んだ漫画じゃ、不死身の化け物は生きたまま解剖とかされるのが定番だ。
というか、なんの目的で捕獲されたのか。
捕獲と言う時点で人体実験されるのではないだろうか。
『絶対後でコイツら殺す。どさくさに紛れて身体触った奴等、絶対に殺す』
『ぶっそうだな。それよりどうにか解除して逃げようぜ』
『出来ないから困ってるんでしょ!』
その後、どっちが悪いかで滅茶苦茶喧嘩した。
因みに脳内会議なので、外の人間達は静かだなとしか思ってないだろう。
車が止まり、浮遊感に包まれる。
たぶん、目的地に到着し移動させられるのだ。
その間ルージュは口に出さないが、脳内でずっと文句を言っていた。
人間達は聞かされる俺の身にもなって欲しい、まったくやれやれだぜ。
「ほぉ、これが……」
「当初は妖力や擬態レベルからB級の判定でしたが、高い知能や急激な妖力の上昇からA級妖怪と判断しました」
「悪くないランクだ。B級以上を生かして捕まえたのは初じゃないか?良い武器の素材になるぞ」
「半永久的に素材を手に入れたことで、大幅な戦力の補充を上は求めています」
「任せていたまえ。私はこの道のプロだよ、要望以上の結果を約束しよう」
爺と若い男の高笑いが聞こえてくる。
そうか、俺達なんかの素材に使われるために捕まったのか。
まぁ、うまく行けばバラバラにされた状態から自由に復活できるだろう。
どれくらい経ったか分からないが、ルージュは拘束された状態で放置された。
その後、別の組織らしき人間による尋問が始まり、妖怪側の組織について居場所はどこだとか、誰々はどこにいるんだと言った感じの話をされる。
尋問され続けルージュがストレスを感じ始めた頃、俺達はようやく脱出の機会を得る。
それは、実験に使う材料採取の時間だ。
拘束されて何も出来ないと思っている奴らによって、ルージュはチューブのような物を刺される。
恐らくこれを使って、実験に利用しようと思っていたようだがそれは悪手だ。
抜かれた血は本来ならばただの液体であるのだが、それは吸血鬼であるルージュには当てはまらない。
チューブと機械によって血液が吸い出されるその時、俺達は活動を開始した。
「血圧上昇……様子がおかしい、採血を中止しろ!」
「装置は停止しています。チューブに異常があるのかもしれません!」
「おい、血液がどんどん流出してるぞ!止血しろ、殺したらダメだ!」
どこかの一室で、事故が発生したとも思える光景が出来ていた。
それは必要量の血液を手に入れようとした過程で起きた事故だ。
何らかの不備により、必要以上に血液が大事な実験体から流出してしまったのだ。
「ダメです……生命反応が消えました」
「何してる!上になんて報告する気だ!」
怒声が行き交い、責任の追及がそこで行われる。
予想外の事態に現場は混乱しており、誰も流出した血液の事など気にしていなかった。
そんな場所で、チューブの中や容器に入っている血液、床に零れてしまった血液が動き出す。
最初に気付いたのは採血を担当していた者だった。
その人物の前で容器が破裂したのだ。
独りでに破裂した容器、その破片は近くにいたその人物を傷付ける。
指を軽く切ってしまったのだ。
その様子を俺は血液の中から見ていた。
全ては俺達のシナリオの通りである。
指を切ってしまった人物の様子が少しおかしくなっていた。
それはルージュの血が傷口から侵入して、内側から肉体と精神を変異させているからだ。
その血が人間でない身体を与え、その血に含まれる大量の魂が人格を発狂させる。
「貴方、大丈夫?怪我してるわよ……」
異変に気付いた仲間らしき女性がその人物に近付いた。
返事をしない人物を不審に思い、彼女は顔を覗く。
その瞬間、ルージュの血に侵された人物が彼女の首に噛み付いた。
「えっ?」
それだけ言い残し、彼女は首の肉を抉られて出血しながら床に倒れる。
だが、それも数秒の事ですぐさま起き上がった。
起き上がる彼女は首の半分が無くなっており、生きているとは思えない姿だった。
しかも目は充血し、牙が生え始め、爪が伸びて皮膚が黒く変色する。
明らかに人間の姿で亡くなった彼女は最初の感染者と共に言い争う事に夢中になって気付いていない者達に襲いかかる。
「何だ、邪魔す――」
「う、うわぁぁぁぁ!?」
「何が――」
「よ、妖怪だぁぁぁ!」
異常な事態に気付き逃げ出す者、呆けて逃げ遅れる者、そして殺された筈の者達が部屋の中に存在していた。
そんな空間で、床に広がっていた血が脈動する。
血は中心に集まって行き、塊となって人の形を形成していく。
「なんで!なんで開かないんだよ!」
「フフフ、開く訳ないでしょ。逃がす気なんかないんだから」
その声に、扉の前に集まっていた逃げ惑っていた者達が反応した。
そして誰かが振り返り、信じられない者を見るような目で驚愕する。
「どうして、拘束された筈なのに!」
「油断しなきゃ、あんな物意味なんかないわよ!さぁ、やっておしまい!」
「うがぁぁぁぁぁ!」
ルージュの命令によってゾンビとかした者達が生き残った者達に襲いかかった。
こうして俺達は再び自由を手に入れた。
「っていうか、最初から捕まったお前が悪いんだからな」
「う、うるさいわね!これは作戦なのよ!えっと、そう!この研究所?みたいな場所を占拠して情報を集めるのよ!」
「へー」
「疑ってんの!アンタ、生意気よ!」
何だか行き当たりばったりな気もするが、そう言う事にして俺達はゾンビ達を従えて外に向かった。




