プロジェクトD、ヤンヤンの挑戦
魔法使いたちの学び舎、そこには多くの使い魔がいる。
その中の一体について今日は語ろう。
今回の対象となる使い魔それは……ヤンヤンである。
彼は元人間のドラゴンであり、そこらの有象無象の畜生よりも知識がある。
自称、ハイブリットドラゴンである。そんな彼の日常だ。
ドラゴンの朝は早い。
綺麗好きな彼は日が登り切る前に起きだし、歯磨き用の骨を噛みまくる。
次に、外へと向かい魔法で出来た水を全身から被った。
普通そんなことはしない。使い魔は殆ど本能で生きている。
きっと人間達から見れば眉を顰めるものであろう。
しかし、使い魔だから人間のように身体を洗ってはいけない訳ではないのだ。
朝の身支度を終えた彼が次に行うのは、狩りである。
宿屋の主人の目を盗み、町を一周するように得物を探す。
ドラゴンである彼の血が疼く、得物はどこだと。
ヤンヤンが狩りに出ると、多くの小鳥共が話し掛ける。
「へいへい、翼があるのに飛べないドラゴン!おら、来いよ、どしたどした」
「やめなさいよ、飾りなんだから虫けらが可哀想でしょ」
「「あははははは」」
ヤンヤンは言う。
「小鳥を食べてから言葉が分かるようになったんだ。まぁ、彼らなりの挨拶なんだろう。今度焼き鳥にする」
ヤンヤンはそう言って、得物を見つけたのか走り出した。
朝食としてネズミ数体を手に入れたヤンヤンは、スラムの住人に取られない様に部屋で食べる。
朝食を取った彼が次にするのは、ご主人を起こすことだ。
中々寝起きが悪く、最近は尻尾で顔を叩いて起こす。
すると、彼の主人は激怒しながら支度を開始する。
彼は言う。
「もう何年もの付き合いですからね、痛いけどこれは照れ隠しですよ」
そう言って、血を垂らしながら彼は笑った。
こんな生活を毎日過ごしているらしい。
次に彼が向かうのは学園だ。
モンスター犇めく魔境である。
彼が中に入れば、その視線は彼に集まる。
どうしてかと聞いてみれば、ドラゴンと言うのはモンスターの中でもかなり優秀な部類で嫉妬される物だからと糞を投げられながら彼は言った。優秀なドラゴンである彼への嫉妬は凄まじい。
今日もまた、モンスター達のリーダーが彼に声をかけた。
レッドドラゴンのバロンである。
「よう最強のドラゴン、お前のインフィニティゼロとやら見してくれよ。おら、掛かってこいよ」
レッドドラゴン、バロン。
ルビーのような鱗に包まれた5メートルはあるドラゴン、彼はこれでも子供でありヤンヤンの5倍はあるドラゴンだ。
学園では当時番長をしていたグリフォンさんの翼を噛みきった事で恐れられている。
そんな彼はいつも取り巻きを引き連れており、卑怯な奴だ。
彼の取り巻きは三匹。
ウインドドラゴンのウィウルゥク、あだ名、雑魚ワカメ。
ウォータードラゴンのエリルス、あだ名、青ビビり。
ロックドラゴンのジルムンド、あだ名、爺。
バロンは毎日のようにヤンヤンに嫉妬して挑発している。
だが、彼が挑発に乗ることは、無い。
彼らの主人が国で王の次に偉い奴らだからだ 。
恐いのではない、主人を守るために耐え忍んでいるのだ。
そのとき、青ビビりは意外な事を言った。
「インフィニティゼロとか怖くね?」
「嘘に決まってんだろ、一発殴ってこいよ」
「そういうウィウルゥク、お前がやれ。俺様の命令だ」
いきなりのバロンからのご指名に雑魚ワカメは戸惑った。
そんな恐ろしい技、聞いたこともない。
それに挑めと言うのだ。無理です。出来ません。
雑魚ワカメは思わず叫んだ。
「そうだ俺ですら制御できない禁止技だ。手加減出来るかどうか」
「お前がやらずに……誰がやるんだ。やらないより……やって後悔しろ」
爺の熱い言葉に、雑魚ワカメは心を打たれた。
ドラゴンの血が騒いだ。
「やらせてください、バロンさん」
ドラゴン同士の決闘が始まった。
ヤンヤンは不利だった。
倒せるが、飼い主が来てしまうからである。
しかも、彼は知っている。
飼い主と言うのは巷ではモンスターペアレントと呼ばれていると。
技を使わず、身体を守り、攻撃を確保する。
まったく矛盾する作業だった。
技術的に不可能と思われた。
何度も攻撃しようとした。
しかし、出てくる答えは一つ不可能。
ヤンヤンは思った。
出来る、いや出来ると信じなければ出来ない。
ヤンヤンは丸くなった、耐えて、耐えて、
一時間が過ぎようとしていた。
しかし、雑魚ワカメは倒れない。
頭の中には一つの言葉しか出てこなかった不可能。
そのとき、ヤンヤンはふと思った。
不可能なんだ、不可能なことをやろうとしているんだ
そこへ外野からヤジが飛んだ。
「戦えよ、自称最強」
「見下してんじゃねぇよ、蜥蜴野郎」
「昼休みになっちまうぞ」
暗闇に光がさした気がした。
彼は、考えを変えた。
勝利条件は倒すだけじゃないと。
自信があった。
「必ず勝つ、いや勝って見せる」
そして、運命の時。
キーンコーンカーンコーン。
不可能だと思われていた。
いや誰もが不可能だと信じて疑わなかった。
しかし、それが可能になった瞬間だった。
ヤンヤンは、充足感に包まれ、ただ涙を流していた。
彼は勝ったのだ、時間切れで。
周りの使い魔の落胆の声が聞こえた。
もしかしたら、彼らはこの支配を打破してくれると期待していたのかもしれない。
だから言った。
「ふっ、運が良かったな。本来なら瞬殺だったぜ」
流石に懲りたかと思われた。
だってボロボロである。
誰もがそう思った。
しかし、まだ彼は言う。
その時、バロンが鶴の一声を上げた。
「じゃあ、明日もやるか」
誰もが苦笑いした。
彼の笑顔も引き攣っていた。
昼休みを終えると、ヤンヤンは図書館に向かう。
今頃、中庭はバロンたちに占領されているのだろう。
どうして、彼らを放置するんですか?
「彼らは若い、世界と現実を知るには早すぎる。いいじゃないか、今くらい」
慈悲深いドラゴンである。
図書館、そこにはヤンヤンの旧知の友人がいるそうだ。
彼は、小さな羽でホバリングをして周囲を見渡す。
「ふぅ……きっ……つ……」
珠のような汗をかきながら彼が何かを見つけたようだ。
「生徒……か……」
知り合いではなかった。
泣きながら図書館で食事をする少女。とても可哀想である。
だが、図書館は飲食禁止、注意せねばならない。
「ここで飯を食べるんじゃない!」
「え、あ、はい……」
彼の声に少女は止まった。
彼の一声はもしかしたら彼女の動きを止めさせてしまう程なのかもしれない。
カリスマである。
「何をしておる」
「爺か、子供がここで食事していてな」
「別に子供じゃ、多少目を瞑ってやれ」
ヤンヤンの友人が現れた、年寄である。
仲が良いようでもあった。
「ダメだ、ケジメだ」
そこに容赦はない。
マナーは守る物であるのだ。
だが、彼の友人が何かに気づいた。
「お前、この間ネズミ喰ってたじゃないか!」
「過去の話を持ちだすな、器が小さいわ!」
昔に囚われない大物である。
少女に対し、説教をする。
少女は真剣に聞きながら食べていた。
その時、ヤンヤンは動く。
「あっ!」
「いかん!」
落ちて行く、ゆで卵。
手慣れた手つきでゆで卵を弾き、口でキャッチする。
ドラゴンの狩猟本能だ。反射である。
しかし、爺はめざとい、それを見逃さなかった。
「はい、食べた!今、食べたのじゃ!」
「ぐぬぬ……」
このままでいいのか。
いや、ダメである。
彼は口早に言った。
「証拠はない」
「証拠は、見ていたわ!なっ、なっ!」
「え、うん」
同意を求める爺。
やることが子供である。
だから彼は正論を言う、相手にしないのだ。
世の中うやむやが良い事を、知っているからだ。
「物的証拠がないなら、カウントできない。つまり、ノーカンだ」
「なんじゃと!自分にばっか都合が良い事を!」
「ノーカン!ノーカン!」
実に往生際の悪い爺である。
ヤンヤンは爺を放っておいて少女と友達になった。
少女はペトロと言うらしい。
巨人に食われそうな名前だなと言ったら、彼女は苦笑いしていた。
彼はジョークだけ苦手なようである。
こうして、ヤンヤンの一日は過ぎていく。
自室に帰ってきてからは、主人の残飯を残さず食べる。
彼は食べ物は無駄にしない為だと言う。
素晴らしい考えだ。
寝る前に彼は読書をする。器用にページを捲り慣れた物だ。
どうして本なんか読むんですか?
「知識と言う物は、唯一盗まれない財産なのです」
深い言葉である。本のタイトルは『エルフと禁断の森、突き刺さないでドワーフの槍で!』
冒険譚のようである。
「おほぉ、ヤッちゃうのか?外でだぞ、倫理的に、勇者だコイツ!」
すごく興奮する場面のようである。尻尾が反立つほどにだ。
こうして彼の一日は終わり、また翌日へと続くのであった。




