戦いの果てに……
ルージュの身体が衝撃に耐えきれず爆発するように飛び散る。
しかし、肉片はすぐさま元の状態になろうと一点に集まっていく。
「させぬよ、ヌッ!」
「うわぁぁぁぁ!」
魔王が追撃を掛ける瞬間、俺は振り上げられたその拳に向かって槍の状態で突っ込んだ。
槍は先端が変化して俺の首になる、迫りくる魔王の拳に俺は頭突きを食らわす。
「ハッ、おもしろい事よな!」
「ガッ!?」
拮抗したのも束の間、すぐにもう一つの拳が俺の頬を思いっきり殴る。
だが、拮抗していた。
それは、魔王が弱体化していることを示唆している。
全力であれば、俺も木端微塵になっていたからだ。
「あぁぁぁぁぁ!」
「再生しながら脳が焼き切れているな、愚かな事だ」
「ルージュ!?くッ、邪魔をするな魔王!」
再生した瞬間、ルージュの苦しむ声が聞こえた。
見れば、頭を抱えながら暴れるルージュ。
情報量に耐えきれず、頭部が破損と再生を繰り返しているのだ。
そんな彼女を見ていると、魔王が不意に攻撃を放ってきた。
背後からの蹴り、それを俺は尻尾で搦めて地面に叩き付ける。
「フハハ、あそこの使い物にならない輩よりは存外楽しませてくれる!しかし、それでは余は倒せんぞ」
「弱っているのに無傷だってのかよ、クソッタレ!」
ルージュには悪いが、一旦思考の外に追い出す。
気にしながら戦える相手ではないからだ。
だが、きっとルージュなら大丈夫な筈だ。
そう信じて、俺は魔王に飛び掛かる。
同時に様々な魔法を目を経由して放つ。
「魔眼か、しかし状態異常は効かんぞ!」
「分かってんだよ、ヤギ野郎ぉぉぉ!」
引力と斥力を操作する。
一瞬、意識を他に向けていた魔王は回避に遅れる。
魔王の身体が一度、俺の方である空中に浮きそのまま地面へと押し付けられる。
魔王はクレーターを作りながら、地面の形に合わせて凹んでいく。
「ぐっ、中々……だが!」
「目眩まし!?」
劣勢だった魔王が突如発光する。
目の前が真っ白になり、視界が奪われた事に俺は攻撃を予想して後退した。
しかし、追撃は来ない。
ならば体制を立て直すために行ったのかと当たりを付けて、回復した視力で魔王を見た。
「バ、バカなッ!?」
「フハハハ、変身は一度しか出来ない訳ではない!」
天を貫くような二本の足、雲の合間に見える腰、空を覆う巨大な顔が俺を見下ろしていた。
魔王が巨大な人間になっていたのだ。
「圧縮した質量を解放したが故にパワーが足りぬが、範囲は広いからな」
「くっ、雷化!」
ゆっくりと、降りてくる魔王の掌。
それは徐々に赤く燃えて炎を帯びる、もしかしたら摩擦熱か何かの影響かもしれない。
それを雷になって俺は高速移動で抜け出そうとした。
巨体故に遅いのか、それとも錯覚か。
何とか範囲外に逃げれたが、それでも途方もない質量の衝撃が爆風となって俺を襲う。
地面に手を着いただけ、それが爆撃のような威力を伴っていた。
「遅いのが難点じゃな。蠅みたいに逃げるでない」
「ぐおぉぉぉぉ!」
対抗する為に俺はスケルトンの群れを召喚する。
召喚したスケルトンを取り込み、圧縮と合成を繰り返し骨組みを形成する。
土を取り込み肉体を作るのに必要な物を揃えて行き、広く浅く肉体を伸ばし周囲の生物を片っ端から取り込んでいく。
そして、魔王と張り合うだけの巨大な骨に覆われたドラゴンになった。
「やるねぇ……」
「第二ラウンドだ、うおぉぉぉ!」
重く動きの遅い身体はスロモーションのようにゆっくりと動き出す。
それを魔王はゆっくりと身体を傾け回避する。
全ての動きが互いに遅い、大質量だからだろうか。
そんなの関係ないと、避けられないだろう尻尾の攻撃に移行した。
魔王はそんな俺の尻尾を掴み、攻撃を受ける。
そして、そのまま俺を力任せに投げやがった。
俺の身体が飛んで行く、山を三つほど貫通して海を滑走してようやく止まる。
倒れる俺へ魔王は追撃を掛けるべく、大陸に亀裂を入れながら向かってきていた。
「舐めんなぁぁぁ!」
魔力を圧縮、循環させ、一点に集中して口から放つ。
ドラゴンブレス、それは一筋のレーザーとなって射線上に伸びる一切の物を焼き払う。
海が左右に割れ、大陸が轍のように軌跡を残しながら削れる。
そんな威力の攻撃を魔王は正面から喰らう。
「はぁぁぁぁぁ!」
「嘘だろ!?」
ブレスが終わり、魔王の姿が見えた。
両腕を突出し、少し焦げた姿の人間が立っていたのだ。
「少々、効いたぞ。故に作戦変更である!」
「チッ、また変身か!」
巨大な光が視界をダメにする。
今度は何をするのか、俺は身構えたが何も起きない。
それどころか、魔王の姿が消えていた。
「いったいどこに……まさか!」
すぐさま魔王が何をしているのか理解して俺はルージュの元に向かう。
奴の狙い、それはルージュだ。
何故なら、俺はルージュに取り込まれた存在だ。
つまり、ルージュの一部であって独立した個体ではない。
肉体も魂も全てルージュと繋がっている、なのでルージュが死ねば俺も死ぬ。
まだ命のストックがあるかもしれない、しかし本格的に魔王が殺しに掛かればその消費は激しくなり尽きるのも時間の問題だ。
俺との戦いを捨て、確実な勝利を取ろうとは流石魔王やることが汚い。
ルージュの居場所を直感で把握する。
最早一部とも言える肉体が、本体に反応しているのだ。
数秒の遅れはあれど、探し回っていた魔王と違って直行していたが為に俺は先にルージュを見つける。
そこへ近づいている魔王を発見した。
奴は更に姿を変え、今度は黒い翼を持つ人型の姿になっていた。
悪魔のような姿でルージュの元へと飛んで行く魔王、その背中を俺は捉える。
ルージュと魔王の距離が数メートル程になった頃、俺はようやく魔王に追いつき自身の牙を突き立てようとした。
「ハッ、甘いわ!」
「ッ!?」
硬い物同士がぶつかる音が響く、それは何もない空間を噛んだ俺の牙が発した音だ。
魔王は、寸前の所で急加速して回避したのだ。
「力も耐久も捨て、最速の形態となった余を捕まえる事は誰にも出来ぬ。そして!」
魔王の姿がブレた。
瞬間、地上で苦しんでいたルージュが空中へと吹き飛ぶ。
吹き飛ぶルージュの身体は何かに跳ねられたように別の方向へと飛んで行き、何度も進路を急転換する。
縦横無尽に移動し続ける理由、それは魔王が目にも捉えられない速度で攻撃を加えているのだ。
「貴様が余を捕まえるのと命が尽きるのはどちらが先だろうな!」
更に加速した魔王を俺は目で追う事は出来ない。
それでも、抵抗するべく魔王を追う。
そんな俺の身体に全方向から衝撃が走った。
全身を削られてるような痛み、高速で移動する魔王が攻撃を加えているのだろう。
「くっ、うおりゃぁぁぁぁ!」
それに対して、悪足掻きとでも言うべき無様な攻撃を俺は繰り出す。
一撃一撃は魔王にしては軽過ぎるが、そんな弱い攻撃も多くの手数によって継続的に与えられれば体力も落ちる。
だが先程より奴は弱っている、変身するたびに弱体化している。
だから隙を見つければ、其処を起点に倒す事は出来る。
勝機はまだ残っている、今は耐える時間だ。
「そこだぁぁぁ!」
「ッ!?スピードが上がった!」
俺の尻尾が魔王の身体に掠る。
魔王の速度が落ちているのだ。
このまま行けるそう確信した瞬間、心臓が締め付けられるように痛む。
そして、直感的にルージュが弱っている事を感じる。
「この気配……どういうことだ!」
「ぐっ!?」
意識が逸れ、動きが鈍った隙を狙って魔王が俺の首を掴む。
魔王は俺を片手で制しながら、虚空を見つめる。
そんな魔王の視線の先はルージュがいた方向だ。
「何故、奴の気配がする。死んだはずだ、ありえない……」
何故か狼狽える魔王、その視線の先で肉塊が集まっていく。
爆散していたルージュの肉体だ。
「そうか、そういうことか。ならば、復活する前に叩く!」
「ぐがぁ!?」
力任せに俺の身体が地面に叩き付けられる。
辛うじて視線で魔王を追うと、そこには立ち尽くすルージュを襲う魔王の姿があった。
ルージュは度重なるダメージが蓄積したせいか状態を維持できず何時ぞやの子供のような状態になっていた。
それは弱っているということ、もし一撃でも喰らえば死ねかもしれない。
そんな彼女の元に俺の身体は向かえない、肉体が限界に達したのか指一本動かせないのだ。
ただ、見るしか出来ない俺の視線の先で魔王が振り上げた拳をルージュに向けて放つ。
「がはッ!?」
刹那、魔王の身体がブレてルージュの背後に倒れていた。
「えっ?」
魔王は叩き付けられた状態から蹴りを放つ。
鋭い蹴りがルージュの頭部を捉え――
「あぐッ!?」
――すり抜けるように通過して、そのままルージュに足を掴まれ地面に叩き付けられた。
「な、何が……」
目の前で起こる光景に理解が追い付かない間、戦闘は続く。
魔王の身体が発光し、大量の蝙蝠へ肉体が変わる。
だが、それを予め分かっていたかのようにルージュが四方八方に拳を穿つ。
すると、拳のあった場所へ蝙蝠が自分からぶつかり霧散していく。
一部の蝙蝠はルージュから離れ、別の地点で集まり人の形になる。
恐らく魔王であるそれは、満身創痍な状態の青年に変化した。
「何故未来視が使えている!貴様の仕業か、貴様が小娘に力を貸しているとでも言うのか!」
無表情で見据えるルージュへと魔王が襲いかかる。
獣のような爪を持った右腕が、その体を貫こうと突きとなって伸びる。
そして、鋭く伸びた爪がルージュの顔に当たる寸前だ。
空から黄金に輝く閃光が落ちる。
「ぐぁ……これは余の……こんな所で!」
それは魔王が持っていた黄金の槍、それが魔王の身体を貫き地面に縛り付けたのだ。
「まだだ……まだ、終わらんぞ!」
身体を貫かれていながら、それでも魔王はルージュへと手を伸ばす。
もう勢いはなく、ダメージは与えられそうに無いそれは――
「ま……だだ……余は……終わら……」
――ルージュに当たることなく、地面へと落ちた。




