見えない戦い
空が赤く染まっていた。
降り注ぐ太陽の破片、それは流星群のように輝き地上に降り注ぐ。
本来、砕けるような物ではない事からそれが人工的に作られた隠れ蓑である事を示唆している。
そして、そこに隠れていた者は地上にて戦闘を繰り広げていた。
遥かに離れた場所から轟音のような戦闘音が響く。
距離が空いているにも関わらず、余波によって大陸が振動する。
それは常に地震が起きているような物だ。
まさに天変地異と言えるクラスの戦闘が繰り広げられているのだ。
黙っている訳にもいかず不本意ながら俺達は戦場へと向かって行く。
そして、ようやく敵の全貌が見える。
ソイツは隻腕の女だった。
いや、正確には女ではないのかもしれない。
女にも見えるし男とも見える、中世的な長髪の人が立っていた。
トーガのような神らしい恰好をした人型の存在がただ立っている。
しかし、その周囲は異常だ。
「アレは……」
創造神、魔王からは神王と呼ばれる存在は魔王と真正面から対面していた。
奴らの周囲では空間が揺らいでおり、発光が確認できる。
その様子をルージュは口を開けて驚きの表情で見ていた。
「おい、どうなってるんだ!」
「互いに何かを撃ちだしてるのよ……観測した瞬間から対消滅しているのね。あり得ない速度と精度だわ」
俺には互いに睨み合っているようにしか見えないのだが、既に戦いは始まっていたらしい。
そんな魔王達から少し離れた所に黒い渦が突如現れる。
黒く渦巻く、何か……それは確か四天王のエトールが使っていた物だ。
黒い渦は斑模様のように数を増やして空間を穴だらけにしていく。
魔王達を囲むように、黒い渦が空を埋め尽くす。
そして、まるで放水したダムのように大量のモンスターが渦の中から現れた。
「無粋な」
「フンッ」
女とも男とも聞こえる中性的な声が苛立ちを含んだ声を漏らす。
それに対して魔王は嘲るように笑う。
飲み込まれる、そう思った瞬間モンスター達の悲鳴が聞こえた。
「近付けない……余波で殺されてる?」
モンスター達の肉体が爆ぜるように宙を舞う。
まるで、見えない壁に阻止される様に一定の距離から肉片も体液も弾かれる。
しかし、魔王達は微動だにしていない。
それどころか、視線すら動かさずまさに歯牙にも掛けないと言った様子だ。
「ウオォォォォォ!」
そんな場所へ、空から何かが迫る。
アレは、間違いない。
アレは四天王の一人、犬頭の剣士のネフテスだ。
「グオォォォォォ!?」
ネフテスは近付いたせいか余波で一瞬の間に肉片となった。
何しに来たのか分からない呆気なさで死んでいった。
空から落ち、魔王達のいる場所へと近づき地上に落ちる前に他のモンスター同様に爆発飛散したのだ。
「ほぉ……」
どこからか、感心する声が聞こえた。
それは魔王と対峙していた隻腕の存在からだ。
声は漏れているが変わった様子はない。
何に感心したのか?
その疑問をすぐさま理解する。
魔王達の周辺で、肉片が揺れているのだ。
それは徐々に膨らみ形を成していく。
人のような形、しかし頭は狼。
狼人間がその場にいたのだ。
ネフテスが復活した、そう思ったのは一瞬だった。
何故ならそれは復活なんて生易しい物じゃないからだ。
「「「「ふぅ……蘇生完了か」」」」
首を鳴らしながら、身体の動きを確かめるネフテス達。
そう、ネフテスが複数も存在していたのだ。
復活したネフテスは再び魔王達の間に突っ込み爆発飛散する。
どうしてそんな事をしているのか次の瞬間に分かる。
爆発飛散して肉片となったネフテスの一部が膨張し、再び増殖しながら復活したのだ。
それも最初の比ではない。
一体当たりから出される肉片から、十体程のネフテス復活していたのだ。
特攻によって命を散らして、そして肉片となってそれぞれがネフテスとなる。
それは永遠と増え続ける化け物、狼の群れ、群狼ともいうべき光景だ。
「驚いているようだね」
突如、背後から声が聞こえた。
どうしてみんな背後から話しかけるんだ。
俺は振り向き、誰なのか確かめる。
そこにはピエロが宙に浮いていた。
「その声は、マギステル……だったかしら?」
ルージュが視線を魔王達から逸らさずに返事をすると何が可笑しいのか爆笑しながらコイツは喋った。
「正解だぁ!良く分かったね、まぁ昨日の今日ですもんねぇ~」
「何の用かしら?」
「用ですかぁ?決まってるじゃない、今こそみんなで協力してアレを倒そうぜ」
そんな言葉にルージュは鼻で笑う。
「馬鹿なの?実力差を見れば、割って入れる状況じゃないでしょ」
「何言ってるんだよ?拮抗している今、助太刀するのが四天王って奴だろ!」
「胡散臭い芝居口調はやめたら、耳障りよ」
吐き捨てるように相手にしないルージュに、奴は再び大爆笑する。
「賢明な判断だね。でも、それでも助けようって思うもんだろ!俺達が助けなきゃ、誰が助けるって言うんだよ!なーんてね、分かった睨むなよ恐い恐い」
「次やったら殺す」
「はいはい、ごめ――」
地面から、宙に浮いたピエロに向かって血で出来た巨大な針山が現れその体を貫く。
最初から、次は無かったという訳だ。
容赦ない攻撃で死んだかと思ったが、どうやら違ったらしい。
「おいおい、殺すなんて酷いじゃないか!」
「ッ!?」
「何でって顔してる?説明しよう!なんと俺は幻影を実体化させる能力を持っていて精巧な偽物を使って身代わりにしたのだ」
貫かれたピエロは無かったかのように消えていて、俺達の真上に元気なピエロが逆さまで浮いていたのだ。
奴は嬉しそうに大爆笑、ルージュは対照的に不機嫌そうだ。
「さて、お互いの能力は把握したな。ここから本題だ」
「最初から用があるなら言いなさいよ」
「怒るなよ、論より証拠って言うだろ。まぁいいや、話し戻すけどさ!アレの能力知ってる、ずばり未来視、未来が見えるってよ!バグキャラかよって言うね。でも条件があるんだ」
「条件?」
ルージュは今までと打って変わって視線を魔王達からピエロに変えて聞き返す。
「未来視ってのは目で見た未来を知る能力。目に見えない物は見えないし、死角からの攻撃も見えない、俺とネフテスはアレを倒すために作られた。でも、どうにも敵わない」
「話しは見えたわ、協力して欲しい訳ね」
「あぁ、少しでもアレの視線を逸らせれば魔王様が決めて下さる。もっとも、俺達は眼中にないみたいだけどね」
力の無い笑いで、悔しそうな雰囲気をピエロは誤魔化した。
目の前にいるコイツは陽気に見えて結構気にしていたようだ。
まぁ、俺達もアレを倒すつもりだったのだから元から協力するつもりだ。
「目を潰せばいいのね、行くわよ」
軽い挙動で、ルージュが手を翳す。
そして手を動かすと、それを追い掛けるように手の軌道に沿って文字が浮かび上がる。
それは、魔法陣の一部だ。
「こっちを見ない事をお勧めするわ、目が潰れるわよ」
瞬間、視界が真っ白に染まる。
強烈な光、眩しい光が文字から放たれたのだ。
「うおぉぉぉ、目がぁぁぁぁ!目がぁぁぁぁ!」
「何で注意したのに、アンタ喰らってるのよ」
しょうがないじゃないか、俺に言ってると思わなかったんだから。
しかし、強烈な光で視界を封じようとはルージュも考えた物である。
これなら、魔王は背を向けているし向かい合う敵だけダメージを喰らうだろう。
「目眩ましか……」
だが、何事も無かったかのように変わらない状態で奴は立っていた。
何てことだ、アイツ化け物か。
「邪魔な事を」
いや、変わらない状態ではなかった。
状況は微かだが変化していた。
俺達を鬱陶しそうに睨む奴の肩に軽傷ながら傷が出来てていたのだ。
「一秒も逸らすとは随分余裕じゃないか」
「虫どもに逸らされたと言えば満足か?」
「余の部下も中々やっただろ」
初めて表情を現す不快そうな神王に魔王は楽しそうな声を上げた。
どうやら、ルージュの魔法は無駄ではなかったようだ。
しかし、ルージュの顔に嬉しさや困惑と言った戦闘状態特有の感情は現れていなかった。
どういうことだろうか、寧ろ何だかピンチの時みたいな焦りに似た表情だ。
「嘘、でしょ……」
たいしたダメージが無かったからそんな事を言っている訳ではなかった。
ルージュの見ている景色の中で、あるはずの物がなくなっていたのだ。
「まさか、死んだの!?」
モンスターを垂れ流す黒い渦、絶えず攻撃を加える狼男、消えては現れ色々な場所から攻撃を仕掛けに行ったピエロ。
その存在が、消えていた。
「おい、こいつは……」
「分からないわ、姿が一瞬ブレた瞬間みんな消えて……何が起きたの?」
困惑と焦りが俺達の中に芽生える。
俺達の目の前で四天王が死んだのかもしれなかったからだ。
たいした思い出は無かったけど、一応仲間みたいな奴らが死んでしまった。
悲しいかと聞かれれば悲しくない。
しかし、彼らが齎した情報が厄介だった。
近付き過ぎると死ぬかもしれない。
俺達は戦う相手が化け物だと再確認した。
「よし、援護に徹しましょう。魔王様が死んだら、次は私達だから」
「役割分担しよう、お前は戦う俺は逃げる。じゃあ、俺は逃げる準備をするからな」
「知ってる、使い魔って主人と運命共同体なのよ」
逃げようと思った俺は悪くないと思う。
当初の予想だと魔王と共闘できる自分達を想像していた。
しかし、蓋を開けてみれば理解できない戦いが繰り広げられていたのだ。
魔王を過小評価していたし、自分達を過大評価していた。
アレは勝てない、もう見てるだけで理解できた。
「逃げれば魔王、戦えばアレに狙われるのね」
「ヤバそうなら逃げるぞ、いいな分かったな」
「やってやるわよ!もうヤケクソよ!」
俺達の遠距離での他人任せな戦いが始まった。




