俺、人間、丸かじり
一悶着あった。どうやら、相当ヤバい状態であったので俺が死んでしまったと思ったらしい。
そこまで俺の事を思っているなんて、と思ったが多分俺に使った高価な薬が無駄になったと思って怒っていたんだろう。
まぁ、とにかく記憶も曖昧であったメアリに事の顛末を俺は話した。これからどうするか考えようと思ったからだ。
メアリはうんうんと、何度も頷き理解しようと聞いていた。すべて聞き終えてからメアリは、
「このスラッシュベアーを使って、利用するわ!」
と、自信満々に言い放った。その考えは楽観的過ぎると思うんだが、俺の話も聞かないで大丈夫と言い続ける。まぁ、年齢で言えば中学生だ。考えが足らないこともあるだろう。
「良い?アイツらは私を舐めてるのよ。だから、これを見せて実力を認めさせるのよ!」
「その際、消耗してると思って襲ってきそうだな」
「随分と捻くれてるわね、じゃあ余裕があるって言いましょう」
まぁ、梃子でも動かない様子なので諦めるとしよう。
そんな事よりだ、俺は自分が狩ったこの何たらベアーを食べたいのである。
それとなく聞いてみると、メアリは捨てる部位ならとナイフで熊を捌きだす。
流石異世界、これが女子力か!
「寄生虫とか怖いから内臓系は心臓と脳以外は捨てるのよ、血抜きしないと鮮度も落ちるし持って帰ってもゴミよ」
「心臓と脳は何で残すんだ?」
「強い個体は心臓に核があるのよ。魔物は魔力から出来るからだそうだけど、強力なモンスターは放置するとアンデットになるわ。でも一番は金になるから取るの」
「ゲスイなぁ……」
「杖についてる宝石とかに核は使えるし、脳は薬になるのよ。これだけあれば回復薬の元が取れるわね」
大変満足そうである。俺は傍らで内臓を食べれるからいいんだがな。
それにしても、なんて言うかビールが欲しくなるな。まんまホルモンですし、特に十二指腸あたりが凄く美味しい。
で、そのうちメアリが何かを察した。丁度俺が、イマイチ分からないけど美味いな……と思っていた頃だ。
衛兵が、何人かの冒険者と此方に来ていた。数は全部で四名だ。ランタンでゆっくり歩いてきているが、視認は出来ていないようだな。
「おい、誰かいるのか!」
「いるわ、その声はあの時の検問の人ね!」
まさかの声に、衛兵がギョッと驚く。仲間内で慌ててひそひそと話し初めているから混乱しているのだろう。俺の目からは丸見えである。
「おう、お嬢ちゃんも無事みたいだな。俺はてっきり心配して見に来ちまったよ」
「ふん、そんな義理もないのに不思議ね」
メアリはグルリと周囲を見渡す。衛兵の近くにいた冒険者が散開しているからだ。
俺の話から警戒しているのだろう。しかしだ、そのうち一人がメアリの近くにある何たらベアーに気が付いた。
「エイビスさん、スラッシュベアーだ……」
「何!?スラッシュベアーだって!」
そう、それだ。スラッシュベアーか、名前が出てこなかったんだ。
冒険者たちがざわめきだす。ざわざわ……である。
「私が倒したのよ」
「何?おいおい、冗談だろ?」
「どっかの冒険者が喰われてたけど余裕よ、魔法は得意なの。一撃だったわ……」
「一撃って、このあたりじゃ一番強いんだぞ」
「煩いわね、筆記はダメでも魔法は得意なのよ!」
メアリは仁王立ちになり、腕を組んで、キッと睨んだ。私は不機嫌です、というのがヒシヒシと伝わるポーズだ。
それには、衛兵たちも動揺を隠せない。少し狼狽えて集まりたそうに動こうとする。
彼らにしてみれば、魔法が碌に使えないと聞いてたのに話が違うと言った感じだろう。
初回は半額と言っておきながら、実は座っただけで十万の請求をされたような心境だろう。
それは動揺する、俺だって動揺した。あぁ、君達の気持ちは良く分かる。
「まぁ、わた――」
メアリが話している間に、突如背後から男がナイフを持って走り寄る。
その目は、動揺などなく確りとしている。プロの目である。
しかし、消耗していると思わせて襲ってくるのは予想済みだ。寧ろ、襲って欲しかったくらいだ。
俺はこのくらい環境でも見えるから簡単に制圧できるしな。
駆けだした男の足は、突然現れた泥の手に絡まれた。
前しか見ていなかった男は、何事だと足元を見ながら転んでしまった。
そして、これが魔法によるものだと理解した男は素早くナイフを投げた。魔法を行使していると思われる少女は自分が魔法を使っていることを億尾にも出さない強者だ、寧ろ気付いてない風すら装っているのだから恐ろしい相手だった。だから、油断はしない。
「いやいや、分かりやすすぎ」
「ッ!?」
しかし、男の投げたナイフが何かに吹き飛ばされた。カランと落ちた先を見れば、そこには何かの液体に濡れたナイフがあった。どういうことだ……
「人間は初めてだ、頂きます」
「なッ、ふざ――」
そこで俺が見たのは、自分に近づく鋭い牙だった。
「あぶねぇ……」
俺は自分語りにご満悦なメアリの背後で、襲いかかろうとしていた男を殺害していた。
しかし、間一髪で新技毒ブレスを使いナイフを無効化したが、まさか投げるとは思わなかった。
まぁ、それよりもメアリに見られる前に肉塊にしてしまおう、さすがに人の死体は来るモノがあるかもしれないからな。
まぁ、俺はと言うと全然平気だった。ドラゴンになったから平気なのか、生活の上で生き物を殺し過ぎて麻痺してるのか、取り合えず肉だな程度の認識だ。
「ふっ……俺もドラゴンらしくなったぜ」
俺は噛み付いていた喉を噛み千切る。何だか筋っぽい物が出て来て喰いにくかった。
顔は顔で毛が気持ち悪く食べれたものじゃない。なので、食べやすそうな腹に噛み付いた。
軽装なためか、装備の服ごとである。ビニールを口に含んだ時に似た気分になったのですぐに吐き出す。
服ごとは食べれない。腹は何と言うか脂肪と肉だ。背脂を食べた後に腐りかけの肉を食べた味だ。
なんというか、これ賞味期限過ぎてるなって分かる味だ。ちょっと酸味が効いていて食べれる物ではない。
内臓に到達して、俺は吐き出しそうな異臭を感じた。胃液と排泄物の混ざった物だ。これは酷い、サザエとかアワビは美味いのに人間の腸とかはダメだ。
俺は凄い困惑していただろう。だって、今まで食べた物の中で一番まずかったからだ。
この世界の動物や魔物はたくさん食べてきた。だから、条件としては人間の身体も不味くない筈なのだ。
魔物の内臓は美味しいのに、人間の内臓は不味いのだ。この違いが分からない、不思議だ。
もしかしたら、自然の物ばかり食べる魔物は薄味な為に美味しく感じるのかもしれない。それに、奴らはほとんど飢えている。つまり、魔物だけの味だ。
しかし、人間はやたら味付けしたものばかり食べている。それが胃の中で混ざって雑多な味になっている。動物よりは食べるから、人間の味と言うより人間と混ざった料理の味だ。
これが美味しさを分ける要因なのではないだろうか?つまり、食べるなら餓死した人間の方が上手いかもしれないようだ。
「これがザクロの味か、ザクロは食べたことないが好きにはなれなさそうだ」
まぁとはいえ、人間の味を覚えたのである。よりドラゴンらしさを出してる気がする。俺の中のドラゴン度が上がったな。
さて、そろそろメアリの元に行くか。




