アウローラ!アウローラ!(訳:光あれ!光あれ!)
子供はまっすぐ家に帰ると、そのまま布団を無造作に被った。
アレは何なのか、とにかく恐ろしさに震える事しか出来ない。
そんな様子を家で家事をしていた母が何事かと話し掛ける。
「街の外に、ナニカがいたんだ」
ナニカについて説明すれば、それは最近現れた悪鬼ではないかと母は言う。
悪鬼、それは邪神の類だと聞いたことがあった。
母はお父さんでも倒せるから怖がらなくても良いと言うが、そんな筈はない。
アレは自分達がどうにかできるような物じゃない。
何度も退治しに行こうと訴えるが後でねと碌に話は聞いて貰えなかった。
このままではいけないと子供は決意を胸に家から飛び出した。
もう一度、街外れに行くと、まるで夢でも見たかのように何もいなかった。
白昼夢、という奴だろうか。しかし、そんな筈はないと悩む彼はある事に気付いた。
落ちている筈の薬草がないのである。
もし、夢であったならばここに在るはずの物がない。
誰かが持ち帰ったのか、それとも……
言い知れぬ不安を胸に街に彼は戻る。
街に戻った彼は、何だか違和感を感じた。
農作業をする天使、その横で見守る黒い飼い犬。
活気のある市場、売り物である魚を盗む黒い野良猫。
いつもの日常がそこにはある。
どうしたのだろうか、その日は何もなく終わった。
それから次の日も何も問題なく終わり、次の日の次の日も無事に終わった。
この頃になると疲れていたんだと思う様になってきた。
起きてからはドルク教派にお祈りをして父の農作業を手伝いに向かい、自由時間は薬草を取りに行く。
そして街の外れに来て薬草を取っていると違和感を再び感じた。
「あれ……何かが可笑しい」
その違和感の正体にすぐに気付く、どうして今朝の自分は異教にお祈りしていたのか。
そもそも、街全体がおかしい事にも気付いた。
どの動物も忌み嫌われる黒い色をしていた、今朝に撒いた野菜の種は黒い色。
母が新しく買ってきた服も黒、売っていた魚や宝石も黒。
街の至る所に黒い物がある。それに、みんな異教に祈りを捧げてる。
何かが手遅れになる前に彼は街へと走った。
街について異常な事に気付く。
みんな黒い物を身に付けているのだ。
剣であったり宝石であったり、リボンや帽子、イヤリングやネックレス。
本来、闇を表す様な黒い物を身に着けるはずがないのに。
みんな狂ってる……そうだ教会なら、もしかしたら。
きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて彼は教会へと飛び込んでいく。
「神父様!」
「おぉ、どうしました」
「みんなおかしいんだ、どうかしてるんだ!黒い物を身に着けて……えっ?」
その姿を見た時、いつもと変わらない姿に大丈夫だったと思っていた。
だが、神父様の持っている白い十字架が黒い十字架になっていた。
「神父さまも……もう」
騙された、神父もいつの間にか狂っていたのだ。
「大丈夫かい。どうしてみんな狂ってると思うんだい?」
「はは、はははは!」
「おい、どうした?大丈夫か、おい!」
狂っている、みんな狂っている。
僕以外みんな狂っている、世界が狂っている。
いや、もしかしたら狂っているのは僕かもしれない。
みんなが正しくて、僕は狂っているんだ。
気付けば、僕は自分のベッドにいた。
今までのは夢なのか、それとも……
「ひぃ!?」
足元にナニカがいた。
黒い靄に大きな目玉が一つある、それが足元にいた。
悲鳴を上げたはずなのに音が出ない。身体も見えない何かに圧迫されて動かせない。
何だこれは、何が起きている。
「見つけた……」
見つけた、確かにナニカはそう言った。
そして何の意味があるのか謎の枯草を顔に向かってペチペチと叩き付ける。
ナニカの目はどこか誇らしげである。
「お礼しろ……いいな?」
何を言ってるか理解できず固まると、同じ言葉を繰り返す何か。
諦めて僕は頷く。すると、身体を圧迫していた感覚が消えて体が動かせるようになった。
声は依然としてでないが、もしかしたらナニカが封じてるのかもしれない。
「ここは俺の……あー、ドルク教派の物になった」
驚く僕を他所にナニカは言う。
「次は隣の街、これから奪う……お前は聖アウローラ派に伝えろ。ここは俺の物だと」
分かったか、とナニカは言う。
冗談じゃなかった、ここだけで飽き足らず隣の街まで奪おうとしているなんて。
しかし、ドルク教派とかいう奴らは馬鹿だ。
このナニカを利用しているみたいだがナニカの知能はそれほど高くないことに気付いていないみたいだ。
コイツは所有権を認めさせて安全を確保したいみたいだが、このまま行けばコイツを追い払う事が出来るかもしれない。
何とか伝えて、退治して貰えば……自分が退治されるなんて思ってもいないナニカを騙せば。
僕は黙って従うフリをした、みんなを救うために今はまだコイツを騙すのだと決意した。
街から出て行く男の子を見送って、俺は達成感を感じていた。
分身体を放って、軽く魔法で洗脳して溶け込む事、数日間。
ついに街を掌握した俺は、このままコイツらをドルク教徒に洗脳して聖アウローラ派と揉めて貰おうと思いつき、ついでに男の子に薬草を届けてやった。まぁ、お礼として手伝ってもらう事にしたのだけどな。
暫くしたら男の子が、街が可笑しいと喧伝してくれるだろう。
その間、ゆっくりと俺は隣街を征服して、洗脳による鞍替えをする。
ドルク教派が引抜したと怒る聖アウローラ派としてないと言い張るドルク教派、間違いなく揉めるに違いない。
俺の陰謀が着々と進むのだった。
それから、俺はひたすら進み続けた。
街に着いてからは生物や非生物となって徐々に溶け込み、違和感を感じた奴らを洗脳して、寝ている間に魔法で頭を弄繰り回す。
そうして、認識が入れ替わり今まで信じていた物がドルク教派と入れ替わる。
なんちゃってドルク教徒の完成である。
しかし、それでも聖アウローラ派が動く事が無かったので今度は気付く人間を増やしてみた。
特定の何人かだけ洗脳して、観察してみたのだ。
結果的に言えば、魔女狩りが発生した。
アウローラと街の人間が良いながら光の槍で串刺しにしていくのだ。
刺される方も認識を入れ替えただけなのに死んでドルク様の元に行けるとか喜んでいた。
どっちも狂ってるんだから聖アウローラ派ってのはヤバい奴らだ。
そして長い時間を掛けて進めていた計画が遂に実を結んだ。
活動開始から半年、遂に聖アウローラ派とドルク教派の宗教戦争が勃発した。
地下帝国、ルージュの部屋。
そこで俺達はモニターに使い魔の見ている映像を写していた。
「始まったわね」
「四カメなにやってんの、もっと寄って」
使い魔に指示を出して戦場を見て行く。
何日か続いた小競り合いに、聖アウローラ派は防戦一方である。
「あぁ、ダメダメ早く終わっちゃうわ」
「任せろ、明日の朝から逆転だ」
だがその日の夜、突如ドルク教派内で裏切りが続出する。
元聖アウローラ派の洗脳を寝ている間に解除したのだ。
起きた者からドルク教徒に向かって特攻していった。
仲間の裏切りに弱ったドルク教派は山に撤退を始める。
「うははは、疑心暗鬼になればいいのよ!」
「アイツら焼き討ちし始めたぞ」
戦争開始から二週間ほど経ったある日、奇襲が行われる。
聖アウローラ派が山に火を放ち、突撃を決行したのだ。
敵のホームグラウンドで戦うために混乱させる作戦に出た結果、地の利があるはずのドルク教派も奇襲のせいで上手く機能出来ずに敗れて行く。
だが、それでも木の生えない高地にて体制を立て直したドルク教派がゲリラ戦にて応戦する。
そのせいで聖アウローラ派は二の足を踏んで膠着状態に陥った。
そして、小競り合い程度で睨み合いが続く。このままでは兵糧が無くなり聖アウローラ派の報復行動が終わってしまう。そうなれば、防衛が成功したドルク教派の勝ちとなり俺達の計画が水の泡である。
「仕方がないわ、支援するのよ」
「支援って俺達が出た場合、今までの事がバレる可能性が……」
「行商人を使って食料や武器を売りつけるのよ、利益度外視の叩き売りで!」
ルージュの指示によって、魔法によって地下で栽培された食料や生産された武装を売って行く。
此方は潤沢な資源をタダ同然の値段で売り渡し、金がなくなれば約束手形で取引をし始める。
金がどんどん減っていくが、戦争の勝利を買っていると思えば安い物である。
ついに拮抗を突破した聖アウローラ派が本陣へと乗り込んでいく。
そして、名前も知らない聖アウローラ派のトップ対ドルクを襲名した閃光のサイガの戦いが始まった。
「まさかこうなるとは、逃がすべきではなかった」
「異教徒めがぁぁぁ!うひぃぃぃ!あぁぁぁうぅぅ!」
「人の形をした獣め、引導を渡してくれる」
完全に目が逝っちゃってるオッサンと閃光のサイガが対峙する。
勝負は一瞬、瞬き一つする間に閃光のサイガがオッサンの胸部を貫いていた。
「えっ、これだけ!?」
「オッサンが死んだ!?」
まさかの光景に俺達は唖然として固まる。
だが、オッサンの戦いはまだ終わっていなかった。
「神の前に平伏しなさい!アウローラ!」
そう言ってオッサンが貫いている腕を掴む。
その瞬間、サイガの顔色が変わった。
「聖気が練れないだと……無効化か!?」
「アウローラ!アウローラ!」
オッサンの声に呼応するかのように聖アウローラ派の信者達が光槍を投擲する。
その目標はオッサンとサイガだ。
「貴様、道連れに……」
「アウローラ!アウローラ!」
逃げ出そうとするサイガを雨の様に向かってくる光槍がオッサンごと貫いたのだった。
「オッサン、笑顔で死んでいったわ……」
「躊躇いなく攻撃する信者もだが、オッサンもヤバいな……」




