似た者同士、後悔する
地を這い、敵が吠えるのを俺は聞いた。
直後、俺は敵の進行方向を予測し、直角に避けるように駆けだした。
回り込み、側面から噛み付くためだ。
だが、敵は腕を左右に広げクルリと回る。巻き込むように回った腕はその鋭い爪で周囲を抉る。
……ぜ、全体攻撃か!?攻撃範囲広すぎ!
「ッ……喰らえ!」
俺は滑るように体を敵へと向ける。
慣性の法則に従いドリフトのように制止した身体、向きは敵の真横だ。
言葉の後に紫の液体が飛び出る。苦し紛れに出したそれは毒だ。
本能で使い方は知っていた。唾を吐く様に、口から捻りだすそれは放射状に飛んでいく。
何処かで、ハブなどの毒蛇がこんな感じで毒を出していたなと思っている自分がいた。
だが、敵はそれに飛び退く事で対応した。
「避けるか!もっとだ!」
「グアァァァァァァ!」
もっと吐き出せ!飛距離を出すために口内で溜めろ!
何故か溜めて吐き出そうと俺は思った。
だから、口の中から零れそうなほどに溜まったそれを感じるがままに俺は放射した。
それは、鉄砲水のように驚くべき速度で発射された。
自分でも理解できないが、地面を木々を打ち砕くような速度で放たれた毒。
散らばった毒の弾丸はまるで散弾だ。無論、敵は無傷と言わず喰らった事だろう。
視界が飛び散った毒から出来た砂塵に覆われる。見えないがこれで生きてる訳がない、勝ったのだ。
「よっし――」
「グルァァァァァァ!」
砂塵から黒い影が近づいてくる。そして、一瞬で晴れたそこには、
……奴の腕!?
「ぐぁ!?……うぅ」
それは血だらけの腕だった。
クロスされたそれは自分の顔を守る捨て身の防具。
確かに腕は使い物にはならないかもしれない。初めて見る攻撃には危機を覚えた。
だが、腕は使えずとも牙がある。野生の感がその行動を取らせていた。
「グルァァァァァ!」
「……ぁ……ぅぁ」
声が出ない。視界が霞む。
勝利を確信した奴の歩みは遅い。
まだ間に合う、立って逃げろ。
立ち上がり、駆け出せ。そんな簡単なことが体が拒否する。
どうにかしたい。だが、
「……っ……くっ……」
動かない、それが現実だった。
今も敵が近づく音が聞こえる。
どうして、何故!そんなことが反復するように思考を占める。
あと少しだった、勝てるはずだった。
しかし、それでは足りないのだ。
野生の世界では死ぬか生きるか、生き残っても致命傷を負えば意味は無い。
それでもだ、その瞬間だけ生きればいい。
奴は毒に犯されると分かっていながら、いや分かっていなかったかもしれない。
ただ、奴は俺を殺す事だけ考えていた。死んでも殺すと考えていたんだ。
なのに、俺は殺して生き残ろうとした。
自然界の上位種でもない俺が、ただ倒すだけで自分が死ぬと思っていなかったのだ。
俺は、最弱竜だって言うのにだ。
覚悟の差だった、生きようとする俺と奴との覚悟の違いだった。
相手は格上なのだから、普通逆なのにだ。
霞む視界が、鋭い爪を捉える。
続いて見えるのは、敵の牙。
何となく、自分が持ち上げられてると予想出来た。
……あぁ、喰われるのか。
恐らく喰ったらコイツは死ぬが、それが分かってない。
所詮は畜生だ、そんな相手に負けるなんて。
せめて、何か報いてやりたい。
「ぁ……ぁあああああ!」
どこにそんな力があったのか、最後の最後になって体がもがき出す。
なんだよ、動くじゃねぇか。
口から零れだす血と毒の混じった液体、それが撒き散らされる。
掴まれた体が逃れようと、奴の腕の中で暴れる。
「ガァァァァァ!」
その咆哮は煩わしさから来る咆哮か、俺はざまぁと内心でほくそ笑む。
その時だ、
「グルァァァァァ!?」
目の前が、奴の口内が爆発した。
いや、正確には飛来した何かが奴の口内と俺の顔面に着弾したのだ。
投げ出される俺、動かぬ体が捉えたそれは、
「だ、誰の許しを得て私の物に触れてんのよデカブツ!」
泥まみれのご主人様の姿だった。
揺蕩うような、浮き沈む意識の中でメアリは自分が泥まみれで固定されていると気付いた。
混濁する記憶は、その理由を知っていながら教えてはくれない。
ただ、今が危険である事だけは分かった。
目の前で、自分の使い魔が捕食されかけていたからだ。
どういうことなの、疑問を挟む間もなく体は行動していた。
戸惑う思考とは真逆に水を発生させて腕の泥を弾け飛ばす。
後は、冷静に泥を退かす作業だ。
まだ戸惑いは隠せないが、身体は次の作業へと移る。
右手に持った杖を向け、頭の中で暗唱される呪文、口から洩れた詠唱。
ファイアー、と木材に火を付ける程度の魔法が体内の魔力半分を奪って発射された。
効率が悪く、威力の弱いそれは大きさだけはあり、自分の使い魔と敵諸共当たった。
当ててしまった、その事に後から後悔してしまう。
そして、身体が震えてしまった。だから、自分を騙すように叫んだ。
「だ、誰の許しを得て私の物に触れてんのよデカブツ!」
ゴミ屑のように飛ぶ自分の使い魔、それと重い音を出しながら背中から倒れたスラッシュベアーと呼ばれる熊系の魔物。
身構え、いつでも逃げれる様に警戒する。
数秒が経つ、数十秒、込み上げる違和感。
「あ、あれ?」
動かないのだ、敵も使い魔も倒れたままだ。
「し、死んでる!?」
スラッシュベアーはダラリと舌を出して息をしていなかった。
倒れるはずはないのに、死んでしまっている。
そしてハッと思い出した。
「ヤンヤン!ど、どうしよう」
近づいて気付く。自分の使い魔は呼吸を荒くしながらも生きていた。
まだ、助かるかもしれない。だから、三本しか買えなかった高価な回復薬を急いでカバンから取り出した。
一瓶で裂傷も数秒で治る薬だ、これ一瓶で平民の家が建つほどの薬を惜しげもなく使い魔にかける。
回復薬が使い魔の身体に掛かる。触れる瞬間に、吸収される様に液体が消えていく。
同時に細かい擦り傷が消えていく。逆再生のように塞がっていくのだ。
「ヤンヤン!起きて、起きてよ!」
傷は塞がったのに、起きる気配は無かった。
どころか、激しく痙攣して苦しそうになっていく。
もしや、内臓までは治ってないのか。思うや否や、もう一瓶開けて今度は口の中へと入れていく。
「飲んで、飲まなきゃ死ぬの!私の声が聞こえてる!」
抵抗するように首が動くが、無理矢理固定してそれを飲ませようとする。
自分の使い魔だ、死なせてなるものか。その一心で、薬を飲ませる。
だが、
「やだ、なんでよ……」
力が抜けていく、ダラリと使い魔の身体が暴れるのを止めた。
死んでしまったのだ。
「あ、そんな……」
確かにムカつく使い魔で、何度も死ねばいいと思ったけれども胸に広がるのは喪失感だった。
後悔だ、もっと大事にすれば良かったと後悔してしまう。
「ヤンヤン……」
「なん……だよ……」
「ごめん……ごめんね……えっ?」
「はぁ?」
目が合った、死んだはずの使い魔と目が合った。
「あ、あれ?」
「見つめ合ったら素直におしゃべり出来ないよな」
「あぁ、この意味不明な所……本物だ」
実は生きていた。何だ、自分の勘違いだったのか。
メアリは安心してその使い魔を地面に叩き付けた。
「勘違いさせんな!」
「な、何が!?」




