魅了の神対大魔術
ロブンと呼ばれる神から発せられる聖気、それは当然だが魅了の加護である。
相手の聖気に作用、崇拝や敬愛に近い感情を抱かせる類の力だと予想される。
しかも、聖気を媒介としているので魅了に耐性があるルージュでも法則が違う時点で影響されてしまう厄介な能力だ。
現在のルージュは聖気をレジスト、つまり抵抗することが出来ない状態であり再び恋してる状態になってしまう。
だから、俺はそれを防ぐ所から始めないといけない。
一度か掛かればそれからは掛かった相手の聖気を運用して自立、半永久的に作用する能力だと予想される。
つまり、再び魅了される前に媒介である聖気に触れさせなければ魅了されないのだ。
対策さえ分かれば、やりようはいくらでもある。
「術式解放、人型完全防御結界、付与起動!」
俺の声に合わせて、魔法地面に向けて様々な文字が虫の如く現れる。
数多の虫が蠢くように、文字の群れがルージュの身体へと絡みつき登って行く。
それは、人体の表面に結界を敷く術式である。
聖気は魔力の壁に阻害されて、干渉する事を防ぐことが出来る。
そう判断したのだ、そして結果は――
「うぅ、何だか悪い夢を見てた気がする。何があったか思い出せないわ……」
――成功、ルージュは魅了されてはいない。
次にこのままでは逃げられる可能性があり、ここで始末しないと厄介な相手だ。
だから、体内で魔法術式を組み込む。
全く意味が分からないが、やりたいと思った時点で自動形成されるので魔法を作り上げる事が出来る。
ナオキの能力、魔法を十全に使えるようになる能力を応用する事で新たな魔法を作り上げれるのだ。
頭に思い浮かべたゲームのプログラムが目の前に現れるように、問題用紙を見た瞬間に答えが自動で埋まるように、結果を想像すると同時に必要な過程を自動で形成するのだ。
体内で作られた術式は、漏れ出す魔力と共に流出していく。
その光景は、まるで身体からペンキを撒き散らすように、周囲から少しずつ範囲を広げて色を奪って行く。
俺の身体に触れる場所から順に、白く染まっていく世界。
浸食とも言える、現象が起きていた。
「何故、魅了されない!」
「何か分からないけど、アンタだけみたいね」
「うるさい、死ぬが良い!」
業を煮やした奴がルージュ目掛けて走り出す。
その速度は常人を遥かに超える動きだ。
だが、それでも俺の魔法の方が早い。
「観測、逆算完了、術式形成、上書き処理完了、形成開始、現れよ!」
白が広がる、俺の背後も空もそれ所か俺達の周囲が白く染まる。
白い世界に閉じ込められる、そして世界は変化していく。
世界の特定範囲を切り取り、解析し、数字と文字に変換する。
同時に、それに等しい魔法術式を編んでいく。
世界が作られる過程と結果を逆算し、それを真似て違う結果で上書きする。
限定的な俺の世界を作り出す。
白は赤く染まっていく、次に現れるのはブヨブヨした肉の地面。
それだけではない、もはや周囲の景色は肉の壁に肉の天井、まるで生物の体内の中のように作り変えられる。
常時、かなりの量の魔力を消費して形成した俺の世界。
前世のゲームで見た大技の類だ、大技だけあって無茶苦茶だが強い事は確実。
「よし、ルージュを守れ!」
俺の作った世界は、俺の体内の投影。
この世界は、食べた物を無限に再現する世界。
俺の声と共にルージュとロブンの間に大量のゴキブリが壁となるように肉の壁から生まれ出る。
一つが十センチはある、巨大ゴキブリが肉から切り離され群れとなって黒い障壁となるのだ。
「ぐっ、何だこれは!?」
「ヒィ、ゴキブリ!?」
奴の拳が壁に激突すると同時に、白い体液がグシュリと溢れ出る。
拳圧で潰された体液が、奴の腕に付いたのだ。
仲間の体液が付いた腕、それはゴキブリ達にとって敵認定するフェロモンが含まれている。
この世界のゴキブリは襲ってきた存在を積極的に襲う習性があり、それを知らないロブンは見事に墓穴を掘ってしまった。
甲高い奇声を発しながら、外的を貪る黒い悪魔の牙が向く。
一気に動き出すゴキブリ、鋭利な顎で噛み付きに掛かる。
「うわ、何だこれは!」
一匹振り払うと同時に何匹も体に纏わりつく。
叩き潰せば潰すほど、体液は掛かりゴキブリ達を集めてしまう。
いつの間にか身体をゴキブリに覆われ、生きたまま穴と言う穴に侵入されて内側と外側から噛み付かれる。
その光景に、ルージュは泣きながら遠ざかろうと肉の壁を攻撃してしまうほどだ。
「こんな物!」
「ほう、聖気を炎に変質させたのか?しかし無駄だ、そのゴキブリ達は耐熱耐寒、魔力抵抗に加えて驚異的な生命力を持った俺達の大陸でも悪魔と呼ばれる強力な虫モンスターだ。見ろ、焼かれながらも貴様を食い殺そうと迫って来るぞ!」
「無理、ヤンヤン!無理、消して!てか、出して出して!ここから出して!」
かっこよく決めているのをルージュに邪魔されるが、無視である。
今いい所だから、後でにして欲しい。
燃えるゴキブリに纏わり憑かれ、悶え苦しみ最後に奴は死に伏せる。
その間、磨り潰す様な生々しいBGMが奏でられ最終的にはゴキブリが標的を失って四方八方に散っていく。
奴がいた場所には、何も残っていない。
スタッフたちが残さず食べたのだ。
「ふぅ、いい仕事をしたな」
「こっち来た!早く消して、ぎゃー!飛びやがったぁぁぁ!」
何だか締まらないが、泣き喚きながら爆発魔法を乱射しているルージュがうるさいので解除する事で一連の戦いは終わったのだった。
戦いの後、俺達は奴等の主要都市を攻めて行く。
本来なら防衛戦が行われるはずだったが、どうやら主要な戦力は奴の魅了によって全て駆り出されていたようで戦う前から降伏する所が殆どであった。
しかし、中には戦いを挑んでくる奴らもいる。
それでも、三千の吸血鬼に勝てる訳も無く数分後には命乞いをする者だけという結果に変わった。
そして、大陸の覇権争いに新たな勢力として加わる事となるのに約二ヶ月の時を有した。
この恐るべき速さでの統治には理由がある。
ルージュが面倒だからと、征服した後も今まで通りの状態を維持させて変わりない生活をさせたのだ。
普通は過酷な環境を強いて改宗させていく過程が必要なそうだが、その場合は異端審問とか隠れて今までの宗教を信じる者を炙り出したりしないといけないので時間が掛かるのだ。
対外的に、ルージュの宗派がこの地域にあるぞという事を示すためには時間が無く。
時間を掛ければ、その地域を治めていた奴が死んだ空白地帯を他の宗派が攻めてくるのだ。
だから早急に、形だけでも庇護下にある事にしないといけない。
そんな話をトナンから聞いて、取り敢えず宣言だけして放置で良いよとルージュが投げ出した。
眷族達は好意的に解釈して、征服しても統治せず勝利しても辱めない流石は俺達の陛下!そこに痺れる憧れるとか言って、それが民間にも浸透してしまい俺達の庇護下だけは特殊な場所となっていた。
白夜大陸で唯一、色々な宗教が存在する地域の誕生だ。
元々、全ての神様はルージュに通ずるみたいな考えだったのでルージュ教は一神教で無く多神教だから兼用してもいい。
細かい規則もなく、お祈りしたら良いことあるよ的な適当具合。
まるで日本のように、キリスト教のイベントをやったら今度は仏教、そして神道のイベントみたいな環境が出来上がっていた。
しかも弾圧されてた土着の宗教や他の派閥の奴らから宣教主が送られてくるし、ルージュの支配した地域がどんどんカオスになっていく。
いつの間にか、ルージュの支配地域は雑多な宗教で溢れるような場所になっていた。
恐らく原因は聖気が欲しくて仕方ない他の奴等と考えが違うせいだろう。
七つある派閥の一つに参入し、大陸の覇権争いに名乗り上げたルージュの支配地域が安定してきた頃。
他の派閥の一つがアクションを起こした。
城で生活して、主に政務か修行ばかりしているルージュの元に毎度お馴染みである慌てたトナンがやってきたのだ。
「た、大変だー!」
「何よ、また騒いで煩いわよ。どうせ大した内容じゃないでしょう」
「お前にドルク教の鋼山派から求婚の書状を送ってきた!」
「へぇー……えっ?」
「だから、ルージュと鋼山派教主の婚約を切っ掛けに同盟を結び友好的な関係を築きたいって書状だよ!多分断られること前提で、友好を望まないとか解釈して攻めて来るか面子が潰されたとして攻めて来るか、大義名分を得ようとしてるんだろうな」
ルージュは政治的思惑かと首を傾げる。
そもそも、ドルク教鋼山派ってのが何なのか分かっていなかったのだ。
「ちょっと待って、攻めてきたら反感買うだけじゃない?」
「断ったら争いを望み、平和を乱すとか言うんじゃないかな?」
「結婚しなきゃダメって事!?大変じゃない!」
「だから、大変って言ってんだろ!」
トナンが何で聞いてないんだよと地団駄を踏む。
しかし、お見合いか……
「いいんじゃないか?」
「バッ、何言ってんのよ!?」
「いや、もうお前結婚とかしていいだろ。お前っていい感じの男とかいないしさ」
「いるわよ!ただ、みんな画面の向こうから出て来てくれないだけだし!いつか、画面の中に入る魔法完成させるもん!」
「うわぁ……そってしておこう」
「待て!何だその目は、何かムカつくからやめろ!トナンも引いてんじゃないわよ!」
まさかのカミングアウトに、俺は育て方を間違えたかなと頭痛がしてきた。
よくよく考えると、ニートで独身で殺傷癖のある女である。
すっげー社会的にアウトだった。
「トナン、会ってから決める旨をそれとなく書いて送っとけ」
「やだやだー、結婚しない!まだ、独身貴族でいるのー!」
「幼児退行してないか?まぁ、選択肢はないし送っとくけど」
こうして、ドルク教鋼山派との会合が決まったのだった。




