こんなに苦しいなら愛などいらぬ
聖気を変質させ、鎧として具現化した状態の奴が四人いた。
近接格闘技の得意なモンクが多い新大陸では、防御と攻撃の両方の面で鎧という選択肢は合理的だったのだろう。
だが、それは彼らだけの事では無く一定レベル以上の者なら当たり前のようだった。
聖気を何か別の物に変化させられる司教級以上の者が出来て当たり前の技能なのだ。
その証拠に、奴らは次はお前の番だぞ早くしろと不遜に待っている。
何がお前の番なのか、鎧を纏えとでも言うのだろうか。
「例え悪鬼を従えようと、慈悲はくれてやる。さぁ、速く鎧を纏ったらどうなのだ」
「うぇ……纏うって」
困惑するルージュ、困惑しても仕方ないと言わざるを得ない。
何かこう、具現化するのには修行とかする必要があるだろう。
舐めたり、四六時中弄り回したり、スケッチしてみたり、イメージ修行とか必要な筈である。
そんなことしてないのに、出来るだろなんて感じで要求してくるのだから無理な話だ。
「いつまで待たせる気だ?本気を出す気が無いなら、出させるまでだ!」
「いや、本気って言うか……」
最初に動いたのは赤い髪のイケメンだ。
髪は赤いが、顔は西洋風な為に違和感がスゴイ。
そんな奴が恐ろしいスピードで駆け抜けてくる。
そして、目の前で振り抜かれる拳。
「うわ、あぶなっ!?」
「ッ!?ぐがぁ!」
瞬間、ルージュが見てから首を横に傾け薄皮一枚で避ける。
そして、反射的に放たれる右カウンター。
避ける間も与えず、敵の顔へと吸い込まれる様に決まった。
「何だと!?」
「何て速さなんだ!」
「大丈夫か!?」
他の奴らが殴られて吹き飛んだ赤い奴の元に駆けつける。
その原因であるルージュは自分の拳を見てから奴らを見て、そして笑った。
「フッ、大したことない奴らだ」
「おいやめろよ、いつも調子乗ると失敗するんだから」
「行ける、意外と奴らは弱いわ!」
コイツら私より弱いという確信である。
俺はあちゃーと頭を抱えたくてしょうがなかった。
油断や慢心は非情に不味い状況だ。
「一人で前に行くな!」
「仲間だろ、水臭いな!」
「協力して一緒に戦うぞ!」
「みんな……すまない」
ほら言わんこっちゃない、奴等徒党を組んで戦う気だぞ。
流石に四対一は厳しいだろ。
「例え貴様らが束になろうが返り討ちにしてくれるわ!」
「おいやめろ、小物っぽい台詞を言うんじゃない!あの、頭がカラフルな信号機みたいな連中に襲われた一溜りもないんだぞ!っていうか、少年漫画みたいにお前らも集まってくんじゃねよ!」
目の前に立つ、赤、青、黄、そして緑の髪である男達。
戦隊物だとしたら、後ろで堂々と此方を見ているあの女はピンクか。
それにしても変な奴等ばっかだな、新大陸。
「良い事思い付いたわ、ちょっとヤンヤン。私に巻きついて鎧になりなさい」
「その発想は無かった……」
しかし、襲われてからでは遅いので言われた通り液体化してからルージュを包んで黒い鎧になる。
鎧と言っても血管が浮かび上がり、脈動する生きた鎧である。
何だか禍々しいが、そこは我慢して欲しい。
「本物のヒーローが相手なら私は悪役って所ね」
「悪役っていうか、ラスボスみたいな恰好だけどな」
「まぁ細かい事は良いわ」
ルージュが構え、敵を待ち構える。
両拳を軽く握り、軽く膝を曲げて一定のリズムを刻む。
ボクサーのような構えだ。
敵は動かず此方を見続ける。
正確には動けずいるのだろう。
近接格闘を教えるトナンが踏み込むのが怖いと言った、完成度を誇る構えだ。
迂闊には動けない、そう判断したのだろう。
「シィッ!」
だが、それは下策だ。
動かない状況はルージュにとってはチャンスでしかない。
攻撃されない状況だけ出来る遠距離技を持っているからだ。
「何か来る!?防御し――」
奴らが気付くのは少しだけ遅かった。
咄嗟に腕を交差して身を守った奴らの身体、そこに抉るように不可視の拳が放たれたのだ。
聖気を一転に集中して、右ストレートと共に放出するロケットパンチのような攻撃だ。
鈍い音と共に、奴らの身体が後ろに下がる。
集まっていた奴等が攻撃に転じれないように、各自に向けてルージュの攻撃が連続で叩きこまれているのだ。
一人、また一人と押し出される様に後ろに後退していく。
「くっ、このままじゃ……」
「みんな俺の後ろに!」
「分かった、行くぞ!」
奴等の内、黄色い頭の男が捨て身で前に直進した。
当然、一直線上に走って来る的でしかないソイツにルージュは容赦なく攻撃を加える。
鎧にも罅が入り、限界だと言うのが分かる。
「うおぉぉぉぉ!」
だが、それでも奴は走り続ける。
重点的に狙われる顔は変形して見る影もない。
そして、ついに意識が薄れたのか体が揺れる。
しかし、俺達は見落としに気付いた。
いつの間にか後ろにいた奴の一人がいない。
「貰ったァァァ!」
「残念だけど、死ね」
背後からクロスチョップのような形で攻撃してくる青い髪の男。
奴の手刀からは薄く延ばされた刃物のような聖気が見える。
これを喰らえば首が切断されると容易く想像できる代物だ。
吸血鬼だろうと首が切断されたら再生に時間が掛かる。
だが、俺によってその攻撃は防がれる。
「馬鹿な、鎧から腕が出て――」
「似た技を使う奴なんかいらないのよ」
「――がはぁ……馬鹿な……」
一閃、振り向きながら放たれるルージュの攻撃。
鞭のようにしなる腕、その先は同じように鋭い聖気を纏った手刀。
俺が抑える奴と交差する瞬間、その体は容易く分かれて行く。
「まずは一人」
ルージュの背後でボトリと上半身と下半身に分かれた男の死体が落ちた。
次にルージュの餌食となったのは、先ほど無茶をした黄色い髪の男だった。
軽く飛び、空中から自分に向かってくる蹴りを回避できず爆散したのである。
「二人目」
「行くぞ!」
「うおぉぉぉぉ!」
右と左、左右同時攻撃へと打って出た残りの二人。
右には赤、左には緑の男が左右対称になるように攻撃をするべく拳を振り上げていた。
それを両手で軽く受け流すルージュ。
迫りくる二つの拳の側面に片手ずつ触れて横に力を加えたのだ。
しかし、相手も防がれることは分かっていたのか息ピッタリな左右対称な蹴りを放つ。
棒立ちだったルージュの両足へ左右から迫る蹴り。
それをルージュは垂直に飛び、水平に蹴りを放つ事で回避と攻撃を同時に行った。
それぞれ腹部に蹴りを放たれ、鎧に罅を入れながらルージュを中心に左右に吹き飛んで行く。
なるでカンフー映画のような一連の動きだった。
「ぐっ……」
「大丈夫か……」
何とか立ち上がる両名、その配置は少しルージュに不利な状態だった。
右を相手にすれば左にいる者に背を向けてしまい、左を選べばその逆となる。
迂闊に攻撃出来なくなったのはルージュの番だった。
「面倒な……」
憎々しげに零れたルージュの言葉、その声を皮切りに迫る敵。
そして、拳が当たる瞬間。
ルージュは背中から地面に倒れて何とか攻撃を避ける。
「ハァァァァ!」
「そこだァァァ!」
そこへ追撃を掛ける奴らの同時攻撃。
聖気を足一点に注いだ必殺の踵落としが繰り出されようとしている。
「動くな!」
声と同時にルージュの魔眼が発動する。
ピタリと一瞬だけ攻撃が止んだ。
数秒、もしかしたら一秒にも満たない刹那。
意識の無い瞬間はルージュにとっては十分な物だった。
その隙を見逃さず、ルージュは迫り来る二つの足を掴んだ。
「取った!」
ミシリともピキッとも聞こえる音を奏でながら、鎧に覆われた足の一部が潰されていく。
苦しみ喘ぐ声が聞こえたが、そんな物は関係ない。
ルージュは観察し続けているオルドに向かって、それを投げつける。
例えるなら人間手裏剣。さぁ、
そろそろ混ざってこい。
そんな明らかな挑発行為だった。
「ロブン、やりなさい」
飛ばされる二人の天使、それがオルドに触れる瞬間。
オルドの身体から光と共に人が出て来る。
それは女だ。金の髪が風もないのに靡き、背後から光が差し込んでいる。
そして、そこから出た女が二人を掴んで地面に下ろした。
「ロブン、加護の発動をしなさい」
「任せて、オルド!」
より強く、女の背後から差し込む光が増した。
何かしている、そう言った確信があった。
「避けろルージュ!」
「ッ……!」
しかし、ルージュは動かない。
所か、戦闘中にも関わらず膝を着く。
「大丈夫かルージュ!」
「分からない、何なの……この気持ち……何で私ドキドキしてるの?」
「おい、本当に大丈夫か!?」
顔にほんのりと赤が差し込む。
何だか艶かしい雰囲気、まるで恋する乙女のような表情。
通常の状態ではなかった。
「早く、奴を倒さないと――」
「ダメ!」
「――お、おい……」
「無理よ、私には出来ないわ!何だかあの方を見ていると胸が高鳴って仕方ないの!立つ事すら出来るか怪しい、どうしよう……私、おかしいわ!」
何をした、一体何をしたんだ。
その答えは、オルド本人によって与えられる。
「フフフ、答えが知りたいのですか卑しき者よ」
「貴様、ルージュに何をした……答えろ、言え!」
「簡単ですよ、彼女は目覚めたのです。真実の愛に」
「真実の愛……だと、まさか!?」
まさか、そうかあのオルドから出て来た女は神。
奴は神を使役して、何らかの加護を使っている。
「フフフ、蕩けるようでしょう?我が魅了の加護に誰も彼もが骨抜きなのです。さぁ、平伏しなさい。敬いなさい、何故なら私は美しいのだから!」
「正気に戻れ!おい、ルージュ!」
「あらあら、いけませんね。流石は卑しき者、魅了されないとは所詮は獣ですね。ロブン、それに貴方達、速くアレを処分しなさい……それと、そこの貴方もね」
その声にルージュが立ち上がる、おいおい嘘だろ。
俺にとっての悪夢が始まった。




