真夜中の立ち話
ああ、今日は。いや、今晩はだね、とっくに。どうしました、こんな時間に。普通の人なら、もう寝てる時間じゃありませんか?ああ、最近の人は夜が遅いんですか。そうですか。そんなんじゃ、あんまり眠れないんじゃないですか? え? だから、朝も遅いって。そりゃぁ、その通りだ。言いえて妙だね、ははは。
しかし、感心はしませんねぇ。こんな時間に出歩いてちゃ、とんでもない『もの』に会ったりするんじゃないですか? 通り魔? いえいえ、そんなもんじゃなくてですね……そうそう、それですよ。幽霊。ははは、言葉にすると、随分陳腐に聞こえますねぇ。ええ、そうですね。出会っちゃうと、陳腐だ何だ言ってられませんから。私? 私ですか。そりゃ、出会ったら怖いですよー。こんな私が言うのも何ですが、悲鳴すら上げられないって言うんですか。そんな感じですねぇ。
え? ああ、はいはい。そうなんですよ。会っちゃったんですよねぇ、ちょっと前。暢気? 暢気に見えますか。いやいや、その時は暢気になんて構えていられなかったんですがね。ええ、時間も経っちゃったでしょ。そうすると、それ程ね……『気持ち』が薄らぐってんでしょうか。怖いとかそう言うのも無くなってくるんですよ。うーん、そうですね。そうかも知れない。その後、『私』に何あったって訳でも無いですし。まぁ、言っちゃ悪いが他人事ってんでしょうね。
ええ、私は見ただけでね。関わったと言うか、関わられたと言うか……直接『彼女』に関わったのは見ず知らずの人でね、私は見ていただけ。何でって、何でだったかなぁ……ああ、そうそう。今日みたいにねぇ、ふーらふーら、その辺りを散歩してたんですわ。したら、賑やかな人達が居ましてねぇ。大学生かなぁ、五、六人の人達。お酒も入ってたみたいでね。げらげら笑いながら、歩いてたんですよ。
何かねぇ、本当に賑やかで。ついつい、ふらふらぁ〜とその人達の後ろをついて行っちゃったんです。え? 趣味が悪い? いやいや、そう言われても、理屈じゃ無いってのか……ああも楽しそうに夜中にわいわい、ですよ? そりゃぁ、ついて行きたくもなりますよ。え? ならない?? そうですかねぇ。じゃぁ、私が変わってるんですかね。
ああ、まぁ、それは良しとしましょうか。そうそう、その人達、どうも怪談をしていたらしいんですね。時々、漏れ聞こえる声が、『殺された女が』とか、『その後、事故に遭って』とか。そんな風な話ばかり。宜しく無いですよねぇ、そんな夜中に。ええ、本当に。で、そのままついて行ってると、どうも話の種になっていた場所に向かっているらしい。『殺された女』ってのが出るって場所。いやいや、よく行けるもんだよ。怖か無いのかねぇ。
え? 私? あはははは、ちょっとは怖かったですけどねー。そんな訳は無いのに。今思えば、笑えちゃいますね。笑う話なのかって? いや、人によっちゃ笑う話じゃ無いでしょうが……『私』は笑っちゃいますねぇ。そうですねぇ、以前の話だし。そう言うもんなんでしょう。
おや、話が進まないねぇ。何処まで話しましたっけ? そうそう、出るって場所に着いたんですよね。まぁ、お酒も入ってるし、何人も居たしってので、皆さん恐怖心も無かったんでしょう。騒いだり、持って来てたお酒やらツマミやら。結構、賑やかでしたよ。その内、又しても怪談話に花が咲いた様で……始めちゃったんですよね。
その時、ふと私思い出しちゃって。ほら、言うじゃないですか。怪談してると、寄って来る、って……本当に、ふっと。思い出して、思わずぞっとしちゃいましたねぇ。来てもない内に、いや、まだ来てないからかな。余計に、ねぇ。背中に冷たい物が走って、どうしよう、彼らに忠告でもしようか……そんな気分にさえ、なってくる。
そんな風に思っている内に、何やら本当に辺りが寒くなってくる。その時は、真夏もいい頃だったのに、ですよ。おかしい、段々気温が下がってくる。そうしていると、あっと言う間に辺りは冬みたいに寒くなってきて……彼らも気付いたみたいでね。こう、こんな風に……腕を摩ってるんです。ああ、良くない。良くないなぁ……そう思っているのに、彼らは動かない。プライドって言うんですかね……止せばいいのに誰かが誰かに『ビビッてんじゃねぇの?』何て言うから……だぁれも、動けなくなった。その時、さっさと誰か臆病者の名乗りを上げて、帰れば良かったのに、ねぇ?
私はハラハラしながら、それを見ていた。その時。最初はねぇ、見間違いと思ったんですよ。彼らの向こうに、ぼんやりと何か。白い靄みたいだった。目が疲れてるのかなぁ、何て思いましたよ。ほら、目が疲れると、靄が掛かったみたいに見えたりするじゃないですか。それで、思わず目を擦った位です。そんな訳、無いってのに。ええ、そんな訳無いんですよ。
しかし、その靄は消えない。いえ、消えない所かはっきりとさえ、して来るんです。こう……望遠鏡なんかで焦点が合ってなかったのが、段々と合ってくる……そんな感じ、ですねぇ。そんな風に、どんどん、それは姿を現して……私の目の前で、女の姿になったんですよ。見ちゃいけない、見ちゃいけない……そう思いながらも目が離せない……『彼女』の姿はもっとはっきりしてくる。赤いワンピース。いや、赤じゃぁない。この世の何処にあんなくすんだ赤の服なんてあるんだ。赤じゃなくて、赤に染まってるんだ……赤く……首から流れた、血で……ああ、『彼女』の首はざっくり割れてるじゃないか。割れてるんですよ、本当に。斧か何かで叩き割った様に。人の首もその辺の木の幹も、変わらないんですねぇ……本当に『割れる』って表現が似合う程でしたよ。しかも割れて、白っぽい粒々なんて出てる。脂肪でしょうかねぇ、アレ。未だに血がごぽごぽ吹き出てるから、たまらないですよ。首なんて割られたら、勢い良く血が吹き出そうなのに、ごぽごぽですよ? あれはきっと、事切れた後で断末魔みたいに流れてる血なんでしょうねぇ……
でもね、だぁれも気付かない。彼らは只、やたら寒くなった以上の何も感じない。『彼女』が無表情に手を差し出しても、その手が彼らの内の一人の肩に添えられても。何か感じて逃げられれば、まだ良かったのにねぇ……そうやって、もうどれだけ経ったのか……漸く、誰かが『帰ろう』って言い出しましてねぇ。明日、バイトだとか。いやはや、帰れる口実があるのなら、もっと早く引き上げれば良かったのに……来た道を引き返す彼らの後ろを、『彼女』が足音も無く続いてましたねぇ。ええ、ついて行ったんですよ、『彼女』。
可哀想に、ろくな事にならないだろうねぇ。そう思いましたが、こっちもこっちで足も動かないもんで、何にも言えず仕舞いでしたよ。彼らと『彼女』が小さくなっていって、闇に溶けて……その後は、辺りも元に戻ってねぇ。え? その後の彼らですか? いいやぁ、知りませんねぇ。あの後もついていれば、解ったとは思いますが……どうも、『彼女』が怖くてねぇ。
ええ、そうでしょうねぇ。そんなもんでしょう。ですが、今だと『彼女』の気持ちが解る気もしますよ。『私』もねぇ、あれだけ賑やかにされたら、ついつい、ついていきますよ。最初、そうでしたしねぇ。人間、死んだってやっぱり人間だ。人恋しくなったりするもんでしょう。わざわざ、自分の所に出向いてくれたとなれば、余計に。ねぇ、そう思いませんか?
え? 『彼女』に同情するより、彼らに同情してやれって? いやはや、確かにあの時は彼らの方に同情しましたがね。今はちょっとだけ、『彼女』の気持ちも解るもんで……は? 変わってる? 私ですか? 変わってますかねぇ? やっぱり、そうでしょうか……やっぱり……死にたてだだからでしょうか、ねぇ…………
夏も近いので、季節を先取りで。稚拙ながら、ご意見頂ければありがたいです。