或る十に纏わる小話
閲覧の際は
一、小説の書き方になっていない
二、登場人物全員が気持ち悪い
三、非倫理・暴力表現
にご注意ください。
―――お嬢さん、そこの愛らしいお嬢さん。
(大通りにいた夜警、不意に警棒を振りかざし朗々と声を上げる)
(夜警、声を出してすぐ道行く群衆の集まった視線に気づき顔を赤らめる)
―――あら、何でございましょうお巡りさん。
(小袖姿に傘を携えた婦人、小道の陰で首をかしげる)
―――若く美しいお嬢さんがこんな夜分にこんな薄暗い道で何を出歩いておるのかね。
(夜警、慌てて身を隠すような仕草で大通りを外れ赤い頬で厳めしく顔を作る)
(婦人、影となった夜警を見るように目を細め、頬を赤らめ微笑む)
(日も暮れかけた都は人の往来が激しい)
(ひっきりなしに行き交うせわしげな人々に押され夜警と婦人、小道の入り口に寄る)
―――心配してくだすってありがとう。でも大丈夫ですのよ。そのぅ、殿方を待っているのです。
(婦人、顔を俯け、小声)
(夜警、滑稽なほど大げさに周囲を見渡し目を眇め婦人の視線の先を伺う)
(夜警、ふと目を見張る)
―――少々お待ちよ。殿方とは今しがたビルディングに入った、あのとびきり人目を惹くあの端正な紳士かね。
(指さす先、大通りの向かいの上流階級層の社交場である建物の入り口で忙しなく背を向ける男の姿)
(夜警、少々大げさな身振りで目をクルゥリと回して見せる)
(婦人、動作を見て目を見張り口元に手を当て細く笑う)
―――ええ、その通りですのよお巡りさん。あの人ったらそそっかしくて、リストランテにハンカチーフを忘れてしまったのですって。
(そして困ったように、一拍)
(やがて、顔を真っ赤にした婦人ますます小声で囁く)
―――ふしだらなんて思わないでくださいましね。……このあと、あの方の家に参りますのよ。
―――おやまぁ!
(夜警、目を見張って口をあける)
(しかしすぐさま首を振り、頬をわずかに赤くしながらしかめつらしい顔で咳払い)
―――それは、そのぅ、なんというか、とんだ失礼を……
(その途中から、夜警、顔を厳めしく戻す)
―――しかしながらですな。こんな、薄暗い路にお嬢さんを残して? 全く、顔によらぬ立ち振る舞いだなあの紳士は。
―――いいえ、お巡りさん。勘違いなさらないで。ちゃあんと車は呼んでいるのよ。そうして、私はあの人をまっているのですから。
(婦人、慌てて首を振り庇う様子を見せる)
―――いやいや実に怪しからん振る舞いだ。
(夜警、肩をすくめ荒々しく足を踏む)
―――まったく! こんな夜分、貴女のような可愛らしいお嬢さんから一刻でも目を離すなど!
(夜警、急に声を潜め辺りをうかがい建物の陰に隠れるように婦人に耳打ち)
―――……お嬢さんもご存知でしょう? 最近帝都で評判の野蛮なる輩の不埒な振る舞いを。
(婦人、近づいた夜警に驚く)
(婦人、声を聴き恐ろしげに小声で返す)
―――ええ、ええ。勿論です。(やや口早に)ちょっと前には夜警のお勤めをしなすっていたお巡りさんが暴漢によってお亡くなりになりましたあの事件でしょう? 最近はお巡りさんではなくて妙齢の夫人ばかりが狙われております、あのどちらも恐ろしい事件でございましょう? 噂の残虐で卑劣な“連続殺害事件”のことですわね?
(婦人、肩を抱き身を震わせる)
―――お巡りさんの犯人は未だに捕まっておられないそうですし、夫人の方はどの方もお顔など潰されて酷い有様だったとか。嗚呼、ぞっといたしますわ。
(夜警、厳めしく頷く)
―――いやその通り。同僚の無惨な死の根源である悪漢は未だに行方も知れず、夫人連続殺害事件の方に至っては奴はすでに七人やりました。(声を張り上げ)七人です! (慌てて周囲を見る。幸い婦人も夜警も影となっており大通りを歩く人々は無関心に行き交う)(安堵の様子)(声を再び落として)七人とも貴女のような愛らしい貴婦人だったのですよ。
(婦人、目を見張る)
―――あら、そうでしたの? (おびえた様子)私がお父様からお聞きしたのはお巡りさんがお一人と女性の方は六人だったのだけれど。
(夜警、大袈裟にしまった、と目を回して見せる)
(婦人、再び小さく笑う)
―――おおっと、しまった! お嬢さんここだけの話にしてくださいよ、これはまだ誰も知らない話なのです。
(夜警、おどけたようすで真剣な顔をする)
(婦人、笑って唇の前に人差し指一本を示す)
―――致し方ないですな。この際です。(一人頷く)今、この町がどれほど危険か知っていただきましょう。(小さかった声をさらに小さく)実は吾輩は同僚を殺した犯人と、夫人連続殺害事件の犯人が違うと考えているのです。
―――まあ!
(婦人、驚愕、後ろに二三歩よろけて口を悪戯に開く)
(夜警、薄暗い路地に足を踏み入れつつ畳み掛けるようにしたり顔で頷く)
―――ええ、間違いありません。あの二件は別の事件なのです。そして夫人連続殺害事件の方なんですがね、(一瞬の嗤い)……未だに発見されていない遺体があるのですよ。
(婦人、息をのむ)
―――奴は非常に狡猾な手口をしておりましてな、情けなくも警察は未だに犯人の影を踏むこともできない有様です。
(夜警、頭をかく)
(婦人、頷きかけ、瞬く)
(夜警、笑う)
―――奴は、とても危険な存在です。(長い間)……奴は貴婦人の顔をまず棒のようなものでぐちゃぐちゃにたたきつけるのです。
―――……ねぇ、お巡りさん? (息を吸って、口早に)何故お巡りさんは“未だ発見されていない遺体”のことを存じ上げているのかしら……。
(夜警、動きを止める)
(婦人、顔にはっきりと恐れを浮かべる)
―――……それにね、お巡りさんは何故二つの事件が“間違いなく”別の事件だなんて、そんなことおっしゃれるのかしら……ええ、ええだってですよ、私のお父様は警察に務めておりますけれど、一度だって、“夫人”連続殺害事件なんていったこと、ございませんわ……
(夜警、突然警棒を振り回して見せる)
(婦人、近くで唸る警棒に身をすくめる)
―――おおっと、失礼。(警棒を下す)(低い声)そして、刃物でめちゃくちゃに切りつける。顔などもはや分かる有り様ではございません。
(夜警、無表情で夫人を見る)
(婦人、おびえた様子で辺りを見渡す)
―――(無表情で口だけを動かすように)そもそも、奴がどのような手口で貴婦人を拐すかご存知かな?
―――いえ、いいえ、お巡りさん。この町が危ない事はもう十分分かりましたわ。あの人を大通りで待とうと思いますから……
―――いいえ、いけません。(夜警、顔だけで嗤う)時折ですな、貴婦人が、街角にいらっしゃる。そして何かの拍子に従者がいなくなる一人になることもございますな。(唐突に低い声で嗤い出す)そこで声をかけられるのですよ。
(夜警、朗々とした声を出す)
―――「そこの方、そこの美しい方」、「其のような所におひとりで、何をなさっておいでかね」
(婦人、顔を強張らせる)
―――そうするとだね、美しいお嬢さん! 誰もが疑うこともなくこういうのだ「お巡りさん、なんでもございませんよ」ってね!
(婦人、震えて後ずさるがすぐに壁に阻まれる)
(夜警、警棒で肩を叩いてクルゥリと目を回し嗤う)
―――あとは簡単だ。口八丁手八丁、貴婦人をエスコォトする紳士さながらに人気のない場所に連れて行かれてこのザマさ!
(婦人、口を開くが素早く夜警の手にふさがれる)
(夜警、目を回しながら嗤い続ける)
―――お嬢さん、この町が如何に危ないか分かっていただけましたかな?
(婦人、視線をうろつかせる)
(婦人の目に映る、衆人は気付くことなくひたすらに行き交う)
(コォトをまとった洋装のモガとモボが腕を組み一瞬姿を現し、消える)
(馬、御者、馬車が車輪と嘶きのけたたましい音を鳴らして流れていく)
(手前の商店のものらしきドアのベルが鳴る音と店主と客の挨拶が響く)
(古ぼけた服装の靴磨きの少年があわただしく商売道具を抱え走る)
(眼鏡をかけた書生が袋を持ち眼鏡を押し上げながら足早に少年とすれ違う)
(ホテルから身なりの良い紳士が女性の腕を引きエスコォトする)
(誰も、婦人には気付かない)
(影になった夜警、満面の笑みで警棒を振り上げる)
(往来のざわめき)
(誰も注意を向けることはない)
(婦人、目が大きく見開かれる)
(衝撃音)
(鈍い音)
―――あら、
―――血がついてしまったわ。
(婦人、身を起こす)
(うめき声)
(手には、傘)
(傘の先からポタァリと赤いしずくが落ちる)
―――気に入りだったのに。
(激しい殴打の音が繰り返される)
(行きかう雑踏の音、話し声、生活音)
(悲鳴じみたうめき声はあまりにも小さく誰にも聞こえない)
(やがて声らしきものは消え、あとは女の荒い呼吸音)
(長いような短い間であった、その水気を交えた音が、唐突に病む)
―――こんなものだったかしら?
(婦人、地面に転がる男の体を避けながら身なりを整える)
―――ええと、棒のようなもので顔をめちゃくちゃにするのね、
―――前の時はついつい必死だったから、覚えていないけれども。
(おっとりとした呟き)
(小袖の裾、袖を払い傘をふる)
(壁に赤が散る)
(婦人、着物に目立った汚れがないことを確認しふと目を瞬いた)
―――そうよ、急がなくては、
―――あの人が!
(婦人、無邪気に焦りながら大通りへと小走りに向かう)
(そして、小道を抜け出そうかというその寸前、足を止め、振り返る)
―――お巡りさん、お巡りさん。
(細い路地の奥、横たわる躰)
(婦人、小さく微笑む)
―――有難う御座います、何から何まで、
―――あのお巡りさんを殺してしまった後、ごまかしてくださったのよね。
―――びっくりいたしましたのよ、あの後何人もあのお巡りさんのようになっていると知って。
―――しかも、女性でしょう? ちょうどよかったの。
―――きっと神様が私に味方してくださっているのだと思ったものよ。
(婦人、片手を口元に当ててささやかに声を立て嗤う)
―――あの晩も、こうやってあの人を見ていた私に声をかけてきたお巡りさんがいらっしゃったの。
―――あのお巡りさん、とても失礼な方でしたのよ。
―――私のこと、付きまといだなんていうものですから、腹が立ってしまって。
(笑みを隠す手)
(逆の手には真っ赤な西洋日傘)
―――あの時の傘は駄目になってしまったのだけれど、これももう駄目かしら。
(笑い声が細く高く、薄暗い路地に響く)
―――あのお巡りさんとは違って、あなたは良い人でしたけれど、
―――あの人ってば照れてしまって、私に焼きもちを焼かせたがるの。
―――ああ、もう行かなければ。
―――あの人がたちの悪い女狐に悪ささせられてしまうもの。
(婦人、再び大通りへ足を向ける)
(雑踏の中へと、消えていく姿を誰が見咎めるわけでもない)
(人々の音と街灯に赤い傘が消えていく)
その後、半年もすれば、世間を騒がせた連続殺人事件は犯人も被害者も現れぬままにひっそりと息を潜めていった。
結局のところ、見つかった遺体は十。
それは、後世に語り継がれる史上稀に見ない、残虐な事件である。
オチてない!
目標・ミステリどころかただの気持ち悪い話になってしまいました。
本当に申し訳ありませんでした。