プロローグ
昔歴史ジャンル(歴史転生もの)で投稿したものを、VRゲームジャンルでリメイクして改変した作品です。
「あ、あうーっ! じゅ……ジュキ、の、のろま!
い、いけ、はやく、いけーっ!」
豪雨が叩きつける織田の奥御殿。その静寂を切り裂いたのは、およそ生後数ヶ月の赤子が出すべきではない、怒りと焦燥に満ちた(そして猛烈に舌足らずな)絶叫だった。
「だから痛ぇって!分かってる!
分かってるからお市、指は噛むな!」
ジュキこと俺――鈴木 練は必死に声を殺しながら、腕の中の
「将来の戦国NO.1美少女(ただし現在は全自動・高火力の泣き喚き機器)、お市の方」
をあやし、同時に絶望していた。
つい数分前まで、俺は現代の薄暗いワンルームで、納期に追われながら歴史改変ロボットアクションゲーム
『SENGOKU-UNIT:Project 1546(仮)』
の納期前の最終調整をしていたはずなのだ。
それがどうだ。
気づけば、自分が設定した「織田信長の妹・お市」の寝所に初期配置されている。しかも、目の前の赤子は俺が書いた設定そのままの毒舌を、未発達な声帯で一生懸命に絞り出しているではないか。
乳臭い匂いがするくせに、俺を睨むその瞳は不具合報告をする参加者より厳しい。
「……あー、もう!
納期前地獄よりキツいっすわ、これ!」
俺は近くにあった織田の風呂敷をひっ掴むと、お市を中に詰め込み、静電気に弱い半導体でも運ぶような繊細さで背中に括り付けた。
そして門番に見つからないよう慎重に城門を潜り抜け、冷たい豪雨の中で行われている戦場へと飛び出す。
「じゅ、ジュキ……。
兄上……しょ、しょこ……」
おんぶ紐代わりの風呂敷越しに、冷却前の演算回路のような処理熱が伝わる。
そんなお市が指差した先、豪雨の弾幕の向こう。
そこには「白地に二頭立波」の兵に包囲され、わずかな供回りと共に孤立するお市の兄、織田信長の姿が。
おいおい、ちょっと待ってくれ。
さっき城の中で情報としては聞いてたけど、実際目にすると何もかもがおかしい。
史実だと初陣は、火責めで楽勝に凱旋してたはず。なのでこの豪雨の苦戦がまずありえない。
戦場も本来は大浜城、50キロは離れた場所だったはず。歩いて来れるこんな近場でも、野戦でもない。
更にその人数。確かに史実でも織田側の軍勢600に対し2000人と相手の数が多かったんだけど報告ではさらにその三倍の6000人。つまり今の織田軍の10倍だ。
そして一番変なのは、初陣の敵は今川がらみの三河軍だったはず。
あの見えてる旗、斎藤道三の軍だよな?
「あ、あにゅえが……ち、ちぬ……」
いや死なねえし、殺させねえし!
そもそも今ここで信長に倒れられると、正直ひっじょーに困る。
目と鼻の先が戦場である以上、このままだと織田の居城まで危うい。
仕方ない、アレを使うしかないのか……
……ええっと、まず両手をこう。猫の爪のように開いて。
肘を曲げて……にゃんにゃんにゃん、とな。
「ジュキ、おかしくなった?」
呆れた声で背中から声をかける、お市。
あーいやきわめて正常だよ、その証拠に。
――ズドン!
ほーら、降ってきた。
「ジュキ……これ、なに?
玉子……星……光ってる……」
お市の言う通り、それは星のマークの入った巨大な光る卵だった。
「それはな、俺が納期の間際に、酒の勢いで仕込んだ優良星卵だ」
「いーしゅた……えぎゅ?」
その昔、アタリ社の『Adventure』っていうゲームの開発者が、会社に名前を出すのを禁じられて、秘密の部屋に自分の名前を隠したのが始まりなんだぜ――なんて、お市には通じない豆知識が脳裏をよぎる。
開発者の遊び心なんてのは、大抵は上司に内緒で、こっそり忍ばせるもんなんだ。
「お市、その卵の表面を『上上下下左右左右』の順に叩け! ……秘密兵器が出るはずだ!」
「あ……あう、わかった。
ジュキに、ちから貸しゅ……」
自分で叩けって言われそうだが、これ作中の女性じゃないと起動しない仕様なんだ。
何故って?知らん知らん、酔っ払う前の記憶がない。
かくして、お市が指示通り優良星卵を叩……けなかった。
「ジュキ、とどかにゃい……」
まあ背中に背負った状態だとそうなるわな。上の方はともかく下とか絶対無理だ。
仕方ないなと、一旦背負ってるお市をおんぶに変え。
「よい、しょ」
片手でお市本人を抱え、もう片手で彼女の手首をつかんで誘導。
つ、疲れる……面倒くせえ。
かくして悪戦苦闘の末にコマンドを入力した瞬間、優良星卵が休眠状態から脈動状態に移行する。
ズズ、と鼓膜を揺らす地鳴り。
それはお市との生体同期を通じて、俺の脳内に直接「システム起動」の生々しい感触として伝わってくる。
さて、ここで俺が開発に関わった件のゲーム「SENGOKU-UNIT:Project 1546(仮)」の説明をしよう。
歴史改変ロボットアクションと銘打っている通り、この世界には巨大絡繰人形の「嘉武機」が出るのは確定路線だ。
ただそれは、某ロボアニメに例えるなら量産型の緑の単眼で、今から動かすのは試作機の白い悪魔。
性能が段違いなのは勿論、本来ならお市が成人した時に乗せる『ヒロイン専用・ぶっ壊れ機体』。
いわば最終決戦用を、序盤で前借りするようなもんだ。
後始末が大変そうだが、赤子の涙には変えられない、仕方ないね。
爆圧と共に舞い上がる泥。
その中からせり出したのは、五本の指がそれぞれ大蛇のようにのたうつ巨大な機械の右腕。それはまるで、この赤子の体の一部のように動く。
「あれは、なんで……あるか?」
と、俺は泥と返り血にまみれながら腕を見上げる、一人の男とふと目が合う。
「あにゅえ!」
お市が声をあげる。
史実通りの奇抜な衣装のこの彼こそ何を隠そう、若き日の織田信長であった。
ハーメルンでも投稿中




