第1話:雑用係はいらないそうです
※2話完結の追放ざまぁ短編です。
1話は追放、2話でざまぁ回収します。
「お前はもう要らない」
その言葉が放たれた瞬間、酒場の喧騒が一段、遠くなった気がした。
木製のテーブルに置かれたジョッキが、誰かの指先で弾かれ、乾いた音を立てる。笑い声。食器がぶつかる音。冒険者たちの陽気な叫び。
そのどれもが、まるで別世界の出来事みたいだった。
目の前にいるのは、俺が三年間仕えてきた冒険者パーティ《蒼天の剣》のリーダー、レオン・ヴァルグレイヴ。
王都の名門貴族の次男。金と血筋と顔面に恵まれ、努力しなくても周りが勝手に道を作ってくれるタイプの男だ。
そして俺は――その道の端っこを雑巾で磨く役だった。
「……要らない、って。今さら?」
喉の奥が熱い。怒りじゃない。悔しさだ。
俺の名前はカイ・アルベルト。平民出身、才能なし、戦闘職でもない。
俺の役割は“雑用係”。
戦場では剣も魔法も振るえない。代わりに、補給・道具管理・修理・交渉・宿の手配・依頼書の整理・報酬の分配計算・ギルドへの提出書類作成……とにかく全部やってきた。
目立たない仕事だ。
だけど、パーティが回るのはその目立たない仕事のおかげだと、俺は信じていた。
信じていたのに。
「今さらも何もない。むしろ今まで置いてやっただけありがたいと思え」
レオンは笑った。
隣にいる女魔術師ミレイアが、くすりと口元を隠して笑う。神官のセルジュは眉をひそめるフリをしながら、目は冷たい。
最後に、斧戦士のガルドがジョッキを煽って言った。
「なぁカイ。俺らもう、王都でも指折りのパーティなんだぜ? 雑用係なんて連れてたら“格”が落ちるんだよ」
格。
その単語に、俺の胸の奥がひしゃげた。
「格が落ちる……? 俺が?」
「そう。お前がいると、貴族の後援者がつきにくいんだよ」
レオンは当然のように言う。
まるで、雨が降るのが当然みたいに。
「それにさ」
ミレイアが、甘ったるい声で続けた。
「最近、あなたって“うるさい”のよ。契約だの分配だの、細かいことばっかり言って。冒険って、もっと自由であるべきじゃない?」
自由。
それは、責任を負わない者が口にする言葉だ。
俺は笑いそうになった。
……ああ、そうか。
彼らにとって俺は、パーティを守る“歯止め”だったんだ。
「……じゃあ、追放ってことでいいんだな」
声が震えないように、歯を噛みしめる。
「追放でいい。荷物は今日中にまとめろ。部屋代も明日からは自分で払え」
レオンは指を鳴らす。
それが合図だったみたいに、ガルドが俺の鞄を足元に放り投げた。
ドサッ、と鈍い音。
中身が少し飛び出して、紙束が床に散らばる。
――契約書の控え。
――依頼達成証明の写し。
――報酬分配の計算書。
俺が三年間、眠い目をこすりながら書き続けてきた、記録。
それらを見て、ミレイアが嫌そうに顔をしかめた。
「うわ、なにそれ。紙ゴミじゃん」
紙ゴミ。
……そうだな。お前らにとってはそうだろう。
俺は床にしゃがみ、静かに紙を拾った。
一枚一枚、丁寧に。
拾いながら、心の奥のどこかが冷えていくのがわかった。
怒りじゃない。
絶望でもない。
これは――確信だ。
(ああ。こいつら、終わったな)
「……カイ」
不意に、セルジュが俺の耳元で囁いた。
「お前さ。余計なこと言わないよな? 俺たちのために働いてきたんだろ?」
余計なこと。
その言葉で、全部わかった。
彼らは俺の仕事の価値を理解していないんじゃない。
理解しているからこそ――怖いんだ。
俺が“記録”を持っていることが。
俺は立ち上がり、セルジュを見下ろした。
「安心しろ。俺は“契約”を守る男だ」
セルジュはほっとしたように笑う。
……馬鹿だな。
契約を守るのは、俺だけじゃない。
この国の法律も、ギルド規約も、貴族の名誉も――契約を守ることを前提に成り立っている。
俺は鞄を肩にかけ、背を向けた。
酒場の扉を開けると、冷たい夜風が頬を撫でた。
王都の石畳は、雨上がりで濡れている。
街灯の光が水面に反射し、まるで無数の刃みたいにきらめいていた。
(さて……どうするか)
行く当てはない。
金も少ない。
だけど不思議と、心は軽かった。
俺は三年間、ずっと彼らの背中を追いながら、彼らが落としたものを拾い続けてきた。
今日で、それが終わっただけだ。
……そして。
俺の鞄の中には、“紙ゴミ”が詰まっている。
それは、彼らが踏みにじってきたものの記録。
彼らがごまかしてきた不正の証拠。
ギルド規約違反。
報酬の不正分配。
依頼主への虚偽報告。
そして何より――
《蒼天の剣》が貴族の後援者から受け取ってきた“裏金”の契約書。
これが世に出れば、彼らは冒険者を辞める程度じゃ済まない。
貴族社会そのものを敵に回す。
俺は笑った。
誰もいない路地裏で、ひとり。
「……俺を追放したのは、お前らだ」
次に、俺の足が向かった先は――ギルド本部だった。
王都最大のギルド。
そして、契約違反を最も嫌う場所。
俺は扉に手をかけ、心の中で呟く。
(さあ、“契約書”の時間だ)
その瞬間。
背後から、澄んだ声がした。
「あなたが……カイ・アルベルト?」
振り返ると、そこにいたのは黒髪の女性だった。
高級そうな外套。品のある佇まい。目元は冷たく、しかしどこか疲れた色を帯びている。
貴族。
間違いなく。
彼女は俺の鞄の口から覗く紙束に視線を落とし、静かに言った。
「……その書類、全部。私に見せなさい」
――この夜。
俺の運命は、音もなくひっくり返り始めた。
お読みいただきありがとうございます!
次話、契約書で全部ひっくり返します。
次話の投稿は明日の朝7時です。




