第8話 同居
翌朝。
俺は、自室の布団の中で目を覚ました。全身を包む疲労感とは裏腹に、頭は奇妙なほど冴えている。
階下から、とんとんと小気味よく包丁がまな板を叩く音と、香ばしい味噌の匂いが漂ってきた。
「……ん?」
寝ぼけ眼のまま居間へ向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。
見慣れた旅館の台所で、俺のものではない、可愛らしい動物柄のパジャマを着た小町ちゃんが、朝食の準備をしていたのだ。
「はぁ!? こ、小町ちゃん!? なんでパジャマ姿でうちに!?」
「あ、おはよ。お兄ちゃん」
彼女は、俺の驚愕などどこ吹く風と、にこやかに振り返る。
「泊まったのか……!?」
「あ、うん。昨日から私、住み込みで働くことにしたんよ。まあ、家近いし、ほとんど変わらへんけど……。あ、うちのおかあさんとお兄ちゃんのおかあさんの許可はもろとるよ」
「いいのかそれで……おかんズ……」
仮にも現役の女子高生だぞ。それを、俺のようなおっさんと一つ屋根の下で暮らさせて……。いやまあ、俺も別になにも変な気を起こすつもりはないが。
俺が混乱していると、今度は二階から、コツ、コツ、と階段を下りる音が聞こえた。
現れたのは、昨日会ったばかりの生天目郁美。
それも、艶かしい黒のレースがあしらわれた、下着姿で。
「ぶふーーーーーっ!」
飲んでいたお茶を、俺は盛大に吹き出した。
「お、おい、なんであんたまでいるんだよ!」
「なんでって、私もここに住むことにしたからだ。おはよう」
「はぁ!?」
「おかみさんの許可はもらっている。当面の間、アドバイザー料の代わりに宿と食事を提供してもらう契約だ」
「そういう問題……!? ていうか、なんで下着なんだよ! はやく何か着てくれ……!」
「別に私は見られても構わんぞ? この美しい身体のどこに恥じる必要があるというんだ?」
「俺が! 恥ずかしいんだよ!」
「ここはもう私の家でもあるんだ。家の中くらい、好きな恰好をさせてもらう」
「まったく……せめて客が来る前にはなんか着ろよな……」
「それは当然だろう。なにを当たり前のことを。私は別に露出狂の変態ではないのだぞ」
基準がわからん……。
ていうか、よく考えたら俺は、とんでもなく可愛いJKと、理知的な美人(ただしいろいろと頭とか恰好とかヤバい)の二人と、同じ屋根の下で暮らすことになったのか?
しかも、母さんは今は母屋とは別の離れで寝起きしているから、この建物には実質三人だけ……。
やばい……俺、大丈夫なのかな……?
◇
波乱の朝食を終えた後、俺たちはホワイトボードを囲んで、今後の対策会議を始めた。
郁美さんの提案により、今後の情報発信は小町ちゃんが管理し、見せる情報と隠す情報をコントロールすること。そして、ダンジョンの入場は当面「完全招待制」とし、価値をこちらでコントロールすることが決まった。
会議が一段落すると、郁美さんは俺を庭に連れ出した。
「お前はまず、自分の力を正確に把握しろ」
彼女に言われ、俺は改めて自分の「ステータス」を確認しようとした。だが、何度念じても、レベル以外の詳細な数値は、意味不明な文字列に化けて表示されるだけだった。
「ステータスが当てにならないなら、物理的に測るまでだ」
郁美さんはそう言うと、庭に鎮座する巨大な庭石を指さした。あれは確か、昔クレーンで設置した、大人が数人がかりでようやく動かせる代物だ。
「あれを持ち上げてみろ」
「ええ……無理だろ、あんなの……」
俺は文句を言いながらも、庭石に手をかけ、ぐっと力を込める。
すると。
ひょい、と。まるで発泡スチロールの塊でも持ち上げるかのように、巨大な庭石が、俺の腕の中に収まった。
「……え?」
一番驚いたのは、俺自身だった。
「俺って、いつからこんなに力持ちなんだ……? そういえば、考えたらおかしい。俺はこれまで、普通に暮らしてきたんだ。こんな化け物じゃなかったはずだ……」
俺の呟きに、郁美さんが答える。
「人間は、初めてダンジョンに入ったときに、その身に宿る魔素と反応し、身体に魔力受容体が形成される。それが、いわゆる『覚醒』だ」
「覚醒……」
「そして、その後のステータスの伸びや限界値は、個人の体質……つまり、遺伝子によって決まる。お前の身体は、ダンジョンに適応し、秘められていたポテンシャルが解放された状態なんだ」
郁美さんは、俺の目を真っ直ぐに見て、断言した。
「つまり、お前はただの天才だってことだ。……それも、世界の誰も見たことがない、超規格外のな」
◇
俺が自分の正体に呆然としていると、旅館の玄関の方から、やけに大きな声が聞こえてきた。
「ごめんくださーい! テレビ福井ですがー! 昨日ネットで話題になった『ダンジョン旅館』はこちらですかー!」
テレビ局のクルーだ。昨日のバズを嗅ぎつけた、最初の来訪者。
俺と小町ちゃんが慌てる中、郁美さんが冷静に前に出た。
「アポイントメントはおありですか? 大変申し訳ありませんが、取材は全て事前予約制となっております。オーナーは現在、ダンジョン調査中で不在ですので」
彼女は、まるで敏腕マネージャーのように、テレビクルーを上手にあしらって追い返してしまった。
「すげえ……」
「これから大変になるね……」
俺たちが感心とため息を漏らしていると、今度は一台の黒塗りの高級車が、旅館の前に静かに停まった。
後部座席から降りてきたのは、上質なスーツを着こなした、秘書風の理知的な女性。そして、彼女を護衛するように、屈強な男たちが二人続く。
女性は旅館の看板を一瞥すると、手元のタブレットを確認し、俺たちに向かって、完璧な営業スマイルを浮かべた。
「ここですね、例の『500円ダンジョン』は。我々はギルド『ブリザード』の者です。こちらのオーナーにご挨拶に来ました」




