第7話 答え合わせ
俺の絶叫は、静かだった田舎の夕暮れに吸い込まれていった。
何が何だか分からないまま、小町ちゃんは俺の腕に泣きつき「どういうことなん、これ!?」と問い続けている。俺は、懐の札束の生々しい感触と、スマホに表示された非現実的な数字との間で、思考が完全にショートしていた。
そんな俺たちを、隣に立つ白衣の女性――生天目 郁美は、まるで珍しい生態系を観察する研究者のような、冷静な目で見つめていた。
「……はぁ」
彼女は、心底呆れた、というような深いため息を一つ吐いた。
「まずは落ち着け。話は中で聞こう。その『バズった』とかいう動画、私にも詳しく見せろ」
その凛とした声に、俺たちは我に返り、導かれるようにして旅館の居間へと向かった。
古びたちゃぶ台を、三人で囲む。
小町ちゃんが再生したPV動画を、郁美さんは腕を組んで、食い入るように見つめていた。
動画が終わり、気まずい沈黙が流れる。
やがて、郁美さんはこめかみを指でトントンと叩きながら、もう一度、今日一番深いため息をついた。
「……はぁ……どこからツッコめばいいんだ、これは……」
「え、えっと……」
「いいか。まず、お前のその動きが異常だ。スライムに接近する初動の踏み込み、トップランカーでもなければ見せないレベルの練度だ。素人ができる動きじゃない」
「は、はぁ……」
「そして、そのスライム。これはただの雑魚じゃない。その光沢と核の魔力輝度から見て、おそらくS級認定されている【オリハルコン・スライム】か、それに準ずる未確認種だ。本来なら、並の武器では傷一つつけられん」
俺と小町ちゃんは、顔を見合わせるしかない。
「え、でもこの剣で、簡単に斬れましたけど……ていうかクワでいけたし……」
俺がそう言って、宝箱から手に入れた「鋼のつるぎ」をテーブルの上に置くと、郁美さんの目がカッと見開かれた。
「だから、それがおかしいと言っているんだ! って、ちょっと待てよ……この武器……」
彼女は剣を手に取ると、目を閉じて集中する。その片目に、淡い光が灯った。どこか神々しいその様に、俺たちは息をのむ。
「――スキル【神眼鑑定】」
目を開けた郁美は、信じられないという顔で、震える声で鑑定結果を読み上げた。
「……【エンチャント:攻撃力増幅(極大)・魔力増幅(中)・致命率上昇(超)】……馬鹿な……攻撃力4倍、魔力2倍、クリティカル率50%だと……!? こんなものはもはや、神話に出てくる伝説の武具だぞ!」
「は、はあ……」
「よんばい……?」
俺も小町ちゃんも、その数字がどれだけ異常なものなのか、全く理解できずにきょとんとするだけだった。
そんな俺たちに、郁美さんは業を煮やしたように叫んだ。
「おい! ほかにはどんなものが手に入った! 全部出せ!」
「え、えーと、ただの薬草ですけど……」
俺がポケットからよれよれの薬草を取り出すと、郁美さんは絶句した。
「ただの薬草なわけがあるか! この葉脈の輝き……最上級ポーションの材料、【降星の薬草】じゃないか! 現物など、私も初めて見たぞ!」
続けて、俺が毒消し薬の小瓶を見せると、郁美はついに両手で頭を抱えた。
「これは……どんな猛毒も一瞬で浄化する幻のアイテム、【ポイズンエリクサー】……。……もうやだ、このダンジョン……私の常識が、音を立てて崩れていく……」
専門家としてのプライドが崩壊しかけた郁美さんは、「お前たちがいかにとんでもないことをしでかしたか、世間の反応を見せてやる」と、自分のスマホでダンジョン掲示板のスレッドを開いた。
「『S級スライムを一刀両断』『入場料500円は罠』『お子様でも安心(大嘘)』『鬼畜ダンジョン』……」
読み上げられるコメントの数々。
自分たちの「常識」が、世間では「異常」として熱狂的に受け止められている。その現実を、俺たちは突きつけられた。
S級スライム……伝説の剣……幻のアイテム……500万円の魔石……そして、100万再生。
バラバラだったピースが、頭の中で一つに繋がる。
俺がハズレだと思っていたこのダンジョンが、世界レベルの宝の山。
俺が雑魚だと思っていたスライムが、S級モンスター。
つまり、それらを楽々と退けた、俺は……?
背筋に、ぞくりと悪寒が走った。
重い沈黙が、居間を支配する。
やがて、落ち着きを取り戻した郁美さんが、口を開いた。
「いいか、お前たちはとんでもないものを手にしてしまった。このままでは、大手ギルドや国、あるいは海外の連中まで嗅ぎつけてやってくるぞ。対策が必要だ」
彼女は、俺たちに三つの選択肢を示した。
一つ、ダンジョンを国に管理委託する【安全策】。
一つ、大手ギルドと専属契約を結ぶ【安定策】。
そして、自分たちで管理・運営を続ける【挑戦策】。
旅館を再生させるという、俺のささやかな夢。
知らずうちに手に入れていた、規格外の力。
小町ちゃんや母さんを守るという、当然の責任。
俺は、それら全てを頭の中で天秤にかけ、静かに顔を上げた。
「……俺が、俺たちで、やってみます」
その言葉を聞いた郁美さんの口元に、初めて笑みが浮かんだ。
それは、目の前の獲物を前にした、獰猛な肉食獣のような、美しい笑みだった。
「面白い。その狂った状況、専門家として間近で観察させてもらう。アドバイザーとして、私が協力してやろう」
こうして、何が何だかわからないうちに、俺たち――謎の最強探索者の俺、敏腕プロデューサー(?)の小町ちゃん、そして頭脳派アドバイザーの郁美さんという、奇妙なチームが結成された。
世界中から殺到するであろう挑戦者たちを、俺たちはどう迎え撃つのか。
俺たちの、本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。




