第6話 五百万と百万
実家の軽トラを走らせ、たどり着いた隣町は、俺が昔知っていた頃の面影を残しつつも、静かに寂れていた。
その商店街の片隅に、目的の店はあった。
【生天目換金所】と書かれた、少し色褪せた看板。都会のきらびやかな専門店とは違う、古びたガラスの引き戸が、一見の客を拒むような空気を放っている。
俺は、ポケットに入れた魔石の入った小さな布袋を固く握りしめ、意を決してその戸を開けた。
カラン、と乾いたベルの音が鳴る。
カウンターの奥で、白衣を着た理知的な雰囲気の女性が、分厚い専門誌から顔を上げた。歳は俺と同じくらいだろうか。切りそろえられた黒髪と、レンズの奥からこちらを射抜くような鋭い目が印象的だった。
「ご用件は」
「あ、あの……これを、換金してほしいんですけど……」
俺はおずおずと、カウンターの上に布袋を置いた。
女性――生天目 郁美は、面倒そうにそれを受け取ると、中身を鑑定用の黒いトレイに広げた。
その瞬間、彼女の表情が凍り付くのが分かった。
「な……なんだ、この魔石は……!?」
郁美は慌てて鑑定用のルーペを手に取ると、鬼気迫る表情で、一つ一つの魔石を食い入るように見つめ始めた。その指先が、微かに震えている。
「この純度……内包されている魔力密度……信じられない……。こ、これをどこで?」
「どこでって、うちのダンジョンで……なにかおかしいですか?」
彼女のあまりの驚愕っぷりに、俺の心臓は嫌な音を立てていた。
ああ、やっぱりそうか。質が悪すぎて、商品にすらならないのか。こんな小さな石ころだし、買い取ってもらえたとしても、数千円になれば御の字だろう。
「おかしいもなにも、こんな田舎で、これほどのクオリティの魔石をお目にかかれるとは夢にも思わなかったぞ……!」
「え?」
「おい、こんなものを一度に持ち込まれても、今うちにこれだけ買い取るだけの現金があるか……!」
そう言うと、郁美はカウンターの奥にある重々しい金庫を開け、分厚い札束をいくつも取り出してきた。
ドン、と無造作にカウンターに積み上げられた、見たこともない量の万札。
「とりあえず、これで五百万だ」
「ご……ごひゃくまん……!?」
「ああ。正直、これでも安いくらいだ。本当なら、オークションにかければ倍にはなる代物だぞ」
「マジか……」
自分の月給を、ボーナスを、年収を、はるかに超える金額が目の前にある。
あんな、クワの一撃で砕け散った、雑魚スライムからとれた魔石で?
これだけの価値がある?
じゃあ、本気でやれば、あっという間に億万長者になれるんじゃないのか……?
いや、待て。
ていうか、おかしくないか……?
俺の思考に、初めて明確な疑念のノイズが走った。
「おい」
興奮を抑えきれない様子で、郁美が身を乗り出してきた。
「さっき『うちのダンジョン』と言ったな?」
「ええ、まあ……うちにダンジョンが生えまして……」
「はぁ!? それはまた……。となると、そのダンジョン、これだけの魔石がドロップするんだ。相当なレアダンジョンに違いない!」
「え? 違いますけど……。めちゃくちゃ雑魚しか出ませんでしたし……」
「はぁ!? ど、どういうことだ? こんなすごい魔石が出るんだぞ。出現するモンスターもS級クラスのはずだ!」
郁美の言葉に、俺は首を傾げる。
「S級……? いや、スライムしか出ませんでしたけど」
「……まさかお前、本当はめちゃくちゃ強い探索者なのか!? その実力でモンスターの価値を判断しているとか」
「いえ、探索者歴一日の、ど素人ですけど……」
「はぁ……!?」
郁美は頭を抱えた。俺の語ることは、あまりにも矛盾に満ちているとでも言わんばかりに。
「……わかった。とにかく、そのダンジョン、興味がある。いや、お前にもだ」
彼女は、まるで獲物を見つけた獣のような目で、俺を真っ直ぐに見た。
「私を、お前の家まで連れていけ!」
「えぇ……!? ま、まあいいですけど……」
俺としても、この異常事態の理由は気になっていた。
専門家らしき彼女に見てもらうのは、渡りに船かもしれなかった。
◇
軽トラの助手席で、郁美は終始押し黙っていた。
気まずい沈黙の中、ようやく実家の旅館にたどり着く。俺が車のエンジンを切り、ドアを開けようとした、その瞬間だった。
玄関の引き戸が勢いよく開かれ、中から小町ちゃんが半狂乱の様子で飛び出してきたのだ。
「お兄ちゃん! 大変や!」
彼女は、俺の隣にいる郁美の存在にも気づかず、俺の腕に泣きながらしがみついてくる。
「おわっと……! ど、どうしたんだよ……! 落ち着けって、お客さんがいるんだ、あんまり抱き着くな……」
「そ、それどころじゃないんやって! これ見て!」
小町ちゃんは、震える手で俺にスマホを突き付けた。
画面に映っているのは、見慣れた動画サイト。そして、さっき小町ちゃんがアップロードした、旅館のPV動画のサムネイル。
だが、問題はその隣に表示された数字だった。
【再生回数:1,024,118】
ひゃく、まん……?
目の前のスマホに表示された7桁の数字に、俺の脳は完全に処理能力の限界を超えた。
郁美が、興味深そうにその光景を見つめる中、俺の絶叫が田舎の夕暮れに響き渡った。
「な、なんじゃこりゃあああああ!」




