表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/47

第45話 殺が斬る――!


 AYAYAこと、文埜 殺が、この奥谷旅館に宿泊を始めてから、数日が過ぎた。

 その日の午後。ラウンジは、午後の穏やかな日差しに満たされ、宿泊客たちが、静かにお茶を飲んだり、談笑したりして、思い思いの時間を過ごしていた。

 しかし、その平和な空間の一角だけは、まるで氷河期のように、空気が張り詰めていた。

 一人は、窓際の席で、宇治の最高級玉露を、優雅に口に運ぶAYAYA。

 もう一人は、少し離れたテーブルで、ノートパソコンのキーボードを、猛烈な勢いで叩いている郁美さん。

 互いに視線を合わせることはない。だが、その間に見えない火花が散っているのを、俺だけでなく、ラウンジにいる誰もが感じ取っていた。


「……」


 痺れを切らしたように、AYAYAが、すっと席を立った。

 そして、彼女は、まるで舞台女優のような、優雅な足取りで、郁美さんのテーブルへと歩み寄る。


「いつまで逃げ続けるつもり、イクぽん?」


 その、静かだが、突き刺すような声に、郁美さんの指が、ぴたりと止まった。


「……何の事だか、分からないな。私は今、仕事中だ。宿泊客には、静かに過ごしてもらいたいものなのだが……」

「あら、そう。その仕事、もうすぐ手につかなくなると思うわよ?」


 一触即発の二人の間に、俺はおずおずと割り込んだ。


「あ、あの、文埜さん。何か、郁美さんに御用で……?」

「部外者は黙っていてくれるかしら、オーナー。これは、私と彼女、二人の問題よ」


 AYAYAは、俺の言葉を、ぴしゃりと一蹴する。

 そして、なおも無視を決め込もうとする郁美さんを、鼻で笑った。


「いいわ。あなたが、その椅子から動かないというのなら」


 次の瞬間、AYAYAは、ラウンジにいる全員に聞こえるように、まるで女王のように、高らかに宣言した。


「イクぽんが、私との勝負から逃げるというのなら、仕方ないわ。別の方法で、私が、今の『ソロ最強』であることを、彼女に、そして世界に証明してあげる」

「……なに?」


 初めて、郁美さんが、AYAYAの顔を真っ直ぐに見据えた。


「――私、AYAYAは、これより、単独で、この聖域ダンジョンの最深部を目指すわ。ブリザードが撤退した29階を越え、政府のネオゲートが全滅しかけた35階を越え……。この、日本で最も危険なダンジョンを、たった一人で制覇してみせる!」


 その、あまりにも無謀で、しかし、あまりにも傲慢な宣言に、その場にいた全員が息をのむ。ラウンジは、水を打ったように静まり返った。

 血相を変えたのは、郁美さんだった。


「やめろ、アヤぽん!」


 彼女は、椅子を蹴るように立ち上がると、AYAYAに詰め寄った。


「このダンジョンが、お前の知っている他のダンジョンとは、訳が違うことは、データを見れば分かるだろう! ただの自殺行為だ!」

「ええ、分かっているわ。だからこそ、挑戦する価値があるのよ」


 AYAYAは、不敵に笑う。


「それに、私を止めたいのなら、あなたが、私と勝負すればいいだけの話でしょう?」


 その言葉に、郁美さんは、ぐっと唇を噛みしめた。彼女を止めたい。しかし、自分が表舞台に出て、勝負を受けることは、どうしてもできない。そこには、彼女が過去を捨てた、深い理由があるようだった。


「……じゃあ、準備してくるわね」


 AYAYAは、そんな郁美の葛藤を無視し、優雅に一礼して自室に戻っていく。

 残された俺たちに、彼女を止める術はなかった。彼女は、正当な手続きを踏んだ、探索者プランの宿泊客なのだから。

 郁美さんは、苦虫を噛み潰したような顔で、帳場のモニターの前に座り、彼女のバイタルや魔力反応を監視する準備を始めた。その横顔は、これから死地へ向かう仲間を見送る兵士のようでもあった。


 数十分後。

 ダンジョンの入り口に、準備を終えたAYAYAが立った。その身に纏うのは、最新技術の粋を集めた、流線形の美しい戦闘服。手には、白銀に輝く、優美なレイピア。その全てが一流品であり、彼女が本気であることを物語っていた。

 彼女は、お供の、小型のカメラドローンを起動させる。


「――AYAYAチャンネル、始まるわよ!」


 その一言で、ゲリラ的に始まったライブ配信に、世界中のファンが、一斉に殺到していくのが、モニター越しに分かった。

 AYAYAは、カメラに向かって、そして、モニターで見ているであろう、ただ一人のライバルに向かって、宣言した。


「見てなさい、イクぽん。これが、あなたから逃げなかった、私の、今の全力よ」


 その言葉を最後に、彼女は、たった一人で、聖域の闇へと、その身を投じた。

 居間のモニターには、彼女の視点から見た、ダンジョン第一階層の光景が映し出されている。

 世界中が見守る中、ソロ最強の女王による、最も危険な挑戦が、今、始まった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ