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第40話 危険なので真似しないでください


 その日、奥谷旅館の空気は、いつもより少しだけ、静かだった。

 郁美さん、氷室さん、椿さんの三人が、ブリザードと政府との、同盟に関するオンラインでの合同定例会に出席しており、旅館の奥にある会議室(という名の、ただの和室)に、朝からこもりきりだったからだ。

 ちなみに俺がいると話がややこしくなるから、と追い出された。


「……お兄ちゃん」


 手持ち無沙汰に、縁側でニジと戯れていた俺に、小町ちゃんが、悪戯っぽく笑いながら声をかけてきた。


「今がチャンスや! あのお硬い人たちがおらんうちに、お客さんのために、サクッと観光案内ビデオ撮っちゃおう!」

「ああ、そうか。それもそうだな。いい考えだ!」


 俺も、その提案に、にやりと笑い返した。


「みんなが難しい会議しとる間に、俺たちでできることをやっておこう」


 こうして、世界のパワーバランスを左右するであろう三人の専門家のチェックが、一切ない状態で。

 俺と、小町ちゃんと、マスコットのニジによる、あまりにも無邪気で、そして、あまりにも危険な、ダンジョン案内ビデオの撮影が始まった。



 


「はーい、皆さんこんにちは! 奥谷旅館、看板娘の小町でーす! そして、こちらが、我らがオーナーの俊お兄ちゃん!」

「ど、どうも……」


 俺は、小町ちゃんに促され、カメラに向かって、ぎこちなく頭を下げる。

 俺の肩の上では、ニジが「きゅい!」と、愛想よく鳴いた。


「今日は、探索者プランでご宿泊のお客様のために、私たちが、この聖域ダンジョンの1階層から10階層までを、安全にご案内しまーす!」


 小町ちゃんの、元気な声で撮影は始まった。

 しかし、その内容は、後に、世界中の探索者を震撼させることになる。

 ――ことをまだ俺たちは知らない。


「はい、皆さん。まず一体目のスライムですね」


 俺は、目の前に現れた青いスライムを指さし、カメラに向かって、にこやかに解説する。


「こいつらは特に危険はないので、落ち着いて、中心にある核を狙って叩けば大丈夫です」


 そう言いながら、俺は、足元に転がっていた小石を、親指で軽く弾いた。

 小石は、ヒュン、と空気を切り裂く音を立てて、音速を超え、スライムの核だけを正確に撃ち抜いて、霧散させた。

 次に、一気に飛ばして五階層。


「さて、装甲ゴブリンです。少し硬いですが、動きは単調です。相手の武器をよく見て、攻撃の終わりに生まれる一瞬の隙を突ききましょう」


 俺は、襲いかかってくるゴブリンの斧を、まるで舞うように、紙一重でかわすと、その首筋に、手刀を、トン、と軽く叩き込む。ゴブリンは、白目をむいて、静かにその場に崩れ落ちた。

 そして、十階層。断崖絶壁エリア。


「十階層は、ちょっとしたアスレチックですね。焦らず、一つ一つの足場をよく見て、リズミカルに渡れば簡単ですよ。ほら、こんな感じです」


 俺は、その言葉通り、まるで平地を散歩するかのように、ひょいひょいと、数メートル間隔の足場を渡っていく。時には、垂直な壁を数歩駆け上がり、次のルートへと進む。

 撮影中、俺と小町ちゃんは、自分たちが、非常に分かりやすく、親切で、初心者のためになる、素晴らしいガイドビデオを撮っていると、心の底から信じて疑わなかった。



 


 旅館に戻った小町ちゃんは、ウキウキで編集作業に取り掛かった。

 俺の神業的な動きに、『キラリーン☆』といった効果音や、『ワンポイントアドバイス!』といった、可愛らしいテロップをふんだんに追加していく。

 完成した動画は、日曜朝の子供向け教育番組のような、爽やかで、親しみやすい雰囲気の作品に仕上がっていた。


「うん、これなら分かりやすいな。俺でもできそうに見える。ていうか、俺がやったのか……」


 完成品を見た俺は、自分の映像に対して、最高の褒め言葉で太鼓判を押した。

 そして、二人は、何の迷いもなく、その動画を公式チャンネルにアップロードした。

 タイトルは、【初心者必見!】俊お兄ちゃんと行く、はじめての聖域ダンジョンさんぽ【1~10階層編】。


 きっと、世界中の初心者探索者から、感謝のコメントが殺到するだろう。

 俺たちは、縁側でお茶を飲みながら、そんな、輝かしい未来を想像していた。

 しかし、最初に流れてきたコメントは、予想とは全く違うものだった。


『え……?』

『死ぬが?』

『待って、これ、ギャグ動画……だよな?』


「なんか、みんなの反応、変じゃない……?」


 小町ちゃんが、首を傾げる。

 その直後だった。彼女のスマホが、テーブルの上で、痙攣でも起こしたかのように、異常な振動を始めた。

 通知が、滝のように流れ落ちていく。

 改めて表示されたコメント欄は、もはや地獄絵図と化していた。


『【悲報】ワイ、この動画の真似して近所のE級ダンジョンに潜り、死亡』

『初心者に音速の石ころを投げろと!? できるか、そんなもん!』

『10階層の「リズミカルに渡る」で腹筋崩壊したwww オリンピック選手でも無理に決まってんだろ!』

『奥谷旅館……なんて恐ろしい場所なんだ……』


 小町ちゃんが、震える声でそれらのコメントを読み上げる。

 俺たちは、そこでようやく、自分たちが、とんでもない間違いを犯してしまったことに気づいた。

 二人の顔から、血の気が、さあっと引いていく。


 その時だった。

 居間の障子が、すっと開けられる。

 そこには、ちょうど長い会議を終えたらしい、郁美、氷室、椿の三人が、静かに立っていた。

 郁美は、俺たちの異様な雰囲気と、手元のスマホの画面を見て、全てを察したらしい。

 彼女は、般若のような、しかし完璧に無表情な顔で、静かに、しかし、地獄の底から響くような声で、言った。


「……俊。これは、一体どういうことか、一から十まで、全て説明してもらおうか」

 

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