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第39話 休日のBBQ


 旅館の運営が、新たな体制で動き出してから数日が経った。

 グランドオープンは無事に終えたが、予約システムの調整、スタッフ研修、備品のチェック……。やるべきことはまだまだ山積みで、旅館の中は、静かだが、どこか張り詰めたような空気が続いていた。

 特に、実務を一手に引き受けてくれている小町ちゃんと郁美さんの目の下には、うっすらと隈ができていた。


「……なあ、みんな」


 朝食後の、お茶をすすっていた時間。俺は、ぽつりと提案した。


「今日は、休みにしないか? みんな、ずっと働き詰めだっただろ。客もいないし。今日は一日、仕事のことは忘れて、のんびりしよう。天気もいいし、庭で、バーベキューでもしないか?」


 その一言に、一番に反応したのは、小町ちゃんだった。


「さんせーい! バーベキュー! めっちゃええやん!」


 彼女は、疲れも忘れたように、ぱあっと顔を輝かせる。

 郁美さんは、一瞬、その知的な眉をひそめた。


「……まあ、継続的な業務のためには、適度な休息も合理的か」


 そう言って、どこかまんざらでもない様子で頷く。

 居間で、それぞれの時間を過ごしていた氷室さんと椿さんも、特に反対する理由もないのか、その流れに巻き込まれる形で、頷いていた。


 

 


「よし、買い出し行くぞ!」という俺の号令に、小町ちゃんと、新人JKトリオの朔ちゃん、雫ちゃん、篠ちゃんが、「はーい!」と元気よくついてきた。

 軽トラで向かったのは、町の小さな商店街。

 敦のコンビニで、飲み物と、大量の紙皿を。菅原くんの土産物屋で、なぜか「バーベキューに合う」と勧められた、ニジの顔がプリントされたクッキーを。農家の同級生がやっている直売所で、朝採れの新鮮な野菜を。

 行く先々で、「おう、俊!」「旅館、頑張っとるか!」と声をかけられる。その、当たり前のような温かさが、俺の心をじんわりと満たしていく。


 旅館に戻り、厨房では、奇妙で、しかし微笑ましい光景が繰り広げられていた。

 小町ちゃんたちが、買ってきた野菜を、楽しそうに笑いながら切っている。

 その横では、郁美さんが、バーベキューコンロの炭を、熱効率が最大になるよう、定規で測りながら、幾何学模様のように完璧に配置していた。

 そして、氷室さんが、「これは、ギルドの士気を高めるための、必須スキルですので」と、プロ顔負けの手つきで、最高級の若狭牛に、特製のスパイスを擦り込んでいる。

 椿さんだけは、何をすればいいのか分からないのか、ただ、仁王立ちで、その様子をじっと観察していた。



 


 昼過ぎ。美しく生まれ変わった庭に、肉の焼ける香ばしい匂いと、皆の楽しそうな笑い声が満ちていく。

 その、あまりにも平和な光景の奥では、異様なダンジョンゲートが、まるで不思議なオブジェのように、静かに佇んでいた。


「肉、焼けたぞ!」


 俺は、ひたすら肉を焼き、皆の皿に配る、お父さんのような役割に徹していた。

 小町ちゃんとJKたちは、ガールズトークに花を咲かせ、時折、きゃっきゃと黄色い声を上げている。

 そこへ、「おや、楽しそうなことをしているね。私も混ぜてもらおうか」と、高級なワインを片手にした白石さんが、ふらりと現れた。彼は、驚くほど自然に、親戚のおじさんたちの輪に加わり、酒を酌み交わしている。

 ニジは、焼けた肉の匂いにつられて、俺の足元にすり寄ってきた。俺が、冷ました肉を一切れやると、嬉しそうにそれを一瞬で溶かして食べてしまう。


 夕暮れが近づき、バーベキューが終わりを迎える頃。

 皆が、それぞれ縁側に座ったり、庭を眺めたりして、食後の一時を過ごしていた。

 俺は、その光景を、ただ、静かに眺めていた。

 活気を取り戻した故郷の町。生まれ変わった、じいちゃんの旅館。楽しそうに笑う、幼馴染と、新しい仲間たち。なんだかんだ言いながら、この場所に集う、同居人たち。そして、足元で安心しきって眠っている、最強のペット。

 かつて東京で失ったものの、全てが、ここにはある。

 いや、それ以上の、温かくて、かけがえのないものが、今、確かにここにある。

 俺は、心の底から、この日常が、愛おしいと感じていた。


 俺は、眠るニジの、虹色の身体を、優しく撫でる。

 その手から、無意識に、穏やかで、温かい、金色の光が、ごくわずかに溢れ出した。

 それは、俺が、この場所と、この時間を、心から「癒したい」「守りたい」と願っている、何よりの証だった。


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