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第24話 挟み撃ち


 ニジが放つ、魂を直接握りつぶすかのような圧倒的な魔力圧。

 それは、ただの恐怖ではなかった。生物としての、絶対的な『格』の違いを、強制的に理解させられる感覚。ケルベローズのメンバーたちは、まるで重力がおかしくなったかのように身体が重くなり、その動きは見るからに鈍重になっていた。プロの探索者としての自信に満ちた顔は、今や、未知の天災を前にした原始人のような、純粋な恐怖と混乱に染まっている。


 しかし、リーダー格の男は、修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の猛者だった。

 彼は、膝の震えを根性でねじ伏せ、歯を食いしばって絶叫する。


「ひるむな! ただのプレッシャー系のスキルだ! こけおどしに過ぎん! 所詮はスライム一匹! オーナーを殺せば、スキルも止まる! やれぇ!」


 その虚勢に満ちた命令が、恐怖で麻痺しかけていた部下たちの闘争本能に、無理やり火をつけた。プロとしての矜持が、神獣への恐怖を一時的に上回る。彼らは、恐怖を怒りに変え、雄叫びを上げながら、再び俺に殺到した。


 俺は、向かってくる彼らを見て、静かにため息を一つ吐いた。


(やっぱり、こうなるのか……。だが、手加減しないと。死人なんて、絶対に出したくない)


 最初に到達したのは、魔法の斧や、呪詛を刻んだ剣を構えた、屈強な近接戦闘員の男たち。

 俺は、腰に差した「鋼のつるぎ」の刃の部分は使わない。ただ、その腹や、柄頭を使い、最小限の動きで、相手の急所を的確に打撃していく。

 俺の動きは、まるで流れる水のようだった。

 大上段から振り下ろされる戦斧の軌道を、半歩動くだけでその懐に潜り込み、カウンターで相手の首筋に鋭い手刀を一閃。プロテクター越しに衝撃が走り、巨漢が声もなく崩れ落ちる。

 横から突き出される毒の短剣を、手首を返すだけの合気道のような動きでいなし、いとも簡単に武装解除させる。

 俺は、ただただ、迫りくる脅威を「処理」していく。それはもはや、戦闘ではなかった。あまりにも一方的な、制圧だった。


 後方からは、魔法使いたちが、次々と炎の矢や氷の槍を放ってくる。

 しかし、その魔法のいくつかは、俺の身体に当たる寸前で、まるで見えない壁に阻まれたかのように霧散した。ニジが、俺を守るために展開している防御フィールドだ。

 そして、その壁をすり抜けてきた数発の攻撃も、俺の異常な防御力の前には、まるで子供の雪合戦のように、全く効果をなさない。俺は、肩に当たって弾けたファイアボルトの焦げ跡を、面倒そうに手で払った。

 その光景が、彼らの心を折る、最後の引き金となった。

 自分たちの総攻撃が、全く通じない。仲間たちが、次々と、まるでゴミのように無力化されていく。目の前の男は、汗一つかかず、息一つ乱していない。

 

「ひぃ……っ!」

「あれは、人間じゃない。モンスターだ。いや、それ以上の――」

「退却! 撤退だ!」


 リーダー格の男が、初めて焦りの表情を浮かべ、叫んだ。


「こいつは化け物だ! ダンジョンから脱出するぞ!」


 その命令に、生き残ったメンバーたちが、蜘蛛の子を散らすように、一目散に入り口のゲートへと逃走していく。

 だが、踵を返した彼らを待ち受けていたのは、希望ではなかった。


「――おっと、チェックアウトの時間はまだですよ。お客様」


 そこには、岩尾さんを先頭に、完全武装したブリザードの精鋭部隊が、鉄壁の陣形で整然と並んでいた。

 そして、その後ろでは、白石さんが、まるで芝居の結末を待っていた観客のように、静かに佇んでいた。


「残念だが、この先は行き止まりだ」


 前には、日本最強ギルドの精鋭部隊。

 後ろには、ダンジョンの暗闇から、のんびりと歩いてくる「怪物」と、その肩で楽しそうに跳ねる「神獣」。

 完全に逃げ場を失ったケルベローズは、抵抗を諦め、その場に武器を捨てて膝をついた。



 


 ブリザードの部隊は、手際よく侵入者たちを拘束し、魔力を封じる特殊な枷をはめていく。

 その後、連絡を受けてやってきた地元の警察に、ケルベローズの身柄は、関連証拠と共に引き渡された。警察官たちは、まるでハリウッド映画の撮影現場にでも迷い込んだかのように、目の前の光景にただただ呆然としている。


「見事な手際だった、奥谷殿」


 白石さんが、俺の元へ歩み寄ってきた。


「死者を一人も出さずに、これだけのプロ集団を制圧するとはな。我々の『同盟』の初陣としては、最高の成果だ」

「……ただ、やりすぎたような気もして」


 俺がそう言って苦笑すると、白石さんは楽しそうに笑った。

 俺は、拘束されていく侵入者たちと、静けさを取り戻した我が家の庭を、どこか複雑な表情で見つめていた。

 こうして、聖域を襲った最初の脅威は、新たに結ばれた同盟の力によって、完璧に退けられたのだった。

 しかし、これは、これから始まる長い戦いの、ほんの序章に過ぎないことを、まだ誰も知らなかった。


 





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