第23話 武装集団
ピコン!
郁美さんが監視していたノートパソコンから、けたたましい警告音が鳴り響いた。
結ばれたばかりの同盟の、その握手の温もりすら、まだ手のひらに残っている。その瞬間に、場の空気は「祝福」から「戦闘」へと、ガラス細工が砕けるように一変した。
「……まずいな」
郁美さんが、忌々しげに呟く。
画面には、探索者ギルド協会から発信された、緊急ニュース速報が映し出されていた。
『【緊急速報】福井県XY市のS級指定区域に、所属不明の武装探索者集団が侵入。その数、およそ30名。海外の非合法ギルドの可能性――』
その速報を、白石さんは俺の隣で、静かに、そして冷静に読んでいた。
しかし、彼の部下たちの反応は速かった。氷室さんの瞳は、すでに宿泊客のものではなく、冷徹な渉外担当のものに戻っている。岩尾さんは、音もなく立ち上がり、その巨躯から、明らかに戦闘状態のオーラを放っていた。
「この侵入パターン、装備の統一性……間違いない」
郁美さんが、自身のデータベースと照合しながら断定する。
「海外の非合法ギルド『Cerberose』だ。各地のダンジョンで、略奪の限りを尽くす過激派集団……!」
「ええ」
氷室さんが、ブリザード本部からの情報を受け、頷いた。
「彼らは高レベルの空間転移スキルを持つメンバーを使い、正規のルートを通らずに国境を越えることで知られています。まさか、次なる標的が、日本の、しかもこんな片田舎だったとは……」
「最高のタイミングだ」
静寂を破ったのは、白石さんだった。その口元には、もはや笑みはない。あるのは、王としての、絶対的な自信だけだった。
「我々の同盟の価値を、世界に示す最初の機会がやってきた。氷室、岩尾、これより当旅館は、ブリザードの最高警備レベル下に置く。周辺部隊を展開させ、ケルベローズの退路を完全に遮断しろ」
彼のその一言で、世界最強のギルドが、この小さな田舎の旅館を守るためだけに動き出した。
白石さんは、部隊による正攻法――包囲、投降勧告、そして抵抗者の無力化を提案する。
だが、俺はその案に、静かに首を横に振った。
「死人は、出したくないんです。この庭を、戦場にはしたくない。それに、この町も……みんなに迷惑をかけるのは……嫌なんです」
その言葉に、白石さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに興味深そうな目で俺を見つめた。
俺の意図を汲んだ郁美さんが、新たな作戦を提案する。
「ではこういうのはどうかな……。戦場を、我々の庭『ダンジョン』の中に限定するんだ」
◇
侵入者たち――ケルベローズのメンバーは、俊の顔と、動画で見せた圧倒的な強さを知っている。
だが、彼らは油断していた。その力の源泉も、本質も、何も理解してはいなかった。
彼らの思考は、極めて単純。
(いくら動画の男が強くても、所詮は一人。こちらは30人の武装集団。数の利で押しつぶせば、S級ダンジョンは我々のものだ)
その、プロであるが故の傲慢さ。
それこそが、俊たちの作戦の要だった。
◇
俺の役割はあえて一人でダンジョンの前に立ちはだかる『孤高の守護者』を演じ、侵入者たちを挑発し、ダンジョン内部へと『釣り込む』こと。
俺は、郁美さんと白石さんと、小型の無線で連携を取りながら、一人でダンジョンの入り口へと向かった。
小町ちゃんには安全なところに避難してもらっている。
夕闇が迫る庭に降り立つと、木々の間から、まるで亡霊のように、30の影が現れ、俺を包囲した。訓練された、完璧な陣形だった。
「Hey, Mr. ONE-PUNCH」
リーダー格の男が、英語混じりの言葉で俺を嘲笑う。
「たった一人でお出迎えとは、感心するが、無謀でもあるな。我々『ケルベローズ』の恐ろしさを、まだ知らないと見える。ダンジョンはもっと厳重に警備されていると思ったが……とんだ拍子抜けだな」
「……ここは、俺の庭だ」
俺は、郁美さんの指示通り、静かに、しかし毅然と言い返した。
「お前たちのような招かれざる客が、土足で踏み入る場所じゃない。……腕に覚えがあるなら、中で相手をしてやる」
その挑発に、男の顔色が変わった。「殺せ!」という短い命令と共に、ケルベローズのメンバーは一斉に攻撃を開始する。
魔法の光弾が、呪いの矢が、そして鋼の刃が、銃弾が、俺に殺到する。
俺は、その全ての攻撃を、最小限の動きでいなし、ひらりひらりとかわしながら、予定通りダンジョンの中へと後退していく。
俺が「逃げた」と判断した彼らは、勝ち誇ったように、その後を追って、ダンジョンの闇へと雪崩れ込んできた。
◇
ダンジョン第一階層。
武装した約30名のケルベローズのメンバーが、薄暗い空間に展開し、俺の退路を完全に断った。
「ハハハ、逃げ場はないぞ、有名人! このダンジョンは我々『ケルベローズ』が頂くとしよう!」
リーダー格の男が、下卑た笑いを浮かべる。
階層の奥。俺は、静かに彼らを待ち受けていた。そして、その奥には、嬉しそうにぷるぷると震える、虹色のスライム――ニジが待っていた。
俺は、ため息を一つ吐くと、足元のニジを優しく撫でた。
「……ニジ。お客さんたちだ。思いっきり、『遊んで』あげな」
その言葉に応えるかのように、ニジは「きゅい!」と一声、嬉しそうに鳴いた。
次の瞬間。
ニジの小さな身体から、虹色の魔力がオーラとなって溢れ出し、第一階層全体が、その圧倒的なプレッシャーに満たされる。
それは、ただ魔力が濃いなどという、生易しいものではなかった。
生命の根源を、魂そのものを、直接握りつぶすかのような、絶対的な『格』の違い。
プロの略奪者たちの顔から、自信に満ちた笑みが、まるで仮面が剥がれ落ちるかのように、消えていく。
本当の絶望を前にした、彼らの最初の悲鳴が、ダンジョンの中に響き渡った。




