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第21話 おもてなし


 旅館の主として、俺はブリザードの三人を迎え入れた。その一団が放つ、都会のコンクリートと硝煙の匂いは、この田舎の穏やかな空気の中ではあまりにも異質だった。

 

「白石様、氷室様、岩尾様。ようこそ、奥谷旅館へ。長旅お疲れでしょう。まずはお部屋へご案内します」

 

 俺が、母に叩き込まれたばかりの作法で深々と頭を下げると、にこりと微笑んだ氷室さんが、とんでもない提案を口にした。その完璧なビジネススマイルの裏に、鋭い刃が隠されているのが分かった。


「ありがとうございます、奥谷様。つきましては、我々ブリザードの活動の透明性を担保し、数百万のギルドメンバーに貴旅館の素晴らしさを伝えるためにも、今回の『公式視察』の様子を、我がギルドの公式チャンネルで生配信させていただきたく存じます。もちろん、貴旅館にとっても比類なきPRとなり、双方にメリットかと」


 生配信。その言葉の裏にある「我々には、何も隠すことはない。お前たちはどうだ?」という牽制を、俺ですら感じ取ることができた。俺は、隣に立つ郁美さんと、無言で視線を交わす。彼女の瞳に、一瞬だけ「面白い」という光が宿ったのが見えた。覚悟は、決まった。


「……どうぞ。ありのままを、お見せしますよ」


 俺がそう言うと、氷室さんは満足げに頷き、宙に浮かぶ球体型のカメラドローンを起動させた。ブリザードのロゴが画面に映し出され、視聴者数を示すカウンターが、瞬く間に六桁の数字へと狂ったように跳ね上がっていくのが見えた。


 世界中が見守る中、俺と小町は、三人を生まれ変わった旅館の客室へと案内した。

 

「こちらの柱は、祖父の代からのものでして。この家の魂のようなものですから、職人さんと相談し、趣はそのままに、しっかりと補強していただきました」

「素敵ですね」

 

 俺の説明に、白石さんは感心したように、黒光りする大黒柱をそっと撫でた。その仕草には、不思議と建材への敬意が感じられた。

 

 小町ちゃんも、負けてはいない。

 

「お風呂は、裏山から引いた湧き水を使っとるんですよ。お肌、つるつるになります!」

 

 その完璧な笑顔と案内に、配信のコメント欄が「旅館めっちゃ綺麗!」「泊まりてえ!」「あの女の子、看板娘か? 可愛い」といった好意的な反応で溢れる。

 しかし、岩尾さんだけは、そんな和やかな雰囲気に一切動じることなく、プロの目で建物の構造、窓の位置、廊下の幅を、常に厳しくチェックしていた。


「素晴らしい宿だ。では……」

 

 白石さんは、部屋に荷物を置くと、子供のように目を輝かせて言った。

 

「噂の『神殿』を、拝見しても?」


 


 

 ダンジョンゲートの前に立った一同に対し、郁美さんが一歩前に出る。

 

「これより先は、我々の管理領域です。調査は、第十階層までのみ。我々のガイド、奥谷の指示に必ず従うこと。許可なきサンプルの採取、及び戦闘行為を固く禁じます」

 

 その凛とした宣言に、氷室さんがかすかに眉を動かした。

 俊を先頭に、五人がダンジョンの中へと足を踏み入れる。その瞬間、ダンジョン内部の、外部とは比較にならないほどの濃密な魔力に、ブリザードの三人は息をのんだ。

 第一階層とは名ばかりの、危険な気配。すぐに、その正体は現れた。

 硬い外殻を持つリザードマン、俊敏な動きで襲いかかってくる装甲ゴブリンの群れ。

 どうやら最初に俺がこのダンジョンを調査したときよりも、だいぶ生態系が変わっているようだった。

 ダンジョンは生き物だ。常に変化する。


「【ヘキサゴンウォール】!」


 岩尾さんの前に、光の六角形の盾が幾重にも展開され、リザードマンの突進を完璧に防ぎ止める。その巨体は、まさに動く要塞だ。


「【グラビティ・フィールド】、展開」


 氷室さんの冷静な声と共に、敵の足元に重力場が発生し、その動きを鈍らせる。その額には、高度な魔法を維持するための汗が、うっすらと浮かんでいた。

 そして、その一瞬の隙を、白石さんが見逃さない。


「――そこだ」


 彼の持つ優美な剣が、銀色の閃光となって走り、モンスターの急所の、ほんのわずかな隙間を、寸分たがわず貫いた。

 その完璧すぎる連携は、まさに日本最強ギルドの頂点に立つ者たちの実力そのものだった。


 配信のコメント欄もブリザードの三人への賞賛であふれかえる。


【うおおおおすげええ!】

【さすが日本一の強豪ギルドだ!】

【これ1階層マジか……無理だろ……】

【このダンジョンヤバすぎるw】

【俺なんか瞬殺されそう】

【今の剣撃ヤバすぎる。速すぎて俺でなきゃ見逃しちゃうね】

 

 しかし、彼らとて楽勝ではない。五階層をクリアする頃には、三人の呼吸は荒く、額には大粒の汗が浮かんでいた。


「……ふぅ。一度戻ろうか。このダンジョン、噂以上に骨が折れる」


 白石さんのその一言で、俺たちは地上へと帰還した。



 


 居間に戻り、探索後のクールダウン雑談、といった雰囲気で、一同がちゃぶ台を囲んでいた、その時だった。

 社の昼寝から目覚めたニジが、ぷるぷるとした足取りで居間にやってきて、当然のように俺の膝の上に乗る。


「きゅい!」


 その瞬間。

 それまで鉄壁の防御を誇っていた岩尾さんの巨体が、まるで糸の切れた人形のように、ゆっくりと畳の上に崩れ落ちた。彼は腰を抜かし、「あ……あ……」と、赤子のような意味のない声を発している。

 怜悧な頭脳を持つ氷室さんは、目の前の生物が放つ、規格外の魔力圧を肌で感じ、脳の処理能力が限界を超えた。彼女の目は白黒し、「むり……」と一言呟くと、静かにその場に気絶した。

 そして、若き王、白石ですら、その額からは滝のような汗が流れ、顔は真っ青だった。彼は、必死に平静を装おうとするが、その身体は小刻みに震えている。

 

 配信のコメント欄は、【え!?】【どうした!?】【毒攻撃か!?】【スライム見て全員倒れたんだがwww】と、大混乱に陥っていた。

 

【マジかwwww】

【おいおい、あの面子ですらこんなビビるほどなのかよ】

【スライムどんだけ強いんだ】

【気圧されてるwww】

【ダサいwww】

【普段とのギャップよ白石w】

【白石のあんな顔初めて見たわ】


 中にはブリザードの面々を馬鹿にするようなコメントもあった。

 コメントは、機械音声による自動読み上げで、撮影ドローンから流れている。


「だ、大丈夫ですか、皆さん!?」

 

 俺と小町ちゃんが慌てて駆け寄る。

 白石さんは、震える声で、必死に頼み込んできた。


「す、済まないが……そちらのスライムくんを……もう少し、遠ざけては、くれないか……?」

「え?」

「動画で見るのとは、訳が違う……。この、魂が直接握りつぶされるようなプレッシャーは……なんだ、これは……」



 ◇

 


 配信は、あの後「機材トラブル」ということで、強制的に終了された。

 心身ともに疲れ果てた三人は、生まれ変わった檜風呂で、汗を流すことになった。

 女湯では、ようやく意識を取り戻した氷室さんが、ぼんやりと湯気に包まれていた。そこに、小町ちゃんと郁美さんが入ってくる。


「氷室さん、大丈夫? これ、どうぞ」


 小町ちゃんが、定番のフルーツ牛乳を差し出す。

 その湯船の隅では、ニジが、ぷかぷかと気持ちよさそうに浮いていた。

 氷室さんは、びくりと身体をこわばらせながらも、もはや抵抗する気力もないのか、遠い目でそれを見つめている。

 そして、ぽつりと、一言だけ、呟いた。


「……浮いてる……」


 その気の抜けた一言は、湯気の向こうに、静かに消えていった。




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