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第2話 ダンジョンのオーナーになりました。


 翌朝、俺――奥谷俊(おくやしゅん)と、母さん、そして小町ちゃんの三人は、昨日まで存在しなかった裏庭の異物……ダンジョンを前に、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「な、なんやの、これ……」


 母さんの震える声が、梅雨入り前の湿った空気に溶ける。


「ダンジョン、やね……。テレビで見たことある……」


 小町ちゃんが、ごくりと喉を鳴らした。


 ダンジョン。

 十数年前、世界の各地に突如として出現した、謎の洞窟。

 その内部は異次元に繋がっているとされ、モンスターと呼ばれる魔物が闊歩し、現代科学では解明できない鉱物や植物、そして魔力を秘めた石――魔石などが産出される。

 危険と富が隣り合わせのその場所は、一攫千金を夢見る者たちの目標となり、「ダンジョン探索者」という職業を生み出し、彼らが攻略風景を配信する「ダンジョン配信」は、今や世界で最も人気のエンターテイメントだ。

 ダンジョンの所有権は、基本的にはその土地の持ち主に帰属する。公道に現れれば国のものに、そして民家の庭に現れれば、その家のものに。

 つまり、この裏庭の洞窟は、俺たちのもの、ということになる。


 東京で社畜として働いていた頃の俺には、全く縁も興味もない世界の話だった。

 もちろん、探索者の資格を取るための適性試験なんて受けたこともない。


「……とりあえず、中に入って話そう」


 俺の言葉に、二人はこくりと頷いた。

 古びた旅館の居間で、俺たち三人は緊急家族会議を開くことになった。


「俊、どうするんや、あんな気味の悪いもん……」

「お母さん、でもダンジョンってすごい資源なんやよ! これでお客さん、いっぱい呼べるかもしれん!」

「小町ちゃんの言う通りかもしれん。……よし」


 俺は、ごくりとテーブルの上の麦茶を飲み干し、決意を固めた。


「このダンジョンを、うちの旅館再生のための観光資源として活用しよう!」

「それ、いい! めっちゃいい考えや、俊お兄ちゃん!」


 小町ちゃんが、ぱあっと顔を輝かせる。


「きっとうまくいくよ!」

「ああ。だが、その前にやることがある。……とりあえず、役所に届け出を出さないとな」


 俺は実家の軽トラのキーを手に取った。


「小町ちゃん、悪いけど付き合ってくれるか?」

「もちろん!」


 こうして俺は、小町ちゃんを助手席に乗せ、何年かぶりに田舎の道を運転することになった。

 窓から吹き込む風が、稲の青い匂いを運んでくる。

 カーブを曲がったところで、前方から歩いてくる見知った顔に気づき、俺は車をゆっくりと停めた。


「お、俊やんけ。帰ってきとったんか」


 声をかけてきたのは、高校の同級生だった前田敦だ。


「おう、敦。久しぶりやな」

「おう。ところで、そっちの若い子は彼女か?」


 敦が、助手席の小町ちゃんを見てにやにやと笑う。


「んなわけなかろう。JKだぞJK。手を出したら犯罪だ。うちの旅館で働いてくれるんや」

「ほな、ずっとこっちにおるんか?」

「ほや。実家の旅館、継ぐことんなったわ」

「ほうか。ほな、またそのうち顔だすわ」

「おう。……そうや、敦。ダンジョンって知っとるか?」


 俺がそう尋ねると、敦はきょとんとした顔をした。


「ダンジョン? そんなもん、こんな田舎にはないわ。町のほう行ったら何個かはあるらしいけどな。俺は見たことないわ」

「ほうか……。そうやんな……。わりい、ありがと」

「どうしたんや? ダンジョンが」

「いや……まあ、そのうちわかるわ」

「なんや、それ」


 不思議そうな顔をする敦に手を振り、俺は再び車を走らせた。

 市役所の駐車場に車を停め、中に入ると、独特の事務的な空気と、静かな喧騒が俺たちを迎えた。


「さて、どこで聞けばいいんだか……」


 戸惑いながら案内板を見上げていると、受付カウンターから声をかけられた。


「あら、奥谷くんやないの。どうしたん? 東京にいっとったんやなかったっけ」


 振り返ると、そこにいたのは、中学のころ、俺が一方的に想いを寄せていた同級生――畑中楓さんだった。昔と変わらない優しい笑顔で、彼女はそこに立っていた。


「お、おう、畑中さんやないの。役所で働いとったんやなぁ。立派になって……」

「もう、やめてや。それで、今日はどうしたん?」

「ほうやけど、帰ってきたんや。実家継ぐことになってな」

「そうなんや。お帰りなさい」

「それでな……。実は今朝起きたら、うちの庭に、ダンジョンが生えとったんや……」


 俺の言葉に、楓さんは一瞬目を丸くした。


「あら……それは大変やね……。わかった、今必要な書類用意するね」

「こういうことって、よくあるんか?」

「ううん、うちの市役所ではめったにない事例やよ。なんでかわからんけど、ダンジョンって都会のほうに集中して出るもんやない?」

「まあ、そうよな……」


 慣れない手続きに戸惑いながらも、楓さんは手際よく進めてくれた。

 何枚かの書類にサインをし、これで晴れて、俺はダンジョンの正式なオーナーとなったわけだ。


「よし、これで……」


 帰ろうとすると、楓さんが呼び止めた。


「あれ? 奥谷くん、探索者登録はせんでいいん?」

「はぁ……? 探索者登録ぅ……? 俺がか……?」

「だって、せっかくダンジョンが出たんやし、中に入ってみようとは思わんのかなって」

「まあ、そうか……」


 考えたこともなかった。

 この俺が、探索者としてダンジョンに? 冗談だろ。


「……一応、登録だけしとくか」


 結局、俺は楓さんに勧められるがまま、『ダンジョン内で発生したいかなる損害についても、国及び自治体は責任を負いません』というような内容の誓約書にサインした。

 試験などはなく、これで俺も形だけは「探索者」ということになった。


 家に帰り、いざダンジョンへ、となる前に、俺はスマホでダンジョンの攻略情報について調べることにした。


「ふむふむ……『基本、第一階層はスライムなどの雑魚モンスターしか出現しません』か。へー、それはゲームと同じ感じなんやな」

「『スライムは素手の子どもでも倒せるほど脆弱で、一般人にも害はないため、第一階層は比較的安全です』……なるほど」

「『5階層あたりからゴブリンなどが出現し危険度が上がるため、それまでにドロップ品などで武器を揃えておくと良いでしょう』……へぇ、今はなんでも攻略情報が充実しとるんやなぁ」


 俺が感心していると、横からスマホを覗き込んでいた小町ちゃんが、信じられないという顔で叫んだ。


「待って、俊お兄ちゃん、そんなことも知らんで今まで生きてきたん……!? 一般常識やよ!? それ!」

「いやぁ……ずっと仕事ばっかしてたから、テレビとか見る暇もなくて……」


 呆れる小町ちゃんをなだめつつ、俺は再び攻略情報に目を落とす。

 そこには、『ただし、ダンジョンによって例外も存在する』と書かれていた。モンスターの強さはダンジョンによって千差万別で、基本的に都会のダンジョンほど強力なモンスターが出現する傾向にあるらしい。


「まあ、こんな田舎の、しかもうちの実家にできたダンジョンやしな。どうせクソ弱い、ハズレのダンジョンだろうな……」


 もしこれが、レアなアイテムがざくざく出るような「当たり」のダンジョンだったら、入場料で稼いで、旅館再生の大きな足しになったんだろうけど。

 まあ、期待するだけ無駄か。


「とはいえ、まずは入ってみんことには始まらん」


 このダンジョンを観光資源として活用するにしても、まずはどんな場所なのか、この目で確かめなければ。


「よし」


 俺は立ち上がると、納屋から農作業用のクワを手に取り、台所から鍋の蓋を持ってきた。


「俊お兄ちゃん、それで戦うん……?」

「ああ。攻略サイトに、最初はスコップやクワでもいいって書いてあったからな」

「……」


 不安そうな顔をする小町ちゃんに、俺は笑いかける。


「大丈夫やって。最初はスライムしか出ないんやから。小町ちゃんはここで待っててくれ。もし、1時間たっても俺が戻ってこんかったら、その時は……まあ、誰かに助けを呼んでくれ」

「……わかった。絶対、無茶せんといてや!」

「おう」


 小町ちゃんに見送られ、俺はクワを肩に担ぎ、鍋の蓋を盾のように構える。

 そして、我が家の裏庭にぽっかりと口を開けた、未知の闇の中へと、一歩、足を踏み出した。

 

 

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