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第17話 ペット動画


 久しぶりに本当の平穏が訪れた、朝。

 俺の膝の上では、すっかり我が家の住人となったニジが、嬉しそうにぷるぷると震えていた。その身体は、朝の柔らかな光を浴びて、内側から淡い虹色の光を放っている。


「よし! 決めた!」


 その様子をスマホのカメラで撮影していた小町ちゃんが、高らかに宣言した。


「ニジちゃんの記念すべき、第一回目の動画を撮ろう!」

「動画?」

「うん! テーマは、『うちのペット、ニジちゃんの一日』! この可愛さを、世の中の人たちにもおすそ分けしたげんと!」


 その提案に、コーヒーを飲んでいた郁美さんが、心底呆れた顔でこちらを見た。


「正気か? 災害級の未確認生物の生態を、面白半分で世界に公開するだと? そもそも、その生物のエネルギー源は何だ。何を食べるんだ。そこらへんの猫缶で満足するとは思えんが」

「まあまあ、ええやん! これも、ニジちゃんの生態を観察する、貴重な記録になるんやよ?」


 小町ちゃんが、郁美さんの探求心をくすぐるように言う。

 郁美さんは、ぐっと言葉に詰まった後、大きなため息をついた。


「……まあ、いいだろう。データ収集のためだ。あくまで、私はその観察に付き合うだけだからな」


 彼女はそう言うと、どこからか取り出したノートとペンを手に、研究者の顔つきに戻っていた。


 こうして、小町監督のもと、ニジの「可愛い一日」の撮影が始まった。

 しかし、その内容は、ことごとく俺たちの常識から逸脱していた。

 まずはお食事シーン。

 俺が、庭に落ちていた錆びだらけの古い釘を、試しにニジの前に置いてみる。すると、ニジは嬉しそうにそれに近づき、ゼリーのような身体で釘を包み込んだ。ジュッ、という微かな音と共に、硬い鉄の釘は、まるで砂糖菓子のように、一瞬で溶けて消えてしまった。


「わー、なんでも食べるんやね! これなら庭掃除になってええやん!」

「(金属物質を、分子レベルで分解・吸収しているだと……? こいつの消化器官は、高効率の溶解炉か何かか……)」


 小町ちゃんがはしゃぐ横で、郁美さんがノートに何かを必死に書きつけている。

 次は、タライに水を張っての水浴びシーン。

 ニジは、水の中が気持ちいいのか、ぷかぷかと浮かび、ひときわ嬉しそうに身体を虹色に輝かせた。すると、ただの水道水だったはずのタライの水が、次第にきらきらと輝き始め、明らかに魔力を帯びた液体へと変化していく。


「ははっ、水がキラキラして綺麗だな、ニジ」

「(自身の魔力を、周囲の液体に漏出させ、その性質を強制的に変異させている……。こいつが存在するだけで、環境汚染……いや、環境『聖化』が起きるというのか……)」


 感心する俺の横で、郁美さんはぶつぶつと呟きながら、鬼の形相でペンを走らせていた。



 


「ニジの故郷にも連れて行ってやるか」


 一通り撮影を終えた後、俺はそう提案した。ダンジョンの中でのびのびと過ごす姿も、撮ってやりたかったのだ。

 郁美さんも、ニジの「本来の環境」での生態に興味があったのか、今度は反対しなかった。

 三人と一匹で、ダンジョンの第一階層へ足を踏み入れる。

 ニジは、魔力に満ちた環境が嬉しいのか、これまで以上に生き生きと、ひときわ強く輝きながら跳ね回っていた。


 しばらく進むと、以前、俺がクワと鍋の蓋で戦った、あの青いスライムの群れに遭遇した。

 俺が、腰に差した「鋼のつるぎ」に手をかけるよりも早く、ニジが動いた。

 いや、動いた、というより――。


「きゅ!」


 ニジが、短く、可愛らしく一声鳴いた。

 その瞬間、ニジの身体から、目には見えない圧倒的な威圧の波が放たれる。空気が、ビリビリと震えるのが肌で分かった。

 次の瞬間。青いスライムたちは、その威圧に触れただけで、泡のように、あるいは陽炎のように、その姿を維持できなくなり、一瞬にして蒸発するように消滅してしまった。

 後には、十数個の魔石だけが、からん、と音を立てて床に転がっていた。


「え……? 今、何が……」


 俺は、目の前の光景が信じられなかった。自分が、あれほど苦労して(いや、楽勝だったが)倒した相手を、ニジが「鳴き声」一つで消滅させた。その事実に、言葉を失う。


「ニジちゃん、すごい! 一瞬やったね!」


 小町ちゃんは、ただその強さに目を輝かせている。

 しかし、郁美さんは違った。

 彼女は、その場にがくりと膝をつき、わなわなと震えていた。


「物理的な干渉も、魔法的な詠唱もない……。存在そのものが放つ『格』だけで、下位存在を消滅させた……。これはもう、モンスターではない。神話に出てくる……神獣の類だ……」



 


 旅館に戻った後も、郁美さんはしばらく放心状態だった。

 そんな彼女をよそに、小町ちゃんは撮影した映像を巧みに編集していく。「可愛いお食事シーン」と「圧巻の戦闘(?)シーン」を、アップテンポなBGMに乗せて繋ぎ合わせ、一つのエンターテイメント作品に仕上げていった。


 完成した動画は、【うちのペット】ニジちゃんの一日【スライム】という、なんとも気の抜けたタイトルで、公式チャンネルに投稿された。

 俺たちは、完成した動画を居間のテレビで鑑賞していた。

 画面の中で、無邪気に釘を溶かし、一瞬でスライムの群れを消滅させる、虹色のスライム。

 そして、俺の膝の上では、本物のニジが、気持ちよさそうに眠っている。

 俺は、その二つの姿を交互に見つめ、ずっと胸の奥で燻っていた、しかし見て見ぬふりをしてきた疑問を、ぽつりと呟いた。


「……なあ、郁美さん」

「……なんだ」

「もしかして、ニジって、本当にただのスライムじゃ、ないのか……?」


 その、あまりにも今更な俺の問いかけに、郁美は、この世の全てに疲れ果てたような顔で、ただ一言、こう返すことしかできなかった。


「……今、気づいたのか。お前は」











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