表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

第14話 招かれざる客


 田中さん一家が帰ってから、数日が過ぎた。

 奥谷旅館は、その門戸を固く閉ざしていた。入り口には、郁美さんが達筆な毛筆で書いた「本日は満館となっております。ご予約のない方の立ち入りは固くお断りします」という札。そのおかげか、物見遊山の客が殺到するという最悪の事態だけは、なんとか避けられていた。

 まあ、遠巻きに怪しい車が通ったり、望遠レンズで盗撮してたりする輩はいるっぽいけど……。

 一応、警察にも話をして、協力はしてもらっているから、今のところ大きな問題にはなっていない。

 しかし、それは物理的な話だ。デジタルの世界では、嵐はやむどころか、さらに勢いを増していた。


「……以上、テンプレートにて返信。よし、次」


 帳場に据えられたノートパソコンの前で、郁美さんがデータベースの更新を行う。小町ちゃんは、少し板についてきた様子で、ヘッドセットをつけながら、鳴りやまない問い合わせの電話をさばいていた。


「はい、奥谷旅館です。……大変申し訳ありません、現在、専門家による安全調査のため、一般公開の目処は立っておりませんで……はい、またの機会に……」


 てか、そろそろ他にもバイト雇わないと、手が回りそうにないな……。

 あ、ちなみに今小町ちゃんの学校は夏休みの連休中だ。

 一方、俺はというと、郁美さんの指導のもと、庭で力のコントロールを学ぶための地味な練習を始めていた。


「力を込めすぎるなと言っているだろう、この朴念仁! 対象の生命力を感じろ! お前のそれは、ヒールではなく、ただのマナの暴力だ!」

「む、むずかしいんだよ、これは……!」


 俺が、庭の隅で枯れかけていた紫陽花に、おそるおそる手のひらをかざす。温かい光が溢れ出すが、勢いが強すぎたのか、紫陽花は一瞬元気になったかと思うと、ぐったりと項垂れてしまった。魔力の過剰摂取、というやつらしい。

 それでも、練習の甲斐あってか、俺が世話をした庭の植物たちは、季節を忘れたかのように、異常なほどの生命力で青々と輝き始めていた。

 

 ヒールってのは力加減を間違えると大変らしい。

 魔力を流し込むから、加減を間違えると、逆に相手にダメージを与えてしまうことにもなりかねないのだとか。

 母さんを治したときは必死だったから、あまり感覚を覚えていないんだけど……。

 あれも、もし俺が失敗していたらと思うと、ぞっとする。

 今後、俺がちゃんと安全に誰かを救えるように、普段から鍛えておかないといけないな。



 ◇

 

 

 その日の深夜。三人がそれぞれの布団に入り、旅館が静寂に包まれた頃。

 裏庭の生垣を、一人の男が、まるで黒豹のようにしなやかな動きで音もなく乗り越えた。

 男の名は、キリタニ。ゴシップ系の探索者専門チャンネルで有名な配信者だ。「突撃!禁断のダンジョン最深部!」といった過激な動画で名を馳せ、そのためならば違法行為も厭わない、業界のハイエナのような男だった。

 高価なステルス装備で身を固めた彼は、奥谷旅館の謎と、俊の正体を暴くという、次なる特大のスクープを狙っていた。


「……あったな。あれが、例のダンジョンか」


 録画を開始しながら、慎重にダンジョンへと近づく。

 しかし、彼の高性能暗視ゴーグルが、庭の一角でぼんやりと輝く、不可解な光を捉えた。それは、昼間に俊がヒールの練習をしていた、あの紫陽花だった。聖なる魔力の残滓が、未だに金色のオーラとなって揺らめいている。


(なんだ、あの光は……!? ダンジョンの外にまで影響を及ぼすほどの魔力……!? もしかして、隠されたレアアイテムか、第二の入り口か!?)


 キリタニの心に、強欲な確信が宿る。彼は特大のスクープを確信し、目標をダンジョンから、その光る紫陽花へと変更した。


 キリタニが、光る紫陽花に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。

 けたたましいアラーム音が、旅館の静寂を切り裂いた。郁美が設置した、魔力センサーが作動したのだ。


「しまった……!」


 

 ◇

 

 

 数秒後。寝間着姿のままの俺、小町ちゃん、そして郁美さんが、庭へ飛び出してきた。

 三人の視線の先には、庭の真ん中でカメラを構えたまま、バツの悪そうな顔で固まっている不審な男、キリタニがいた。


「……『ダンジョン・パパラッチ』のキリタニか」


 郁美さんは、キリタニを一瞥するなり、氷のように冷たい声で言った。


「不法侵入及び、無許可での撮影行為。言い逃れはできんぞ」

「うるさい!」


 正体を見破られたキリタニは、開き直った。


「これは国民の知る権利のための、正当な取材だ! こんな国宝級のダンジョンを、お前たちだけで独り占めすることなど、許されるわけがないだろう!」


 彼はそう叫ぶと、なおもカメラを回し続ける。そして、「まずは、その光る草、貰い受ける!」と、紫陽花に手を伸ばした。

 その前に、俺が音もなく立ちはだかる。

 怒りも、殺気もない。ただ、静かに告げた。


「近所迷惑です。お客さんも寝ています。お静かにお帰りください」


 旅館には、田中さんのあとに来た、以前かの予約客が何組か泊まっていた。

 

「どけ、この偽善者が!」


 キリタニは悪態をつき、俺の胸を力任せに突き飛ばそうとする。

 しかし、その手は、まるで山の岩盤を突いたかのように、びくともしなかった。むしろ、その反動でキリタニ自身がよろめき、たたらを踏む。

 俺は、彼が倒れないようにと、咄嗟にその腕を掴んだ。

 ただ、それだけだった。

 その瞬間、キリタニの顔が、恐怖に凍り付いた。

 彼の腕は、まるで巨大な万力で締め上げられたかのような、逃れようのない絶対的な力に捕らえられていた。この男は、本気を出せば、自分の腕など容易くねじ切ってしまうだろう。その事実が、彼の肌を粟立たせた。実際、俺もそのつもりだった。こいつがこれ以上おかしな真似をすれば、そのくらいの暴力はいとわないつもりだ。


「あ、すみません。痛かったですか?」


 相手の顔色の変化に気づき、俺は慌てて手を離す。

 その無自覚な一言が、キリタニの、ゴシップ王としてのささやかなプライドと、ちっぽけな心を、完全にへし折った。


「ひっ……!」


 彼は短い悲鳴を上げると、商売道具である高価なカメラもその場に落とし、文字通り、這うようにして闇夜の中へ逃げ去っていった。

 這う這うの体ってやつだな。

 後に残されたのは、静寂と、一台のカメラだけ。

 郁美さんは、そのカメラを拾い上げると、ふう、と一つため息をついた。


「……さて。この証拠映像を、どう使ってやるかな」


 彼女の口元には、新たな厄介事を楽しむかのような、不敵な笑みが浮かんでいた。


 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ