*承・更*
そこそこの長さと高さの坂を上りきると、大神さんの屋敷はあった。
話によると、山そのものが大神家の土地らしい。
だから、大神さんの家に来ることどころか、この山に入ることすら初めてだった。
……近くで見ると、ますます立派な洋館だな。
一目で歴史があるのが分かるが、それなのに手入れが行き届いている。
さすがは名家、ってとこか。
とりあえずインターホン(ウチのとは違ってカメラ付き)のボタンを押す。
日がもうすぐ暮れる頃。だいたい約束の時間。
あの後、放課後になるとすぐに大神さんが教室に来て、
「すまないが、生徒会の仕事がまだ残っていてね。夜になる前には帰れると思うから、その頃に我が家を訪ねてくれないか?」
と言って、オレと別れた。
だからオレは学校から病院に寄り、面会時間ギリギリまで病院で過ごし、そのまま直接ここに来た。
一度家に帰ることも考えたが、方向が真逆になり面倒くさいのでやめた。
なんて、時系列の脳内整理をしていると、
「お待たせしたね、薄原くん」
インターホンから声がした。そして続けて、
「あれ? お知り合いの方は一緒じゃないのかい?」
と、これからの展開にとって極めて重要な疑問を口にした。
「あ、大丈夫です。ちょっと遅れて来ると思うんで」
「……そうか。ではすまないが、鍵は開いているので入ってきてくれないか」
「分かりました」
そしてインターホンが切れる音がした。
だからオレは言われた通りに、
「……おじゃましまーす……」
一応小さく挨拶しながら、鍵の開いている大きな扉を開けた。
室内も、外観と同じく立派な洋館だった。
……なんか、ゲームに出てくる屋敷みたいだな。昔やったホラー系のアクションゲームの。
そんな感想を抱きつつ、とりあえずそのままエントランスホールで大神さんを待つことにした。
……………。
結局、放課後に大神さんと約束した後に家に電話してみたが、ヴィアンは不在だった。なので電話に出た母に、帰ってきたらここに来るように、と伝言を頼んだ。
で、今に至る。
が、今ここにヴィアンの姿はない。
――多分、まだ『狼男』を捜してるんだろう。
こんな晴れた日に、日焼け嫌いのアイツがよく日中から活動してるな。
よほど腹が減ってるんだろうか?
いや、このあいだサキュバスを食ったばかりだし、それはないな。
つーか、本人に訊けば一番早い。
なのに、本人がここにいない。
……………。
やっぱり首輪代わりに、アイツにケータイくらい持たせたいな。
だけど、学生のオレには金銭的に厳しいしなぁ。
なんて考えていると、
「ようこそ、薄原くん」
と、前方の大きな階段から声がした。
なのでオレは、階段を下りてくる彼を見た。
しっかりと二足歩行で、ちゃんと一段一段下りてくる彼を。
学校とは違って学ランではなかったが、彼は間違いなく大神さんだった。
確かに服装は『昨日』と違うが、その姿は間違いなく大神さんだった。
目の前にいる『狼男』は。
「昨日に続いてこんな姿ですまないね。今日は何故かいつもより変身が早かったんだ」
――本当に今日は早めに帰ってきて良かった。
と、階段を下りきり、獰猛な牙を見せながら笑う大神さん。
……………。
……うわ、改めて見るとリアルに怖ぇ。
昨日と違って明るい室内だし、さらに真正面で向かい合ってるし。
と、少しビビっているオレに
「まぁ、とりあえず早めの夕食でもどうだい? お手伝いさんが用意してくれたものがあるんだ」
と、極めて紳士的に誘う狼男。
「……それじゃ、いただきます」
「そうか。では、ダイニングに案内しよう」
そう言って別室の扉へと歩き出す大神さん。
オレもその後に続く。
……………。
……狼男の夕食は実はオレでした、ってオチじゃないよな?
まぁ、見た目はアレだけど、それ以外は昼間と変わりないし大丈夫だよな。
……大丈夫、だよな?
……………。
「あ、あの。そういえば、食事中でもイイんで詳しい話、聞かせてもらってイイですか?」
ちょうど大神さんがドアノブに手を掛けたとき、オレはそう声を掛けた。
すると頭だけ振り向き、大神さんはその青い目でこっちを見た。
「む……僕は構わないけど、知り合いの方を待たなくて良いのかい?」
「いや、待たなくてというより、待たない方がイイです。話し相手としては、かなり面倒くさいヤツなんで」
「そう、なのか。だけどお願いする側として、それでは失礼になる気がするんだが……」
「あぁ、大丈夫です。後でオレから説明しとくんで。それに、オレなりの対応策も考えたいんで」
「対応策? やっぱり君も『そういったもの』の専門家なのかい?」
「いやいや、専門家なんて言えるようなレベルじゃないですよ。オレなんて、まだまだホントになんにもできません。ただ、自分の経験値を上げておきたいんですよ」
そして大神さんの青い目をまっすぐ見据えて、オレは言う。
まるで自分に言い聞かせるように。
誓いの『宣言』のように。
「たとえオレ一人でも、絶対に倒さなきゃいけない相手がいるんで」