*承・追*
「はじめまして。薄原くん、だよね?」
それが津々浦第二高校生徒会長・大神征志郎との初対面の第一声だった。
午前の授業が終わり、今日も天気が良いので屋上で昼飯を食べようと結城に誘われ、席を立ったときだった。
三年生が急に躊躇いなく二年のオレの教室に入ってきて、オレの目の前に立ちはだかった。
「そう、ですけど……」
「うん。やっぱり二年生のことは二年生に訊くのが一番だな」
そう感心するように言うと、大神さんは後ろを振り向き、軽く手を振った。
すると、キャー、と甲高い歓声。教室の外でこっちを見ているクラスの女子三名が喜んで手を振り返していた。
スポーツ選手みたいな体型に、イケメン俳優みたいな顔立ち。さらに性格も良さそうなら、女子ウケ抜群だろう。
それに何より、ヴィアンほどじゃないが背が高い。
……ちなみに言っとくが、オレが小さいわけではない。
「あ、失礼。自己紹介がまだだったね。僕は、生徒会長をやらせてもらっている大神征志郎。好きな食べ物は筑前煮だ」
「……オレは薄原智流。嫌いな食べ物はピーマンです」
「む、それは駄目だ、薄原くん! 好き嫌いはいけないぞ!」
「……はぁ」
……………。
……オレ、この人、嫌い、かも。
「ピーマンには各種ビタミンが豊富に含まれ、それらは身体の成長に欠かせないものだ。つまりピーマンを食べないと大きくなれないと言っても過言ではない」
「え? マジですか? ピーマン食えば大きくなれるンすか!?」
「……、……まぁ、そんな些細なことはさておき、本題に戻ろうか」
いや、オレにとってはものすごく重要な話ですから!
と、ツッコミたかったが先輩相手なんで遠慮した。
「今、時間いいだろうか? できれば生徒会室まで来てほしいんだが」
そう言われたので、オレは結城を見た。すると、
「いいよ、先に屋上で待ってる」
と、許可が出たので、
「分かりました。行きましょう」
素直にうなずいた。
実はオレにも、大神さんに訊きたいことがあったし。
舞台移動。
鍵を掛けた生徒会室。向かい合う二人。
「昨日は驚かせてすまない、と言ったら、なんのことか分かるかい?」
大神さんのその言葉で、オレの予感は確信に変わった。
「分かります、と言ったら、どうしますか?」
オレがそう訊き返すと、ニッコリと笑って、
「助けてくれ、と頼むかな」
大神さんは平然と泣き言を吐き出した。
「薄原くんは昨日、あの姿の僕に『大丈夫ですか?』と訊いてくれたね。そんなことを言ってくれる人、初めてだったから僕も驚いてしまって、つい逃げ出してしまった」
それに、と続ける。
「そんなことを言ってくれる人を傷付けてしまうんじゃないかと思うと、怖くて仕方なくてね」
まったく情けない限りで申し訳ない、と高い位置にある頭を軽く下げた。
背の高さ。黒っぽい服は学ラン。
そして一瞬だけ見えた、怯える青い目。
――この人が間違いなく、あの『狼男』だ。
「ついこのあいだ奇妙な噂を聞いて、色々と僕なりに調べてみたら薄原くんが関わっているらしいと分かり、さらに君は夢守神社の息子さんだと聞いたんだ」
――やっぱり二年生のことは二年生に訊くのが一番だね。
と、今は至って普通の黒い目でオレを見据えて、話を続ける。
「もしかして夢守神社は『そういったもの』を祓うことができる神社なのかい?」
「いや、ウチはそういうヤツじゃないですけど、オレの知り合いに専門家“もどき”がいます」
「では、噂の『清楚なのに色気があって、だけど儚げで守ってあげたくなる超絶美少女』の件もその人が?」
「……まぁ、一応」
……噂、怖ぇ。
尾ヒレも背ビレも胸ビレも付いてる。
「お願いだ、薄原くん。僕にその人を紹介してもらえないか? できる限りの謝礼は払うつもりだ。もちろん君にも」
「いやいやいや、そんなモンもらえませんよ。それに、オレたちもちょうど大神さんを捜してたとこなんで」
「僕を、捜してた?」
「昨日、あの姿の大神さんの話をその知り合いにしたんですよ。そしたら、早く見つけて解決した方がイイって言ってたんで」
「そう、なのか。早い方が良いと……」
そう言って、大神さんは少し考え込み始めた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。それなら急で悪いんだが今晩、我が家に来てくれないか? 詳しい話はそこでしたい。時間などは放課後にまた教室に伺うのでそのときに」
「……分かりました。オレも後で知り合いに連絡しときます」
「すまないね、薄原くん。そして、ありがとう」
「いえ、オレたちも目的があってやってるんで気にしないでください」
「そうか。では、早く戻ろうか。君を屋上で待ってる人にも悪いしね」
そう言って、大神さんは生徒会室の鍵を開け、オレに対してドアを開けてくれた。
オレもちゃんと会釈をしてから廊下に出て、そこで大事なことを思い出した。
「あ、そういえば、事情が事情なんで人払いをお願いしたいんですが、大丈夫ですか?」
「あぁ、それなら問題ない――」
オレの後を追って大神さんも廊下に出て、なんの悪意もない爽やかな顔で続けて言った。
「今夜は両親ともいないから、僕一人なんだ」
――後日、このセリフを聞いていた女子数名によって学校中(主に女子)に広がる『二年男子と生徒会長のBL的な展開』という、噂の真の恐怖を、このときのオレはまだ知る由もない。