*終*
「男はね、時として狼になるべきなんだよ。飼い慣らされた犬になんか、成り下がっちゃダメなんだ。ちなみにこれも、僕の経験上の話だけどね。だからチルチルくんも気を付けなよ。ワイルドな一面もたまには見せないと、あっという間に真実ちゃんに愛想尽かされるからね」
昨日の夜の出来事が頭から離れず、今朝はいつもより早く起きた。正直、よく寝れなかった。
だからいつもと違って先に身支度を整え、ヴィアンを正拳突きで起こし、朝飯を食べ、いつもより断然早く家を出た。
学校に向かう途中、オレはこのあいだの映画のことを思い出した。何故、あの映画がつまらなかったのかを考えてみた。
……多分、エンディングが問題だったんだ。
多くの人を傷付けてしまった主人公の狼男は、最後には愛する人を守るため、自らを傷付け命を絶った。
そんな自己犠牲という名の自己満足が、どうしても気に入らなかったんだ。他人だろうと自分だろうと、誰かが傷付いた時点でハッピーエンドには決してならないのに。
だから今回の対戦の結末も、オレには後悔と不満しか残っていない。
……………。
「おはよう、薄原くん」
校門の前で、とても朝一とは思えない爽やかな挨拶と、堂々とした仁王立ちで彼はオレを出迎えた。
「……おはようございます、大神さん」
ローテンションながらも、オレも挨拶を返す。
「いやぁ、昨晩は本当にお世話になったね。大恩と言っても過言ではない。むしろ、そう言うべきだな。だから、いの一番に君にお礼が言いたくて、こうしてここで登校してくるのを待ってたんだ」
「待ってた、って一体いつからですか?」
「そうだな、薄原くんの登校時間が分からなかったから……三時間ほど前かな」
「三時間!? そんなにここにいたんですか?」
つーか、三時間前はまだ学校開いてないし。
「なに、大した時間ではない。諺にもあるだろう、椅子の上にも三年、と」
「……椅子?」
「む。すまない、冗談だ。そのつもりだったんだが、分かりにくかったかな?」
「あ、いや、大神さんがそういうキャラだとは思わなくて……」
突然ボケられても、どうツッコむべきか困る。
つーか、椅子の上にも三年、って思いっきり楽してんじゃん。
「いや、僕もそう見られていないのは重々承知の上だ。だけどこれからは、そういう自分も出していこうと思ってね」
「……再発防止、のためですか?」
――自分を必要以上に抑圧しないことが、狼男の再発防止策。
それが、専門家“もどき”の出した案だった。
「まぁ、結果的にはそういうことになるが、純粋に僕が楽しいというのも十二分にある。なので改めて言わせてもらおう」
ここで大神さんは、わざとらしく咳払いを一つ。
「諺にもあるだろう、マッサージチェアの上にも三年、と」
「それはもう楽っつーか堕落です! 逆に身体悪くしそうだし!」
「そしてその後、車椅子の上にも三年」
「ほら、やっぱり身体悪くした!」
「しかし実は、オムライスの上にも三年」
「ケチャップの話だったの!? つーか、確実に腐ってるし!」
……………。
小休止。息切れ、ネタ切れ。
「……ははっ、ははははは」
とても爽やかに、大神さんは笑い出した。
「ヴィアンさんの言う通りだ。実に君はボケ応えのある相手だ」
「……あの野郎、余計なコト吹き込みやがって」
ただ黙って治療もできねぇのか、あの吸血鬼“もどき”は?
………………。
「……そういえば、身体の調子どうですか? 痛みとかありませんか?」
「大丈夫だ、心遣いの方が痛み入るよ。傷口も全く残ってないし、体調もむしろ良いくらいだ。おかげで今朝は随分と早く目覚めてしまった。さすがは『吸血鬼の血』と言ったところかな。ただ――」
「ただ?」
「ヴィアンさんが言うには血の影響、副作用。しばらくの間、狼の力は完全に消えないそうだ」
そう言って大神さんは、自分の手の平を力強く握っては開く動きを二度繰り返した。
「だが、慣れてしまえば逆に便利で有用な力だよ。瓶の蓋が開かなくて困ることもない」
――いっそ瓶ごと破砕できる程さ。
と、大神さんは明るく笑い放った。
「とまぁ、こんな僕だけど、良ければこれからもよろしくお願いしたい」
グーとパーを繰り返していた手を、パーの状態でオレに向けて差し出す大神さん。
つまりは、握手だ。
だけどオレは、それに応えるのを躊躇った。
今は人間の形をしているが、それは間違いなく昨日オレを殺そうとした手だったからだ。
そんなオレを察してか、大神さんはそのままの体勢で、
「安心してくれ、薄原くん。ここで待ってる間、ずっと力加減の練習をしていたから」
と、少し方向性の違うフォローを入れた。
そしてさらに続けて、一言付け加えた。
「ようやく十回中七回は成功するようになったところだ」
果たしてこれが大神さんのボケなのか。オレはそれにツッコんだのか。そして何より、ちゃんと握手を交わしたのか。
それは皆さんの想像にお任せしたいと思う。
――第三話「vs.おぼれるマーメイド」に続く。
以上、もどきども第二話「vs.ろんずるウルフマン」でした。
色々と批判・批評・訂正点があるとは思いますが、それを感想の方に書いて頂けると、作者は泣いて喜びます。
詳しいあとがき的なモノは活動報告に書き込むつもりなので、よろしければそちらも是非。
では、ここまで読んでくださった方々に最大級の感謝を!