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手の傷から  作者: 夜。
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手の傷から


紙のかすれる音と雨の水滴の音。

 私、泉舞いずみまいはその中、一人で本を読んでいた。

 読みやすい文庫本サイズの小説。大ファンの綾辻行人さんが書いた館シリーズ、水車館の殺人。仮面の当主と美少女が住まうとあるのお話。水車の回るそこは、文章を読んでいるだけで深い暗闇から湧き出る生々しいオーラが身に伝わってくる。

 そして私はその水車館の殺人の最終ページをめくろうとしていた。

 物語自体、計四百二十ページある。私はこのような五百ページ前後の作品を読むのが好きだ。短いと内容が薄くなってしまうし、逆に長すぎると最初の方にあった話や細部を忘れてしまう。だから、丁度いい長さで終わる綾辻さんの館シリーズは私の愛読書である。まあ、暗黒館の殺人という例外もあるのだけど。

 長編作ももう終わりか。と、やや寂しさに浸りながら、ゆっくりとページをめくった。

 と、その時。

「いッたッ!」

 急に小さな雷のような痛みが人差し指に走った。そしてじんわりと広がっていく。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。が、慣れていたのですぐ状況を把握できた。

 紙で指を切ったんだ。

 あまり分厚くない紙だから切らないと思って油断していた。こんな薄い紙でも切れるのか。

 私の人差し指からは、赤い血がゆっくりと噴き出てきている。

「はあ……」

 血で本を汚すのは水車館の物語的にいいかと思った。でも愛している本を汚すだなんて、考えられないと思い、本を机に放り出して洗面所に走った。

 蛇口をひねり、白い泡と一緒に水を出す。

 今月に入って何回目だろうか。最近よく怪我をすることが多い。怪我と言っても、紙切れで指を薄く切ったり、足の小指をぶつけたり、料理中に小さな火傷したり………。さほど大きいものはないが、少しズキッとするものばかりなのだけど。

 右手で、左手の人差し指を少し擦って血を洗い流した。

 他の傷も水で少し傷んだが、そこまで気にする痛みではない。

 少し血を洗い流したら、テープを貼ったり手当てするような傷じゃないとわかった。タオルで水を拭き取り、まだ少しじんじんする指を中指の腹で撫でた。

 そして再び水車館の殺人が読める状態になり、部屋へ戻った。

 数分も経たないうちに私は完読してた。


 蝉の声が響くリビング一席。クーラの効いた部屋で私は座っていた。

「はぁ。」

 傷だらけの指を見てため息をつく。

 どうしてこんなに怪我するのだろうか……。充分気を配っているつもりなのだが…。

 顔はそこら辺にいる隠キャのお手本なのだが、手だけはそこら辺にいないくらい気持ち悪い。

 手だけ、まるで廃人なのだ。

 爪はガタガタ、肌は傷だらけ。それに加えて、真っ白いのだ。

 きっと、読者の貴方が想像しているのは、色白で、指が手の甲より長く、女子の塊のようなのをイメージしたと思う。

 全く違うからやめてくれ。

 私の手はさっきも言った通り、真っ白い。でも、廃人くらいだ。

 想像してくれ。隠キャの手が「爪は汚い、何故か傷だらけ、白すぎる。パッと見廃人」だったらきっと貴方はそいつと距離をとるだろう。それが私なのだ。

「はぁ…。」

 手は学生の私にとってよく見られる。言えば、私にとって手は最大のコンプレックスなのだ。

 大嫌いな手で読む本。大嫌いな手で解く問題。大嫌いな手で描く絵。大嫌いな手をどうしても使わないといけない私の人生…。

 こうなれば、自分も世界も嫌いになってしまいそう。

「はぁ………。」

「まいちゃん!」

「うわぁっ!!」

 私はびっくりして座っていた椅子から飛び跳ねた。

「うふふっ、まいちゃんをびっくりさせたわ」

「ちょっと、やめてよ、お姉。」

 声の正体は私の姉。泉雫いずみしずくだった。

「何?驚かせただけ?」

「うふふっ、いいえ。さっきからまいちゃん、ため息ばっかりついてるでしょう?どうしたのかなって思ったのよ」

「はぁ、なるほど」

 お姉はうふふっと笑い、私の反対の席に腰掛け、肘を机につけて顎を手で支えた。ツヤのある焦茶色の髪の毛から、薄いラベンダーの香りがふわりとこっちまで広がってくる。

「どうしたの?また、手のこと?」

「なんでお姉は私のことわかるの?まるで心を読んでるみたい」

「うふふっ!まいちゃんのことが大好きだからよ」

「あぁ、はいはい。そうですか。」

 華奢な手で口元を押さえて笑った後、お姉は私の顔を見て、席に座り直した。そして少し微笑んで口を開いた。

「あまり悩まなくてもいいんじゃないかしら?元々あるものじゃない」

「お姉は手が綺麗だからわからないでしょ!」

「あら、まいちゃんが褒めてくれたわ!お姉ちゃん嬉しいわ!」

「………はぁ…」

「お姉と話してたら、気が狂いそう。」

「それほど私の話を聞いてくれてるのね!」

「だぁーかぁーらぁ…」

「うふふっ」

 はぁ、これ以上、お姉と話していたら、私がどうにかなりそう。

「もういいよ。ありがとね」

「あら、もう行くの?まだお話ししましょ?さっき来たばかりよ」

「私、宿題しなきゃ」

「そう……。頑張って!」

「はいはい」

 私はそう言って、スタスタと自分の部屋に入った。

 寂しそうなお姉の声が心に残ったけど、いつもああだから、別にいいかと思って机に向かって大嫌いな手でペンを握った。

 でも別に宿題なんてする気もなく、とりあえずはペンを持ってノートを広げて本を読むことにした。


 気がついた時にはもう少し陽が落ちていた。

 何時間か経った自室で、私は喉の渇きで目を覚ました。どうやら本を読んでいる途中に寝落ちしたみたいだった。

 凝った肩を手で叩きながら時計を見る。時計は3時くらいを指している。何か喉を潤すものが欲しくて、椅子から立ち、リビングへ向かった。階段を降りるとすぐ近くにトイレあり、通り過ぎるとリビングに繋がる横開きドアがある。

 私はそのドアを大嫌いな手で開けた。

 すーっと冷たい風が肌を通り過ぎていく。

「あら!まいちゃん!お勉強はもう終わり?」

 ソファに体を沈めたお姉が片手にテレビのリモコンを持っていた。

「うん。喉乾いたから来た」

「そうなの?だったらさっき私が作ったレモンサイダーがあるわよ。私の手作りなの!」

「そうなんだ。わかった、ありがと」

 冷蔵庫を、開けるとお姉の言う通り、左のドアの欄にプラスチックの容器に入ったレモンサイダーがあった。

 それを出し、自分用のコップに少し、味見程度に注いで、一口飲んでみた。

「いッたッ!」

 サイダーを飲み込んだ瞬間、喉の奥をまるで鋭い爪で掻かれたような痛みが広がった。

「え、?!まいちゃん?どうしたの?!」

 異物が喉の奥へ奥へと入り込んでいくのがわかった。

 びっくりしたお姉は、ソファから飛び跳ねるようにこっちに飛んでくる。

「……ぅ、」

 後味にかすかな血の味がある。

「なんか、喉、怪我したみたい」

「喉?!どう言うことなの?レモンサイダーのせいかしら?」

 もともと喉に傷があって、それをサイダーで洗ったから痛いのか?いや、そんな傷なかった。目で見れない場所だからわからないが、朝、喉に入れた時は何も感じなかったはず。

 私は頭を回転させ、考える。

 レモンサイダーの中に、レモンの果肉とか種があって、それで何かの拍子に傷ができたのか?だったら、お姉の自家製サイダーだから、ありえる。

「お姉、レモンサイダーの中に、果肉入ってた?」

「え?えーっと…、見落としかもしれないけれど、入れた記憶はないわ」

 さっきより、血の、鉄臭い匂いがしたから湧き出ている。気持ち悪い。

「ま、いいや。もう、サイダー染みるからいい」

「ごめんなさい、まいちゃん」

「大丈夫だって、お姉のせいじゃないと思うし。」

「そうかしら……」

「はいはい、もう変な心配いらないからね!あっち行った行った」

「………………わかったわ…。でも、心配よ…。」

「大丈夫だから!たかが傷だし。いいって」

 お姉のしかめた眉が私の心に突き刺さった。本当はお姉の優しさ、わかってるけど、それに頼るのは私じゃないって自分自身が叫んでる。

「心配って言ったって、見えないんだからおいとくしかないでしょ」

「……そうね、どうすることもできないわね」

 お姉は苦笑した。

「だから大丈夫だよ、お姉は戻って」

「わかったわ。」

 お姉はソファへと戻っていった。足音はなっていなかったけど、どすんどすんと、重い足取りで歩いているような気がした。

「はぁ。」

 なんだか、おかしい、な。いや、そんなこと、考えなくていい。

 喉を怪我したのはレモンの果肉か種のせい。これでいい。

 コップに残っていたサイダーを流し台に捨てて、コップを水洗いするため、蛇口を捻った。すると、水が……。

「うわぁッ!」

 私は蛇口から出たものを見て尻餅をついた。絶句した。

 ことんっことんっと、何かは出続ける。

「なんだッ、なんだなんだなんだッ」

 そこにあり得ないものが出てる。出てる。出てる。

 自分からもあり得ない声が出る。

「なんで、なんでッ蛇口からカミソリが出てるんだッ!」

 何故?どうして?どう言う理屈で出てるんだ。どうして?、いや、きっと誰かの仕業だ。誰かがどうにでもして、カミソリを出すようにしたんだまだ。きっとそうだ。そうだ、そうに決まってる。

「まいちゃん?!」

「お姉!お姉!水がッ!水がぁッ!」

「まいちゃん!どうしたの?!水?水がどうしたの」

「水がッ水がッ!カ、カ、カミソリにぃッ!」

「えッ?!」

 心臓の鼓動が耳まで届いてうるさい。目の周りがぐるぐるする。まるで、まるで、自分が自分の身体にいないみたいだ。

「まいちゃん、水は普通よ、カミソリなんかじゃないわ」

 お姉の手が私の大嫌いな手を包む。

「大丈夫よ。」

 お姉は私を包んだ。

「お姉…」

 お姉の言葉も身体もとても温かい。いつもは、こんなこと気にも留めないのに。

「カミソリッ、は、」

「カミソリなんかないわ。」

「ない?」

「えぇ。きっと見間違いよ」

 お姉のおかげで鼓動が落ち着いてきた。

「そ、そっか…」

 流し台にには、透き通ったただの水がジャァージャアー音を立てて流れている。お姉の言う通り、カミソリなんかなかった。きっと、見間違えだ。きっとそうだ。

「もう大丈夫?」

「うん、ありがと……。」

「うふふっ!いいのよ」

 お姉はいつにも増して笑顔で、幸せそうな顔をしている。

「じゃあ、私はこれで……もういいから」

「わかったわ……。気をつけてね!色々と。喉怪我したんでしょ?」

「まぁ、そうだけど…。大丈夫だよ」

「……でも」

 お姉はさっきの笑顔を少し崩した。

「不気味でしょう?そんな、カミソリ、なんて…」

 お姉の目は流し台に向けられた。お姉は私みたいにカミソリの幻覚を見てないはずなのに、今さっき、本当に見たのかと言うような怯えた目で見ている。

 私は、その顔を見ていられなくなって、いや、怖い思いをしたのもあるんだろうけど『じゃあ、お姉と一緒にいるよ』と呆れた。

 すると、お姉の顔がパーッと明るくなっていって、「うふふ!嬉しいわぁ!」と、満遍なく顔全体に広げた笑顔で言った。その顔に私は、心の中で微笑を浮かべた。


 数時間はあっという間にすぎた。お姉と一緒にテレビ番組特集を観て、笑っていたらもう6時になっている。

 その間に仕事から両親も帰ってきていた。

リビングには、夜ごはんのいい匂いがさっきから私の鼻腔を刺激している。

「しずく、まい、ご飯よ」

 母の声が台所から聞こえてくる。

「はーい!まいちゃん、行きましょ?」

「うん」

机には見事に出来上がったご飯が並べられている。母のご飯はいつもおいしい。特に、手作りのハンバーグが別品である。でも、そこに、ありえないものが置いてあった。

「え?」

な、なんでコップの中にカミソリが?また、幻覚?

「まいちゃん?」

いやいや、そんなわけないよ。きっとまた見間違いだ。

コップの中に、大量にカミソリが入っている。でも、数時間前のあの出来事があったから、今はあまりびっくりしなかった。

目を強く瞑って、瞬きをした。きっと、これで消えてる。

再度、コップを見た。

カミソリは消えていた。

「まいちゃん?大丈夫?」

「え?うん。大丈夫だけど、何?」

「ならいいわ!早く食べましょ!」

お姉にあの出来事が思い出されてなかったらいいけど…。

そう思いながらいつもの定位置について、手を合わせて、皆んな食べ出した。


「ご馳走様でした」

「はっはっは!早いな。舞」

「そう?じゃ、私部屋行くから」

「あ、舞、お隣さんからお菓子もらったの!食べる?」

母と父が話しかけてくる。

「いらない。」

本当、気を使わなくていいのに。うざったい。

「舞の好きな餅だそ」

「いいって」

父は薄っぺらいメガネの下で皺寄せて笑う。父の笑った顔は怖いから嫌いだ。

「舞、本当に食べないの?」

母の声にイラつきながら、階段を力強くだんだん上った。そして、扉を強く締める。

「はぁ!なんなの!いらないって言ってんじゃん!」

ベッドに飛び乗って枕の上で叫ぶ。

本当うざったい。一回でわかんないのかな。

「はーーーぁーっ!!」

「両親はうざいし、水はカミソリに見えるし!手は汚いし!なんだよ」

ほんとイラつく。

『頭に来たら、自分の好きなことをすればいいのよ!』

お姉の言葉が脳の裏に響いた。

『まいちゃんは本と、世界のことを知ることが好きでしょう?だったら、本を読んだり、世界地図を見るだけで楽しいんじゃないかしら!』

お姉、私はそんな世界地図を見るだけて楽しいと思わないお、そうやって、あの時も返したと思う。

「世界地図、ねぇ……。」

私はベッドから飛び起きて、椅子へ飛び乗った。そして、机に広げてあった宿題と本を両手で真横によけ、机と棚の間に巻物のように丸めて突き刺してあった地図を広げた。

日本が真ん中の地図。何年これを見ているかわからない。

「っと、ここが日本でしょ、で、ここが中国、韓国……。」

大嫌いな手の人差し指で地図を押さえていく。

「ここが、アフリカ大陸、オーストラリア大陸、ユーラシア、南アメリカ、北アメリカ、南極大陸………。」

悶々と地図で国を触っていく。

「まいちゃん!今日のお風呂はまいちゃんが一番よ!」

「うわぁッ!」

「あら、地図見てたの?ごめんなさいね」

「お姉、びっくりさせないでよ」

元気よく入ってきたお姉の声に驚く。部屋を開けた音も聞こえなかった。

「うふふっ。集中してたのね。」

心臓が少しバクバクしている。

「じゃ、お風呂入ってくる」

「はーい!行ってらっしゃい」

ご機嫌なお姉の横をスッと通り抜け、風呂場へ向かった。

風呂場へ行く途中父親が話しかけてこようとしたが、一切無視した。私は反抗期中なんだ、無視しててくれ。と心の中で心底思う。

洗面所の滴る水が一瞬カミソリに見えたけど、目を強く瞑って、開くと何もない、さっきと一緒。ただの水になっている。

「このまま風呂の水もカミソリだったら……驚くなぁ…」

そんなこんな言いながら、服を脱ぎ、風呂場へと入った。


まぁ、思った通りカミソリに見えたけど、見慣れたみたいで、目を強く瞑って再度見ると普通の湯船に、滴る水になった。

シャワーから出てくる水もカミソリに見えて、飛び出してくるカミソリには驚いたけど、瞬きをすると水に戻った。そこから、風呂の途中からはカミソリは出てこなかった。


風呂を出ると、化粧水の瓶の中にカミソリが入っていた。それを見えて、『ひッ!』と声を荒げた。だか、先ほどのように慣れた強い瞬きをするとただの化粧水になおった。

「やっぱり、私、疲れてるんだ。ただの水なのに。化粧水なのに。」

疲れてる。そう思った。きっと、これを見ているあなただって、こう言うとおもう。大丈夫って。ぐっすり寝たら次の日には治ってる。

私もそう考えた。真っ暗闇の中、目を瞑って、布団に体重を全て落とした。そして深い夢の中へ入った。



風がスーッと体を揺らすと、私は気がついた。

「ふわぁぁっ」

カーテン越しに入ってくる眩しい太陽。そして涼しい風。

朝になっていた。昨日は日曜日、なので今日は学校。明日も、明後日も、明明後日も、一週間もある。

起き上がって、背を伸ばした。重い体を引きずるような感覚でリビングに繋がる扉を開けた。

「まいちゃん!おはよ。」

「お姉、おはよ」

「お母さんとお父さんは?」

「二人とも仕事行ったよ。」

お姉は私より早くに起きていたみたいで、髪を結い、制服を着て通学バックも椅子に置いている。

「まいちゃんも食べたら学校急いでね!」

「わかってるよ、お姉は?もう行く?」

「えぇ。私はもう行ってくるわ」

「いってらっしゃぁーい」

「うふふっ。行ってきます」

笑顔のお姉は玄関から飛び出して行った。

「…………行かなきゃなぁ、学校」


朝ごはんを食べ、身支度をし終わるともう家を出る時間になっていた。バックを持ち、鍵をかけると私は学校へと走って行った。


『次の授業は水泳だそぉー!さっさぁ行けやー』

気がつくと、もう一限目の終わりだった。

何が起こったのかまるでわからなくて、理解するまでに時間がかかる。

「は……?うそ、寝過ごした?!」

記憶全然ない。寝過ごした?本当に?…最悪……。あ、もう皆んな行ってる。急がなきゃな。

よく状況の読み込めないまま、私はプールバックを持って下の階へと走った。


「うわぁッ!」

私の体は固まった。

プールへと近づくとカミソリが落ちている。それも大量に!

なんで?嘘でしょ……。

「っあ!そういえば、私、」

私、昨日から何故か水がカミソリに見えるんだ。そうだった、忘れてた。

私は昨日の出来事を一瞬にして忘れていた。では、あれは疲れじゃなかったってことなのか?いや、今はそんなのどうでもいい。

強く目を瞑って、再度プールサイドを見た。

…あれ?カミソリ、直らない。

もう一度、強く目を瞑った。目の裏の宇宙みたいな空間が光の影を追いかけれないくらい瞑って、開いた。

でも…やっぱりカミソリはなくならない。

どうしよう……いや、もしかしてこれは夢なのかもしれない…。そう、きっとそうだ。疲れと思っていたけど、きっと夢だ!

「おい、泉!」

後ろから低い男性の声がした。

「っはいッ!」

振り向くと体育の先生がいた。

「早く着替えろ!もう始まるぞ」

「あ、はい、ごめんなさい」

きっと、夢だ。そうだ!カミソリを踏んだり、何かしらしたらきっと目が覚める。こう言う場合、物語ではプールに入りでもすれば大概痛さで目が覚める。

私はカミソリを踏もうとして、右足を腿まで上げた。

でも、怖いものは怖い。刃物を踏み潰すなんて、怖くてできたことじゃない。手に傷をつくるのすら、とても嫌で、痛いのに…。

でも、このまま怒られて覚ますのもいやだ。いっそ、プールを休む?いやいや、生徒手帳に休む原因を書かないといけないのに、私の生徒手帳には何も書いていない、親のハンコも持っていない。

………着替えてこよう、それから………。それからがいい、今はどうしようもない。

私は水着に着替えてから夢から覚めることにした。カミソリを踏まないように更衣室へと走る。


プールサイドでも勇気が出なくて、シャワーは1番最後でほとんど見ない忘れられていたからしていない。

「ほらほら飛び込めよ!怖きゃねぇって!!」

「いや、でも………」

それで、プール前まで来てしまった。

どうしよう、でも、これで、終わる、はず。

でも、本当に現実だったら?ここに飛び込んだら死ぬかもしれない。死ななくても、もしかしたら大怪我をするのかもしれない。どうしよう。

皆んなカミソリのプールに入っている。

………気持ち悪い。

幻覚だとわかっている、でも、本当に皆、固形物を浴びて、かけて、体にまとわりついている。

「前は入ってたじゃん!早く入らないと先生に怒らえちゃうよ!」

その言葉を聞いて、後ろを振り返り、先生を認識する。

先生はベンチに座っている。横に置いてある水筒は、カミソリがへばりついている。

……気持ち悪いな、なんで治らないんだろう、

「ほら!」

目の前に友達の手が出てきて、私の大嫌いな手を引っ張り、カミソリのプールに引き摺り出した。

「うぁぁぁッ!!」



「ッは!」

………ここは?

「………カミソリは、」

「まいちゃん!もう学校行く時間よ!起きてー!」

「お姉?」

頭が追いつかなかった。なんで?いま、私は引っ張られてカミソリのプールの中に…………。

「あら?起きてたのね。早く行かないと遅刻するわ!」

「ぇ、あ、うん、ありがと」

「じゃあ、私行ってくるわね。まいちゃんも気をつけてね。」

「行ってら………」

もしや、夢?

私は、カミソリのプールに落ちた、そう言う記憶が頭の中にへばりついているのに、本当に今さっきの出来事のはずなのに。

心臓が下の方でバクバクしている。耳まで届く音が部屋に響いてうるさい。

「そっか、夢だったんだ、そっか……。」

まだ信じきれない私の心臓を大嫌いな手で撫でた。

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