表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

4. 主治医の見立て

 夜伽の支度をする前に、私はアレクセイ様の様子を見に行くことにした。彼は客間のジルベルト様のベッドで、すやすやと眠っていた。祖国からの手紙を握ったまま。頬に涙の跡があるので、きっとお母様からだろう。


 この一か月は気丈にふるまってはいたけれど、本当は泣きたいのを我慢していたに違いない。幼いながらに自分の役目を自覚して、その地位と身分にふさわしくあろうとする。その健気さに、私の胸も熱くなる。


 この少年を心から慈しもう。それが女に生まれて子を成さなかった自分に、神様が与えてくれた大事な使命だと思った。


 主治医のジルベルト先生は、北の気候がうまく合えばアレクセイ様は健康に育つと請け負ってくれた。体が弱かった彼の母王妃も、大人になってからは病の心配をしなくて済むようになったと。抵抗力がつけば免疫力も上がるという。


 それを聞いて、私は心底ほっとした。ニコライ様に実子がいない以上、アレクセイ様はたった一人の後継者という役割を担う。心身ともに健康でなければ、その重責につぶれてしまうかもしれない。


「ニコライ陛下から目を離さないでいただきたいのです。特に夜は」


 アレクセイ様がぐっすり眠っていることを確かめた後、ジルベルト先生は声を抑えてそう言った。その深刻そうな声色に、私の胸に嫌な予感が走る。


「それはどういう意味でしょうか」

「陛下は病を患っているんです。できるだけ詳しく、日々の体調を教えてほしい。お願いできますか」


 胸を鋭い痛みが貫く。ニコライ様が病気? 十年前まではそんな話は聞いたことがなかった。昔から体を鍛えていたし、さっき会ったときも具合が悪い様子は見えなかった。


「あの、病って、悪い病気なんですか?」

「今すぐにどうこうなるというものではありません。ただ、治療法が見つかっていない。対処療法で進行を遅らせるしか、今の医学には方法がないんです」


 足が震えた。治療法がないって、治せない病気ということ? まさか命に危険が……。


「神殿は? 祈祷は効かないのですか」

「命を救うにはその対価となる命が必要です。完治にどれほどの神力が必要になるか、これから試していく予定です。私もできる限りのことをします。だから、あなたにも協力してほしい」

「分かりました。あの、もし治療法が見つからなかったら。そのときは……」

「今のままだと、余命は十年」


 思わず叫びそうになり、私は自分の口を両手で覆った。十年後でも、ニコライ様はまだ四十代。普通なら死ぬような年齢ではない。


 ガタガタと震える私の肩に、先生の手が置かれた。それは大きくて頼もしい手だった。手から伝わる温かさには安心感があって、私はなんとか落ち着きを取り戻した。


「大丈夫。きっと助けてみせます。希望を捨てないでください」

「よろしくお願いいたします。陛下の治療のためなら、何でもしますから」


 本音だった。ニコライ様の健康が取り戻せるなら、私は協力を惜しまない。絶対に治ってもらう。彼を死なせたりしない。


「あなたがいてよかった。愛妾なら陛下と夜を共にしても怪しまれない」

「怪しまれる? 皇帝が病なのに、誰が何を怪しむのですか?」


 世界中から名医を集めて、神殿から神皇様を呼ぶことだってできる。ニコライ様は大帝国の皇帝として、その命は何よりも尊いものとして優先されるはず。


「陛下は病を公表しないつもりです。今の体制になってまだ十年。国家転覆を企む輩も、革命の残党もいる。陛下の体に異変があれば、帝国の存続自体が危うくなるんです。アレクセイ様の立太子を急いだのも、現皇室の統治を磐石にするため」


 おかしいとは思っていた。ニコライ様はまだ三十代半ば。十分に実子を持てる年齢なのに、皇后を置かずに甥を皇太子にするなんて。

 心無い者たちは、皇帝は男色家だからと中傷するけれど、彼が女を愛せる男だということは、元婚約者の私が誰よりもよく知っていた。


「では、アリシア皇妹殿下もこのことをご存知なのですか?」

「いいえ。アレクセイ様の父カルロス国王と私以外に、誰も知る者はおりません。ニコライ陛下の希望で、他には知らせないことに」

「そんな……。では、なぜ私に?」

「陛下が信頼できるのはゾフィー様だけだと。陛下の心に添ってくれる唯一の女性と聞いています」

「陛下が、そんなことを……」


 胸に切ない思いが広がった。十年前、一方的にニコライ様を切ったのは私。ついさっきも意地になって、ひどいことを言ってしまった。


「いずれは、アレクセイ様も気付かれるでしょう。そうなる前に治療法を見つけたい。無用な心配をかけたくないんです」

「分かりましたわ。できるかぎり協力いたします。陛下の御心に適うように」


 ジルベルト先生は帝国滞在中に、私に病気や看護の知識、報告や調剤の方法を教えると約束してくれた。そして、きっと治ると励ましてくれた。それでも、私の胸は不安で押しつぶされそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これは動揺いたしますね(^^;)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ