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第7章 温泉旅館へ行こう

【温泉旅館へ行こう ミント】


 ドールハウス村から始まった一連のごたごたで、すっかり新婚旅行が中断していた。

 ドールハウス村にしばらく滞在予定だったのだが、宿の窓が粉々になり、他に宿の空きもないので、僕たちは違う場所へ行くことにした。


「温泉旅館?」

 僕が聞くと、

「そう。温泉旅館。

 元々東の国のものだけど、このあたりにも温泉が見つかったから、東の国の温泉旅館が支店を出したんだって。せっかくだし、行ってみようよ。」

 ヴェルは新婚旅行を続けるためにいろいろ探してくれたらしい。


 温泉自体は、薬師になる勉強をしている時に師匠に聞いたことがある。

 湯治と言って、病気や怪我を治すために行くこともあるらしい。

 薬師として、温泉に興味が湧いた僕は、

「うん!温泉旅館に行ってみたい。」

 と答えたのだった。


 ドールハウス村から馬で3時間ほどのところに、その温泉旅館はあった。

 東の国でよく見られる建物は、圧巻だった。

「ヴェル!すごいね!

 これが温泉旅館なんだね!」

 興奮して言う僕を見て、ヴェルはうれしそうに微笑んだ。

「喜んでもらえてよかった。

 さあ、行こうミント♪」


 温泉旅館に入ると、黒い髪を複雑に結い上げて、東の国の『着物』を着た女性が待っていた。

「ようこそいらっしゃいました。お手紙をいただいておりましたミント様とヴェル様ですね。

 ゆっくりとおくつろぎくださいませ。」

 と、お辞儀をして、部屋まで案内してくれた。

 どこを見ても見慣れない装飾や、絵が飾ってあり、僕はきょろきょろしながらついて行った。


 案内された部屋について、びっくりした。

 ドールハウス村の宿の何倍も広い黒の板張りの床に、満開の桜が見える大きな窓。

 その窓の向こうには、温泉らしきものが見えている。


「すごいねー!」

 と、僕が部屋を探検していると、ヴェルがクスクスと笑って言った。

「そんなに興奮しなくても温泉は逃げないよ?」


 用意されたお茶とお菓子を堪能しながら、以前から疑問に思っていたことをヴェルに聞いてみた。

「この前、銀の魔法使いが言っていたけど、初めて会った時、ヴェルの討伐依頼が出ていたの?」

「そうだね。出ていたみたいだね。」

 吸血鬼とヴァンパイアハンターがいるとはいえ、無差別に吸血鬼を見つけて退治している訳ではない。


 討伐依頼が出た時に、ヴァンパイアハンターの資格を持つ魔法使いが討伐にでる。

 つまり討伐依頼が出るような何かがあったんだろう。

「どうして、ヴェルに討伐依頼が出ていたの?」

「…ある貴族に求婚されて断ったら、逆恨みされて討伐依頼を出されたんだよ。困ったものだよねぇ。」

 ヴェルが苦笑いする。

 そんな理由で討伐依頼を出せるとは、貴族は謎である。

「ひどい!ヴェルに振られたからだったの?!」

 僕が立ち上がって怒ると、ヴェルがまあまあと宥めて座らせた。


「ミント、私のために怒ってくれてありがとう。でも今は、私のことだけ考えて?新婚旅行中だよ?」

 と言って、僕の頬に口付けた。


 順番に温泉に入って、用意されていた着物を着たヴェルはとても綺麗だった。

 白い肌が温泉で温まり赤く染まって、黒地に桜模様の着物がよく似合っていた。

「どう?ミント。似合う?」

 と聞くヴェルがかわいすぎて、僕は思わず抱きしめた。



【ヴェル】

 布団の中でミントの腕枕でまどろんでいると、ミントが私のおでこに口付けながら、髪を優しく撫でていた。私がうっすら目を開けると、

「ごめん、ヴェル起こしちゃった?」

 とミントがすまなそうに、ぎゅっと私を抱きしめた。

「ヴェル、無理させてごめんね。どこもつらくない?」

 心配そうに聞くミントの首筋には私の噛み跡。

 私もきっと同じようなものだろう。

「大丈夫だよ。ありがとう、ミント。」

 少しだるい体を動かして、ミントに口付ける。

 このまま朝までミントの腕の中で眠りたい。

 しかし、そうは問屋が卸さないようだ。

「ねぇ、ヴェル。前に、吸血鬼は子育てをしないって言ってたけど、どうやって大きくなるの?」

 そういえばそんな話をしたような…。

「吸血鬼は、放っておいても勝手に育つ…と言いたいところだけど、違うよ。

 私みたいに昔から生きている吸血鬼は、だいたいが貴族の生まれだから、乳母や侍女に育てられるんだよ。

 吸血鬼は自由な生活を望む者が多いから、子育てに縛られたくないんだろうね。」

 私の両親は私の子育てを使用人に任せて自由に世界中を飛び回っていた。

 その旅の途中で、ヴァンパイアハンターに討伐されてしまったらしい。昔は今のように理由がなくても、吸血鬼は討伐対象だった。

 などと昔のことを考えていると、ミントが私の腕を掴んだ。

「ヴェルも自由に生きたい…?」

「どうしたの?ミント。私は今自由に生きてるよ?」

「…だから…その…ヴェルと僕に子どもが生まれても、自由に生きたい?」

 なるほど。そういう話かと納得する。

「あのね、ミント。私はミントのそばにいれば幸せなんだよ。だから、もしミントとの間に子どもが生まれれば、ミントと2人で子どもを育てるよ?」

「ついでにいえば、私は一族の遺産を丸々持っているから、子育てのお金も心配ないよ。

 もちろん、ミントと一緒に薬屋さんも続けるし。」

 珍しくミントが黙ったままでいる。

 何かまずいことでも言っただろうか。


「ミント?どうしたの?」

「ありがとうヴェル。一緒に子育てできるって知ってうれしくて…。」

 ミントの瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。

 私はそれを唇で拭うと、

「ミントの泣き虫。

 それに、まだいない子どものことでそこまで心配していたの?」


 ふふっと私が笑うと、ミントは体を反転させて言った。

「…早くヴェルとの子どもが見たいな。」

 そして私の首筋に顔を埋めた…。


 …私が泥のような眠りに落ちることができたのは、もう空が白々と明け始めた頃だった。

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