第五章 新婚旅行に行こう!
【新婚旅行に行こう! ミント】
窓からはとうに高く昇った太陽の光が差している。
同じベッドの自分の隣りには大好きな大好きなヴェルが一矢纏わぬ姿で眠っている。
ヴェルの首筋には、昨夜吸血鬼になった自分が噛んだ牙の跡。
「ん…ミント…おはよう」
幸せな気持ちでいっぱいになりながら眺めていると、ヴェルが気だるそうに目を開けた。
「おはよう、ヴェル。…大丈夫?」
「それは私のセリフな気がするんだけど…。
私は…ちょっとだるいけど大丈夫。
それより、ミントは吸血鬼になってどう?大丈夫?」
ヴェルは心配そうにミントの頬に触れた。
「うん!何の違和感もないよ。不思議なくらいいつも通り!
…だけど、ヴェルの血が欲しいかも…あとヴェル…」
はぁーっとため息をつくヴェル。
「…ミント、これ以上はダメ。私の血が足りなくなっちゃう。…もうひとつの方は、また夜ね?」
ヴェルは耳元で優しく囁いて、ミントの頬に口付けた。
「ヴェル〜!大好き。僕ごはん作ってくるね。ヴェルはまだ休んでて。」
幸せいっぱいの笑顔を浮かべたミントは、ヴェルの好きなフレンチトーストを作ろう!と、急いで身支度を整えてキッチンへ向かうのだった。
【新婚旅行に行こう! ヴェル】
朝、目が覚めたらミントが幸せそうな顔で私を見ていた。
昨夜のミントと寸分違わぬ姿で…と言いたいところだが、首筋や鎖骨付近に複数の牙の跡。
昨夜、ミントが私の中で爆けた瞬間、彼は吸血鬼になった。
吸血鬼になる瞬間、ミントが苦しんだり、気を失ったりするんだろうかと、初めての契りに乱れる息の中心配して見ていたのだが、少しの間を置いてミントはこう言った。
「ヴェルの血が欲しい」と。
そして、新しく生えた牙を私の首筋に突き立てた。
そしてそのまま、朝までお互いを堪能した。
…つまり、吸血鬼になるのがこんなにあっさりしたものでいいのか?と思うほどに、何の問題も起きなかったのだ。
問題があるとすれば、お互いに初めての経験に夢中になり、お互いの血と、私の体力がごっそり失われたことくらいだ。
ほっとしたら、お腹がすいてきた。
しかし、ミントは違うようでさらに甘い声で私を求めてきた。
しかし、私はもう限界だ。
なんとか重い体をあげて、これ以上は無理とミントの耳に囁くと、彼は足取り軽く朝食を作りに行った。
このままでは、私の血と体力が尽きてしまう。
何か手を打たねば…。
しばらくして、あつあつとろとろのフレンチトーストを運んできたミントに告げた。
「新婚旅行に行こう!」と。
【ミント】
ヴェルの好きなハチミツたっぷりフレンチトーストを作って寝室に戻ると、身支度を整えたヴェルが「新婚旅行に行こう!」と言った。
新婚旅行!!
ヴェルと2人きりで旅行に行くんだと思うと、うれしくて、あやうくフレンチトーストを落とすところだった。
「行きたい!新婚旅行!
店番は、隣のレオさんに頼むとして…
ね、ヴェルはどこに行きたい?」
フレンチトーストを一口に切り分け、怠そうなヴェルの口に入れながらも、頭は新婚旅行のことでいっぱいになっている。
「私はどこでもいいよ?ミント一緒ならね。」
おいしそうにフレンチトーストを食べながら、ヴェルはそう言って微笑んだ。
かわいい、ヴェル。
そうだ!かわいいヴェルに似合うとっておきのところに行こう!
「ヴェル、ドールハウスの村って知ってる?」
こうして、新婚旅行の一つ目の行き先は「ドールハウスの村」に決定したのだった。
【開かずのドールハウス ミント】
僕たちは、新婚旅行で「ドールハウス村」を訪れた。そこは、その名の通りドールハウスの様な家々が建ち並ぶかわいい村だ。
さらに本物の小さいドールハウスも村の中に点在している。
思わず感動して景色を見ていると、初老の男性が声をかけてきた。
手紙で事前に宿を取っていたので、迎えに出てくれたのだろう。
「ミント様とヴェル様ですね?
ドールハウス村へようこそ。
私は、村長のミハエルと申します。
長旅お疲れ様でした。とりあえず宿へご案内しますね。」
そう言って5分ほど歩いた場所に、彼らの宿があった。村長さんが案内してくれた宿は、他の家々と同じ様に、ドールハウスを大きくした様なかわいい一軒家だった。
「すてきですね。」
「本当だ。すてきだし、とってもかわいいね」
ヴェルも目を輝かせている。
「ここは好きに使っていただいてかまいません。
お食事は、近くの食堂で召し上がっていただいても、こちらのキッチンで作っていただいても大丈夫です。何か不都合があれば、村の入り口のそばの私の家までお知らせください。
…ここからは、注意事項なのですが、村の一番奥の小さなドールハウスには近づかないでください。
最近、夜になると叫び声や泣き声が聞こえてくると村人が怖がっていまして…。
調べようにもなぜか扉が開かないので、どうしようもないのですよ。
せっかくの新婚旅行ですし、怖い目に遭うのはどうかと思い、恥ずかしながらお話しさせていただきました。このことは村の外では他言無用でお願いします。では、ごゆっくりおくつろぎください。」
と言って村長さんは戻って行った。
「開かずのドールハウスねぇ…」
ヴェルが腕を組んで考え込んでいる。
「ヴェル、何か心当たりでもあるの?」
「…まあね。放っておいてもいいんだけど、面倒なことになりそうだし、今夜片付けに行こうか。」
「うん!!ホラースポットとかワクワクしちゃうし、行きたい行きたい!!」
喜ぶ僕に、
「…ミントって、ちょっと変わってるよね…」
とヴェルは呆れ顔で言った。
その日の夜、僕らは開かずのドールハウスを見に村の奥まできていた。
住民は怖いからか、誰も外に出ていない。
かなり暗いのでランタンで照らしながら、開かずのドールハウスを探す。
「あったよ、ミント。」
ランタンなしでも見えるらしいヴェルが、先にドールハウスを見つけた。
僕もベテラン吸血鬼になったら、暗いところでも見える様になるのかな?と思っていると、ヴェルが足を止めた。
「かすかに泣き声が聞こえるね。それに魔法陣が見えるし、これは嫌な予感が的中だよ。やれやれ…。」
ちょっと、いや、かなりめんどくさそうにしているヴェルが不思議で、ヴェルの袖を引っ張る。
「おばけとかいるの?めんどくさいおばけって何かよくわからないけど…。」
全く怖がらない僕に、呆れ顔でヴェルが言う。
「…ミント、何ワクワクしてるの…。本当に怖くないんだね。」
と、ヴェルが苦笑する。
「お化けはいないけど、厄介なヤツはいるかな。
…ノワール!!」
なぜかヴェルがペットのコウモリの名前を呼んだ。
黒い煙と共に、目の前に壮年の燕尾服の男性が立っていた。
「お呼びでしょうか、我が主。」
「え?!ヴェル!!ノワールちゃんって人間だったの?!」
ミントが目を丸くして言うと、ヴェルではなくノワールだという男性が答えた。
「ミント様は、この姿を見るのは初めてでございましたね。私は悪魔で、偉大なるヴェル様のしもべであるノワールと申します。以後、お見知り置きを。」
と、恭しく一礼した。
「ノワールちゃ…いえ、ノワールさん、こちらこそよろしくお願いします」
驚きつつも頭を下げる。かわいいコウモリのノワールちゃんが、こんなにかっこいい人だったとは!
「ミント、ノワール。微笑ましい自己紹介が済んだなら、本題に入っていいかな?」
ヴェルの真剣な表情に、居住いを正す2人。
「恐れながらヴェル様。このドールハウスには、魔法使いが2人閉じ込められて…というより、自分で入って出られなくなってしまったように推察いたしますが…。」
「そうみたいだね。ただ中の2人が魔法使い兼ヴァンパイアハンターなんだよね…。しかも長年私に負け続けているのに、なぜか諦めないしつこい子たちなんだよ…。
面倒だからドールハウスごと燃やすか、異空間に捨てたいけど、さすがにまずいよね…」
ヴェルが怖いことを言っている気がする…。
「恐れながらそれは避けた方がよろしいかと…。
ここは、不肖ノワールにお任せいただけませんでしょうか。」
ノワールは恭しくヴェルに頭を下げる。
「…ミントに危害が加わらないならかまわないよ?」
「もちろんでございます。我が主とその伴侶の御身に傷一つつけることはございません。」
キッパリと言うノワールに、ヴェルは頷いた。
「じゃあ、任せる。
ミントは、私と私の張る結界の中にいて。」
ヴェルはそう言って、僕とヴェルを大きなシャボン玉の様な物で包み込んだ。
「では、始めさせていただきます。」
そう言うと、ノワールは何かを唱えながらドールハウスの扉を開けた。
ボンッ!!
大きな音とともに2人の魔法使いが目の前に現れた。勢い良く飛び出した様で、地面に這った状態だ。
「そこなる2人、我が主の名でドールハウスの戒めから解き放った。お前たちもわかっていたと思うが、あと数日でドールハウスに飲まれてしまうところだった。
つまり我が主は、お前たちの命の恩人という訳だ。
魔法使いたる者この意味がわからないとは言うまいな?」
迫力がある低い声音でノワールが言った。
1人の魔法使いがなんとか起き上がって平伏した。
「た、助けていただきありがとうございました。
このドールハウスの中にある宝石に目が眩んで無理やり魔法で扉をこじ開けたら吸い込まれて出られなくなってしまったんです…。
今までヴェル様には数々の無礼を働いてしまったにも関わらず、お助けいただいたこと感謝いたします。
今後は、ヴェル様にお仕えさせて頂きたく思います。」
…しつこいヴァンパイアハンター兼魔法使いの割に、チョロくない?とミントが思っていると、
「このドールハウスにはね、宝石を取ろうとすると永遠の闇に囚われて、二度と出られない魔法がかけてあるみたいなんだよ。だから、ね?」
と、ヴェルはミントに耳打ちしてから、
「仕方ないね。今までのことを私が忘れるくらいは役に立ってもらうから、覚悟してね?
このミントは私の伴侶だから、私と同じ様に敬うんだよ?じゃないと、ドールハウスよりも怖いところに行ってもらうからね?」
と、冷たい笑いを浮かべたヴェルが睨め付ける。
「かしこまりました。私どもは今後、ヴェル様とミント様に従い、身を粉にして働かせていただきます。」
と、彼は怯えながらも深々と頭を下げた。
「わかった。ちゃんと働いてね?ノワールあとは頼むね。」
あっさりと2人をノワールに託すと
「さあ、ミント!宿に戻ってゆっくり休もう?疲れたよね?」
「う、うん。」
よくわからないけど、ヴェルが強い(ノワールさんが強い?)ことがわかって、自分のことの様に誇らしく嬉しくなったミントは、愛しいヴェルと手を繋いで宿に向かって歩きだしたのだった。