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第6話 事情と秘密


「なぜ殺さない」

「お前は、この一ヶ月かそこら生きてきたんだろう? ならば食料や水の場所を知っているはずだ。それを吐いてもらう」

「……そんなことか」

「許していないわけじゃあない。首を切ってやりたい気持ちもある。だが、今はここを抜け出したいからな」

「けっ!」


 ダーティは舌打ちをしながら。右腕の短剣をケイルの足元へと投げ捨てる。そもそも火傷と金属片の傷で満足にはもはや抵抗はできないと踏んだのだった。それに刻紋術師のレディミアの存在だ。彼女が望めばまたあの火の玉が彼を襲うだろう。ケイルに一矢を与える前に焼かれかねないことは明白だった。

 

「そのまま両手を頭の後ろだ。そしてそのまま腹ばいになれ」


 ケイルの言葉におとなしくダーティは従った。それを見届けるとケイルは彼の背中を踏みつけにして抑えつける。


「レミ、紐出してくれ」

「えー、わかった」

「ありがとう」


 不満そうな表情をしたレディミアだったが、仕方無しにと彼女のかばんから麻ひもを取り出し、彼へと手渡した。その後はすぐに上着に飛びついてそれをいそいそと着た。ケイルはもらった紐を半分に切り、一方でダーティの腕を後ろ手に結び、一方で足を肩幅程度にゆとりをもたせつつ結ぶ。

 その手際の良さにダーティも関心する。


「傭兵のくせに手際がいいことで」

「まぁ、仕事だからな」


 よくわからないといった表情で彼は言葉に詰まるが、どうでもいいことだと思い直したかその場で目を伏せされるがままにした。ケイルはダーティの左足の怪我を見る。火傷やケイルの放った金属片の怪我よりも酷いものだった。

 深くえぐれたように何かが突き刺さった後だ。これほどの傷を受けつつ良く姿勢良く立っていたとケイルが思うほどであった。


「この傷は何で受けた? 魔獣か?」

「違う。一度揺れがあったろう。そのときに寝ていたら、たまたま天井から降ってきた石にやられた」

蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグか……」


 地下に落ちてから揺れを感じたことはない。ということは、彼が怪我をしたのは、ケイルたちが広場で蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグに出会った時のものだろう。この広大な地下の迷路でも同様に揺れたのかも知れないと彼は検討をつける。


「知らん。そもそもこの階層には魔獣はいない」

「なぜ知ってる?」

「教えん」

「立場わかっているのか? さっきもここから絶対に抜けれるような口ぶりだったな。出口を知っているのか? そもそもお前は誰だ」

「ふん、ガキが……うぐぅあ!」


 押さえつけたまま左足のふとももの裏から押し付ける。痛みにダーティがもがくがケイルの表情を変えることはない。ケイルからすればこれぐらいのことはいつものことであった。彼は衛視として街で法を犯したものの取締をしている。その間に覚えたのは剣術ではなく、簡単にできる捕縛方法と口の割らせ方ぐらいだった。始めは抵抗もあったもののあまりにも数をやるとその感覚も麻痺してしまっていた。


「わかっているのか」

「ケイル」


 レディミアが諌めるような口調で言うため、彼ははっとして足に力を込めていたのを止めた。


「……ダーティ・ドライン」


 彼はそう苦々しく自分の名を言った。それが本名かどうかは知らないが、彼自身はその名を自称し慣れているのだろうことはわかった。ケイルは彼の上に膝を立てて抑えたままどうするかを考える。殺してしまうのが手っ取り早いが、先程も言ったとおり彼がどうやって一ヶ月近く生き残っていたのかに興味があった。それにわざわざレディミアの前で殺人をする気にもなれなかったのだ。連れていくしかないが、怪我のこともありどこまでの面倒みればいいのか少し迷う。


「ドライン……?」

「知っているのか、女」

「私は、レディミアよ。ドラインって諸国連盟の一角の家系じゃあ?」

「ふん、あの糞も有名なもんだ」

「じゃあ本当に? 何? あなた達、諸国連盟の使節団?」


 ダーティは黙して彼女から視線をそらす。彼女はそれを肯定と受けとった。


「そうみたいね」

「諸国連盟ってアルベン荒野の向こうのか」

「ええ、アバッティオ諸国連盟ね。広大な草原地帯の覇者たちの集まりよ」

「なんでこんなとこに?」

「どうせ、うちのとこと一緒でしょ」

「不老不死の秘薬か……」


 ケイル自身は「不老不死の秘薬」ふなどという物の存在は疑わしかった。そんあんものがあるならば、現在の鐘楼教の鐘嗣以上の者たちが手に入れれていないわけもないと考えていた。彼らは国家の王などよりも権威も権力もその実、上だと思えるほどの力を持っている。実際にその権勢を振るうことは禁法に定められているからないが、間接的にでさえ一国程度なら動かせるのが彼らだ。

 それほどまでに上り詰めた者たちが、小国のアルベニン王国が手にしたいと思うものを手に入れようと考えないわけもないと考えられた。

 そもそもと彼は思う。聖書ラティンによれば、人間の不老不死は人間の浅ましさによるものによって聖霊かみによって取り除かれた一面である。それを叶える力を聖霊や天龍が許すはずもないと彼は考えていた。いくら古代文明の遺跡だろうとそれは一緒だと。この世界の理なのだから、それを覆すことは、まさに神にでもお願いしなければ叶うはずもないとケイルは思っていた。


「じゃあ、出口って話は迎えの増援の話か」

「わからないよ、上はあんなんだったし」

「何の話だ」

「ダーティ、お前はどこで落とされた?」

「中央神殿内部に蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグがいた。対応しようとした所を落とされた」

「じゃあ、あれを起こしたのはお前らか。迷惑な話だ」

「ふん、貴様らもどうせ探索に出たのだろう? なら、結局起こしてる」

「まぁそうか。言っとくけど、上のお仲間さんは誰ひとりいなかったぞ。そりゃ、俺らみたいに地下のこういう構造体の中にいる可能性はあるけど」

「な……そんなはずは……」

独王蛇(クインテラ)を倒せるつもりだったのか」


 ケイルは呆れたといった顔をするが、ダーティはありえないと呟き顔を伏せた。そして何事か考えるように黙り込む。ケイルはただ時間を稼ぐつもりであの魔獣に剣を向けた。けれど、実際に勝てるなぞ一縷も思ってはなかった。そもそもほぼ伝説的な人物以外が倒すことのできない魔獣をただの傭兵にして衛視の彼が一矢でも報いることができれば御の字と言えただろう。故に、レディミアの一矢は他国にも宣伝できる得るほどの成果と言える。鐘師でない人間が最強格の魔獣への攻撃はまさに伝説と言える一撃であったのだ。


「鐘師でもいたんじゃないの?」

「さぁな、まぁ能力が厄介だからな。鐘師様がいたところで一人なら無理だろうな」

「そうね」


 ケイルとレディミアはそう解釈したが、ダーティは何も言わず俯いていた。ケイルは不審に思うもののそれ以外は彼には思いつかない。レディミアにしてもそう考えるぐらいしかないのと感じていた。


「レミ、すまないが代われるか?」

「ええ。ダーティ・ドライン、動かないでね。動いたらもう一度焼く」


 彼女は左手を彼へとかざす。すると彼女の肩に浮いていた火の玉が彼の真上に移動して部屋を照らす。レディミアは深く呼吸しながらダーティを見る。ダーティはどこか達観したようにも見えるほど大人しくしていた。


「ねぇ、あなた本当に諸国連盟から派遣なの? それにしては服が粗末ね」

「好きに考えとけ」

「よし、じゃあまず」

「何をする気だ……」


 ケイルは着替えと装備を着替えを済ますとダーティの傍により身体を仰向けに変える。ダーティはなされるままだが、怪訝そうに文句を言う。

 彼は躊躇せずそのままダーティの足の怪我を見るため、彼の持っていた短剣を使って大きく彼のズボンを斬り裂く。傷は腿をえぐるような状態になり、未だに出血をしていた。


「よくこの状態で動けたな、レミ」

「はい」

「な……」

「今、死なれたら困るからな。血ぐらいは止めろ」

「馬鹿なのか」

「助けてあげてるのに失礼ね」


 ケイルは傷跡を確認した後、血を布で簡単に拭い聖粉を少しだけだが、彼の傷へと散らす。聖粉は基本的に内服が外傷においてはそのまま振りまくだけでも効果のあるまさに奇跡の薬であった。きっちりと怪我を治すためには、量が必要となるが怪我や病気の進行を遅らす程度であれば十分な量であった。

 そして、驚いているダーティの腿の傷の上から止血代わりに布を強く巻きつける。ダーティはうめき声を上げる。




◆       ◆       ◆




「ここか?」

「そうだ」


 ダーティに食料のあるという部屋へと案内させた。半開きになった石の扉を開けるとそこには倉庫のようになっている石室であった。ひんやりとしていた地下の空間の中でもさらにひんやりしている感じをケイルは受けた。

 レディミアの出した火球は明かりとして中に入ると天井付近まで上昇させ部屋全体が仄かに照らされる。天井もやけに高い部屋であった。そして、これまで通ってきた部屋とは違い、装飾がほとんどなく、絵画や彫刻といった類のものもなく、木組みの棚のような残骸が転がっていた。部屋というより、倉庫といった感じを受ける居室であった。


「どこに食料が……」

「奥だ。俺ら(ヽヽ)の持ってきたものがある」

「俺ら?」

「ああ、独王蛇(クインテラ)落とした(ヽヽヽヽ)ものだろう。荷馬車がそのまま落ちていた」

「本当か?」

「嘘言っても仕方ねえ。まぁ、見れば分かる」

「それで上にはなかったのね」


 確かに、とケイルはレディミアの言葉に合点がいった。百人近い人員であったなら荷馬車の類で食料を大量に持ち込んでいなければあそこに逗留できないだろう。それが地上にはなかった。あの蛇の魔獣が暴れた際に人もろともこの地下へと沈めたのだろう。それならば、他の人間もいるのではないかとケイルは少し警戒の色を強めながら倉庫の中を進む。部屋自体はレディミアの創り出した火球が照らし出しているため、暗闇に紛れて隠れていることは難しい。それが先程の失態につながるのだから二度と起こさないようにケイルは静かに気持ちを整える。先行させているダーティの顔色は窺えないが、口調からは緊張を感じない。殺されなかったことでケイルたちを舐めているのだろうかと思いながらも進む。

 部屋の奥に大口の二枚扉が開いた状態で見えた。床を見れば

最近開けたような塵の後が新しい。ダーティが開けたものだろうと判断して彼が言っていた場所についたのだと感じる。

 レディミアに目配せして火球が天井近くから降りてくる。それが先行して部屋の奥を照らし出す。扉の向こうは同じような作りになっていた。明かりに反応する影はなく、ケイルは警戒しながらもほっとする。


「あれか」


 部屋に入るとすぐにそれはあった。まだ新しい荷馬車が大破し、上に載せた食料の袋らしきものが山積みに散乱している。そして鼻につく匂いに眉をひそめる。レディミアも同様のようで片手で口元を覆っている。


「う……」

「何の匂いだ」

「死体だ……」


 ダーティがくいと首だけで荷馬車を指す。よく見ると、袋の下付近に赤黒い跡が伸びている。


「下敷きになっているのか……」

「ああ、重さが重さだ。どうにもならん」


 袋の量を考えるとケイル達だけで退かすこともできない。ダーティ一人だと動かすだけで日が暮れるだろう。眉をひそめるが、どうにもできないし触るのも億劫になる状態だろうことは察することができた。


「さて、案内したぜ? どうする?」

「まだ、食べれる状態か確認が終わってない。それに――うわ!」

「――何! また地揺れ?」

「ちっ、――っう!」



 ドシンと地中の底から突き上げるような建物全体がしなり声を上げた途端に揺れが始まる。ダーティはバランスを保てずその場に顔から転倒する。ケイルとレディミアの二人も立っていることができず、その場に膝を折って手で支えながら耐える。

 天井が崩壊しかねないと思えるほどの揺れだが、建物は不思議に音を立てるだけで崩れない。けれど、荷馬車に乗っている袋や部屋に頃がている角材などがズリズリと滑る。


「なんだってんだ!」

独王蛇(クインテラ)かしら……」


 しばらくして揺れが収まる。ケイル達は辺りを確認しながら立ち上がる。ダーティは転がったままじっとしていたが、ケイルが肩を引っ張って無理やり起こす。


「お前はこれの原因知ってるのか?」

「わかるかよ。独王蛇(クインテラ)じゃあねえだろうな」

「なぜだ?」

「アレの能力は地下潜行だろうが。揺れると思ってんのか」

「はぁ? 私達と遭遇したときも揺れたわよ。アレのせいじゃなかったらなんだっての。いや……」

「知るか、ここはいつも揺れてら」


 レディミアがはっとしたように黙り込み思考にふける。ケイルも考えるが、答えは出ない。蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグとの遭遇時にも巨大な揺れが起きた。そのため、簡単に奴が起こしたのだろうと思いこんでいた。そうでないとするなら、一体この地揺れを引き起こしているものが何だというのだとケイルは思う。


「いつもってのは一定の時間てこと?」

「この暗闇の中で時間が分かるわけねえだろ。ただ、上にいる時は日に一度揺れてたのは確かだ」

「じゃあ、これは、何? 地下に他に何かいる?」


 レディミアは誰に問いかけるようでなく、俯きながら呟いた。


「地下に何がいようとまずは関係がない。出口探した方が良い」

「そうね。まぁ蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグより悪いなんてものがあるわけないし」

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