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第4話 壊落の火


「ケイル!」

「逃げろ!」



 ケイルは殿を願い出た。皆が潰走する中であの化け物を抑え役がいないと全滅が必死なのは理解できたからだ。彼には失いたくない者がいる。失っては困るものがある。だから、彼は死をかけてそれを逃したかったのだ。

 故に彼は腰の剣を抜いた。

 すぐ後ろにレディミアが立っている。逃げようとしない彼女にしびれを切らし、怒鳴り返した。逃げるしかない状況なのだから、彼女が後ろに立ち止まれるのが一番困るのだ。殿に出る意味がなくなってしまう。


「頼むから逃げてくれ!」

「お前が逃げろ!」


 彼の側にやってきたのはアングスであった。手に持つ戦斧を彼の前に出して怒鳴りつける。彼の目には怒りが見えたが、背後にいるレディミアを気にかけているようだった。


「アングスさん!」

「行け! 護ってやれ!」

「ちょッ……! お父さん!」


 アングスは二人の二班の人員を連れていた。ケイルはそれを見て直ぐに判断を変えた。唇を強く噛みながら背後にいたレディミアを担ぎ上げる。そして城門へと走った。レディミアは一瞬反応が遅れたが、ケイルの背中を叩いて抗議する。無視して彼は走る。

 残されたアングスたちは見送ることもせず、眼前に高く上体を直立して睥睨している蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグを見る。まさに悪魔の軍勢の貴族にふさわしい威容だと感心する。逆立つ毛並みに巨大な人間の顔。紫紺の鱗は芸術的な艶かしさを持っている。


「オラァ! 仲間は殺させねえぞ!」


 その時、認識すらできなかった。二人いた仲間が、文字通り地に沈んだ。相手が何をしたのか、理解もできなかった。叫んだアングスは、一人で戦斧を構えていた。


「は?」


 覚悟を決めた戦闘であったが、まるで相手にされた素振りも見せずに仲間を失ったアングスは思わず情けない声を出してしまった。そしてそのせいで一瞬、反応が遅れた。蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグの尾先が彼の体を叩いたのだ。

 腕をわずかに動かして先に当てさせたのはアングスの経験の結果だった。その反応が即死を免れさせたのだ。彼の体は小石を蹴飛ばしたように吹き飛び、広場を囲う建物の壁に激突する。アングスはその意識を失う。もはや、戦うという話になっていなかった。羽虫が獣に戦うがごとくの決着であった。


 蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグが自分が吹き飛ばしたアングスの方へ顔を向ける。一瞥してから逃げ惑う人間を見るように視線を動かした時、城門傍に火球が見えた。それは、松明の火とは違う。そして、声がした。


『――貴女の形造る神の器――』


 蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグは声を上げる。奇声はその声だけで衝撃を起こす。そして体を凄まじい速度で火球へと突っ込んでいく。


『――逝きなさい――』


 火球が五つに割れ、蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグへと殺到する。一撃が顔面へと直撃する。しかし、それを気にせず、大口を開けて火球を産み出した人間へとその牙を突き立てようとした。

 瞬間。火球がぶつかった部分が光熱の光を伴い爆発する。思わず、蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグも体をのけぞり、突進を止めたのだ。続いて残りの四つのぶつかった胴体部分で爆発が起きる。それにより蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグの体が大きくうねり暴れた。尾が建物にぶつかり、建物に穴を開け、大地を叩けば地面に穴が掘られる。必殺の威力を誇る巨体が広場を蹂躙する。

 声が響く。




『――もう一度、貴女の力を貸しなさい。それが貴女のためになる――』


 レディミアは詠唱が続いて始める。彼女の目には父親のアングスが吹き飛ばした蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグへの怒りが映る。全身全霊を込めて彼女は急ぎ早に言葉を紡ぐ。


(許さない……!)


『――火球よ集え。私の名前は、レディミア・オンディーキ。貴方のための神の器――』

「レミ任せた!」


 彼女の言葉を聞かずにケイルは彼女の脇から飛び出す。弓持ちが落としていた弓を手にしており、構えて適当に蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグへと撃つ。暴れていた蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグも落ち着きを取り戻したように辺りを見回す。そして目の前のレディミアを見つけているところであった。矢は逆立つ毛に当たるが、刺さりはしないでその場に落ちる。だが、それにより蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグの気を逸らすことに成功する。


「こっちだ、クソ蛇!!」


 弓を捨て、腰の剣を抜く。だが、気を逸らせたのは一瞥をくれる一瞬だけであった。まるで彼を敵と見ない態度に舌打ちを打つが、どうにか時間を稼ぐために踏み込んで突っ込もうとした時であった。

 左から蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグの尾先が反応速度超えて振られたのだ。彼は下からの切り上げを行うため、左側に剣を構えていたことは偶然であった。ケイルの目に入ったときにはすでに当たる瞬間であった。たまたまあった刀身が先に衝突し、クッションの役割を果たす。彼が飛びかかろうと踏み込んでいたことも幸いした。しかし、一時的なものであり、直撃を受けた衝撃は彼自身をはるか城門の壁へと吹き飛ばした。


(な、に……が……?)


 意識が繋がっていたのも偶然であった。彼は城壁に叩きつけられた衝撃で意識を手放したが、そこからはがれ落ち、地面へ落ちた衝撃で意識が回復したのだ。彼は、朦朧とする中で意思を持って立ち上がろうとする。左腕はまるでいうことを聞かず、身体を内蔵をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたかのような激痛が彼を襲っている。

 けれど立たなければならないと強く強く願い彼は、もがくように剣を地面に突き立てる。そして膝を立てゆっくりと前を向く。左側の視覚がまるで見えないことに気づく。しかし、驚いている場合ではない。彼が倒れれば、彼女をレディミアを守る者はいなくなる。

 故に、彼は立ちあがる。もはや平衡感覚もない。視界はかすみぐにゃりと歪む。彼の耳は、衝撃の金切り音だけが響き、何も聞こえない。いや、聞こえた。わずかに聞き慣れた少女の声だけが彼に聞こえた。


『――放たれるは、火の衝撃。滅ぼしなさい!――』



 光が広場を蹂躙する。先ほどの爆発よりもより大きい爆発音と衝撃波に突き立てた剣にすがるように耐えたのだった。




 彼女は見た。僅かな隙を作り出したケイルのことを見た。視界の隅で蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグの攻撃の直撃を受け、吹き飛ばされる姿を。眼前の敵は、彼を一顧だにしなかったが、彼が作った隙は彼女の詠唱を間に合わさせた。


 左腕に集中する力を感じ、そして得心のできる彼女が打てる最大火力で作り出した火球を見送る。大きい的だ。外す道理もなく、直進した火球は彼女の背丈と変わらぬ大きさとなって蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグに激突する。瞬きする暇の無く、太陽かごとく強烈な光を放つ。彼女も腕で目を覆い、爆発を受けた。一瞬の踏ん張りの抵抗をしたものの彼女は後ろへと吹き飛ばされる。

 城壁傍にまで吹き飛ばされてからどぉ地面に打ち付けた痛みで顔を歪ませる。だが、その威力に勝利を感じながらも彼女は顔を上げた。

 そこにケイルはいた。彼は自身の剣の柄にしだれかかるようにしながらも膝を立て耐えていた。見るからに満身創痍な風体であったが、剣を支えに立っていた。その姿が強烈で彼女は、自信の生み出した火球の結果を見るのが遅れた。



 衝撃波と爆発音が広がり、そしてそれは塔のごとき太さの火柱となり空へと伸びた。竜が空へ昇るが如く空高く吐き上がる炎柱は、壮絶な熱と光を放ちつつ自身の内にいる敵を焼く。

 逃げようと城門を越えていた者たちもその衝撃に思わず、足を止め振り返る。城壁内にいたものもみな彼女同様吹き飛ばされて城壁そばに固まった。


「なーにが起きてるんすか?」


 城壁に叩きつけられたパンクのつぶやきに答える者はいなかったが、みな同様の気持ちであった。刻紋術は、時代を変えたと喧伝されていたが、実際見ることは彼らはなかった。使い手は幾人も見たこと合ったが、彼ら彼女らが力を揮ったところで戦況が変わるほどの衝撃はなかったのだ。

 そもそも発祥が大陸の西の端であり、発展及び拡大の中心は大陸北部の国家であったのだ。アルベニア地域は遅れていたのだ。故に、それほどの関心を抱いていなかった。

 けれど、彼女だ。

 団長の娘にして国家の研究者にして刻紋術者となり、幾度と見せてもらっていた。しかし、これほどの威力は初めての経験だった。敏い者なら彼女の力を使えば戦場が変わると確信した。それほどの熱量と力強さをあの立ち昇る炎柱には込められていた。


 炎柱の中では、蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグが火に釣られるように直立し焼かれている。身体のほとんどを炎柱の中にあり、その攻撃による傷は致命たり得るとその場にいた誰もが想っていた。蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグは全身の自慢の紫紺の鱗も熱にはさほどの強度を誇れない。灼熱に身を焼かれながらも蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグは、自身の能力を発動させる。もはや、後先考えない行使である。それは広場全体に広がりを見せる。





「ケイル? ケイル!」


 レディミアは意識が曖昧な様子のケイルに声をかける。ケイルの肩を支えるとやっと彼女に気づいたように顔を向けた。彼は驚きとともに安心したような表情を見せる。彼女は外傷自体は少ない。けれど彼女の左手は青黒く腫れている。ろくに握ることも彼女はできないでいた。そして何より、天地がひっくり返ったのではないかと言うほど、彼女の視界はぐるりぐるりと回転する。胃の内容物が今にもせり上がってきそうなほど気分も悪く、刻紋術の副作用だと彼女は判断する。

 レディミアが出せる全力を込めたのだ。自身としても初めてに近い力の行使がしっかりと発動できたことに喜びもあった。あの火は必ず、あの魔獣を焼くだろう。死を経験させるに違いないと彼女は確信している。魔獣は致命傷に思える傷も回復できる力がある。そして耐久力自体も尋常ではない。貴族種である蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグであればなおのことだろう。しかし、それでもあの継続する火柱を抜けることができていない魔獣を倒すことは可能なはずだと彼女は考えていた。

 だから、自身の身体を沈むことに気づくのに遅れた。

 まるでいきなり空中に投げ出されたような感覚に驚くと彼女の身体は半分が地面に埋まっていた。正確には沈んでいた。氷から水に飛び込んだかのような感覚である。隣を見るとケイルも沈んでいた。彼自身はそれを捉えることができているのか怪しいが、彼女は必死に彼にしがみつく。


「なんで、まだ生きて……」


 彼女は火柱を見る。火の勢いで中の様子は見えない。魔獣の能力であることは見当がついた。ならば、これは生きている証拠であった。蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグは最後の最後にその力を開放させただろう。彼女は必死に願う。生きることを。父のアングスの無事を。何よりケイルの無事を。


 そして、ケイルとレディミアは二人して地中に沈んだのであった。

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