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第3話 殺戮魔城たる所以

「さて、こっからが城としては本番ってか?」


 アングスはそびえる城壁の前でぼやいた。

 一度目の戦闘の後、各自の点検をしたのちにすぐに城の方へと傭兵団は移動していた。その道中には小鬼種(ゴブリン)小狼種ウルファヴァリの出現したが、これも難なくと言っていいほど楽に彼らは突破していた。

 突破する度に彼らの中でも緊張の糸がほぐれているのを感じていた。


「レミのやつ、またあんなとこへ……」


 ケイルが彼女を発見したのは、休憩地にした城壁前の広場の端にある石柱の傍であった。石柱は何やら装飾としての柄が施されており、何かしらの記念碑のようにも見えた。


「レミ、離れてたら危ないぞ」

「あ、ケイル。あのね、この石柱の装飾は鐘楼教会の広がる前のものなの。でもこの装飾の流れはきっちり、今にも繋がっているのよ」


 彼女はまるで悪びれずに彼に一足で話したと思ったら自分の左腕の服をまくりあげて彼に見せた。健康的な白く柔らかそうな肌に幾重もの筋と記号、文字が刻まれていた。その刺青は、何かしらの法則性を明らかにしながらも彼にはその全容を理解することは出来はしない幾何学の装飾模様であった。彼は少しだけ戸惑う感情を覚えたが、それを振り払って彼女に説明を求めた。


「……刻紋術式が何だって?」

「こことここね、あとはこの筋を登って手の甲の基式に至るまでの紋様に酷似してるでしょう?」


 彼女は自分の左腕の紋様を指差しながら、彼に説明する。彼女の説明の通り、その術式に刻まれた紋様に酷似している一部が石柱にも刻まれていた。つまりは、その石柱と彼女に刻まれている内容に似通った部分があるようにも思えた。


「似てるからって、こんな紋様ならそこら中にあるだろ」

「たしかにね、でも、ここは一応聖地(ヽヽ)の一つよ。つまり、ここは天龍様への教義があった宗教的施設であると思うのよ」

「ここが聖地だって?」


 鐘楼教の聖地とは、まさに聖霊や天龍などが降誕したり、神の御業を行使した場所を指す。そうした場所は、魔獣が現れない。現れたとしても通常の場所で現れるものよりも明らかに弱化しているなど神の威光が届いているとしか言えない場所になるのだ。

 しかし、ここは魔獣の一大発生地だ。彼らが城壁に辿り着くまでも何十という魔獣が現れた。それも弱化した様子もなく、通常のそれと変わらぬ強さに思えたのだ。


「そうよ、あれ、有名じゃなかったけ。ここは、神罰の地だからね。鐘楼教会はここの奪還ができていないだけで取り返した暁には、聖地として宣伝する場所よ」

「そうなのか。知らなかったな」

「もしかして、ここが『殺戮魔城』と呼ばれている理由も知らない?」

「いや、それは知ってるよ。昔、軍隊でここを攻略しようとして失敗したんだろ?」

「ええ、その軍隊の主催は、鐘楼教会よ」

「そうだったのか。おとぎ話じゃあそんなこと言ってなかったような」

「当然ね、鐘楼教会も失態隠したいし」

「あー、そういう」

「――見つけた! レディミアさーん」


 ケイルがレディミアの話に納得したときに後ろから声がかけられた。振り向くとパンクが手を降ってやってきていた。彼は何やら笑みを浮かべており、けいるは少しだけ違和感を覚えた。


「パンク、どうした?」

「いや、ケイルじゃない。レディミアさんに用があるんだよ」

「なに?」


 レディミアが小首を傾げてパンクを見つめる。


「さっき、刻紋術使ってたよね。本当に神秘の術使えるんだね! 初めてみたんだ!」

「ああ、怒られちゃったけどね」

「それでさ、刻紋術のやつを見せてほしいなって思ってさ! 話には聞いてたけど、本当にあんなことできるのはすごいからさ」

「なんだそりゃ……」

「いいよ」

「レミ……」

「なによ、別にこまんないよ。普段は隠してなんかないんだから」


 彼女はそう言うと左腕をもう一度めくって術式の刺青をパンクに見せた。ケイルの嫌そうな態度にレディミアは不満げに答える。パンクは驚きの声を上げて彼女の左腕をまじまじと見る。


「おおー! これが神との契約を可能にするっていう」

「実際にはしてないよ。これは私を器にして世界に存在する妖精たちとの絆を高めているに過ぎないよ。これをしたからといってすぐに術が行使できるわけじゃないし、この術式だって別に特異なものじゃなくて、一般的な刻紋術式の応用に過ぎないの。これの本当の力は妖精との契約なのは貴方の言う通りだけど、それを行える器は世界の中でも数えるぐらいしかいないって話だし、ヴァルツ帝国の方で術式の改善報告が毎年出てるけど、それによって副作用が減ったって話も聞かないし、全部が全部思い通りになんかはならないの」

「え、あーそうなんだ」

「はぁ……」


 レディミアの一気にまくしたてるように話す言葉にパンクも最初の勢いを削がれたように曖昧に笑顔を作りながら返事をするのが精一杯のようだった。彼自身自分の知っている知識を出してみただけなのだろうが、彼女にしてみれば格好の話題振りに思えたのだろう。呆れたようにケイルはため息を吐く。


「それにね、刻紋術での副作用は、心身への負担があるからやれ『寿命がなくなる』だの『妖精でなく悪神との契約だ』だの言われてるけど、全く違うのよ。確かに、行使には疲労を伴うけど、無理して行使しなければ寿命が削れるほどの疲労になんかならないし、行使の術式自体の元が妖精契約の伝説から来ているんだから、悪神なわけないし、それにディフェル術式にしたって確かに負担が大きすぎるから廃止になってるし、今のヴァルツ術式においてはそれも軽減されつつあるの、悪しざまにするのもやめてほしいのね。まぁそりゃ私が自分でいれたものだから文句があるのかも知れないけど……」

「お、おい。レミ?」


 勢いよく話してたレディミアだったがなにか思うところがあったのか徐々に口調が弱々しくなり最期にはごもごも言うようにうつむいてしまった。パンクもどうしたら良いのかわからなくなったようで助けを求めるようにケイルを見る。


「あ! ごめんなさい、ケイルは心配しなくていいからね!」

「あ、あぁ落ち着いたか?」

「大丈夫、ごめんなさい。私、一人で喋っちゃう癖あって……」

「あー、いや、すまないっす」


 ケイルたちは皆気まずい空気に当てられて言葉を減らして、石柱から離れて休憩地に戻る。城壁内には一班が先行して調査に向かっていたが、彼らが集団に戻ってきてもまだ戻っては来ていなかった。


「どうしたお前ら?」


 アングスがケイル達三人が気まずそうに歩いて帰ってきたのを見て声をかける。アングスとしては一班の帰りを待ちたいが帰ってこないものは仕方がなかったため、少し時間があいていたのだ。


「いえ、問題はないです」

「お父さん、刻紋術はこれからも使うからね」


 アングスは彼女の言葉に真面目な表情に直し、レディミアに向き直る。


「もちろん構わない。ただ、無理をしてくれるな、というだけだ」

「はい」

「気にするな」


 彼女の頭をガシガシとアングスは撫でる。彼女は満更でもないようにされるがままになる。ケイルとパンクはほっと息をつく。彼女をアングスに任せて二人はその場を離れた。


「ケイル、なんか悪かったっすね」

「いやまぁ、パンクは悪かないよ。俺も悪かったし」

「彼女のあれっていつもなんっすか?」

「え、ああ、いつもだよ」

「へぇー、大変っすね」




◆       ◆       ◆




 第一班の斥候部隊の帰還後に全員で城壁内への侵入を行った。城壁内に入るのは拍子抜けするほどに簡単で魔獣は出なかった。斥候部隊も城壁内の建物内部は見てないが外部は、それぞれ調査してみたそうだが、いずれも魔獣を確認できなかったそうだ。


「にしても、魔獣じゃなく人か」


 ケイルの前に広がっていたのは城壁内部のすぐに広がる広場の人がいた残骸だった。焚き火の跡や鍋などの生活様式が残っていることから、ここが魔獣が襲わない安全地帯なのは伺えた。しかし、安心することはできないのは、人間だからというよりいたはずの人間がいないからでもあった。

 つまり、ここにいたケイル達より早くに攻略を行っていたどこかしらの部隊は全滅か壊滅で撤退かを迫られたのは間違いなかった。なぜなら、物資の腐った食料や武器などがそのまま残されていたからであった。


「全滅か、撤退か……」

「部隊の規模から言って俺らよりも巨大だな。最低で五十、上は百ぐらいか?」

「百っすか? どんだけの大部隊なんすか」

「状況から見てここ最近だな……」


 それだけの人員を運び入れた部隊の壊滅はあまりにも薄気味悪く傭兵団内においても不安の声が広がった。アングスは顎に手を当ててこれらかどう動くかを悩む。第一班からの報告を聞いたときは驚いたが、実際に目にしてみるとさらに思案することが増えた気がしたのであった。

 残骸の様子も道具などの劣化具合から遠い昔ではなく、ここ一ヶ月以内に思えた。


「まずは、安全確認だ。生き残りの確認と魔獣が出てきてないか調べろ」

「はっ!」


 唱和するようにアングスの命令に答えが帰ってきた。それぞれは班に分かれ慎重に辺りの警戒にあたった。アングスは目の前に残る残骸に一瞥をくれてから正面にそびえる城を見た。禍々しさを感じる黒々とした石造りの頑丈そうな城だ。尖塔が正門正面広場にそびえ立ち、その周りに何某かに使われていたであろう建物が取り囲むように建てられている。

 しかし、戦用の城というより王宮といった形で長らく使われたような様子にも見えた。確かに城壁正面の建物は戦用の施しが残っているが、彫刻が多用され全体的に華美さが残っていたからだ。元々の構造を大きく変えているようでもあった。こうなる以前は、『荒野神殿』の名の通り神殿として使われていた可能性が彼には見えた。




「ねぇ、レミ。大丈夫か?」

「大丈夫よ、心配しないで」

「ならいいけど、何かわかったか?」

「うーん、神殿として使われてたのは確実なのはわかった。けど、あの盗掘者共のことは知らないよ。魔獣が襲ったってわけじゃなさそうだし、状況的に色々変よ。ここ」


 彼女はあれこれと城壁内の建物に対し、あれこれと調べていたが、答えは出なかったようだ。周りの班員達も魔獣への警戒と痕跡探しをしていたが、それの結果も思わしくなかった。

 しばらく捜索を行った後に戻ると何やらざわついていた。集団の中心には当然、アングスがおり何やら報告を受けているようだった。


「第二班戻りました!」


 班長の声にアングスが反応する。その場にいたのは第一班だった。だが、人数が少ない半数の顔が見えないのだった。


「何がありました?」

「わからん、今から聞くとこだ」

「団長、地面が罠です! ここはすべて罠のせいです! 地面が飲み込むんですよ!」

「飲み込んだのがわからんと言っている。お前らの持ち場は中央尖塔の側だったな、もう一度、ゆっくり話せ」

「は、はい!」


 その説明した男が語る内容は奇妙としか言いようがなかった。彼らは斥候部隊としてアングスからも信頼の篤い人員であり、彼が騎士として街の領主に仕えてからも専属の人員として厚遇しているぐらいであった。

 まず彼らは基本の通り、二人組で斥候行為を始めたようだ。しかし、広場の調査であって建物内ではない。そのため、二人組と言っても皆が自ずと視線の中に入るものだ。しかし、気がつくと一組が消えていた。建物内でも探しているのかと、建物の窓を確認したが、そのような形跡もなく、中央にそびえる尖塔に戻ったときにそれを見た。

 一人が地面に飲み込まれようとしていたのだ。そこには穴などなく、地面そのものが水であったかのようにとぷんと男が飲み込まれたのだ。その男も反応らしい反応はできず、思わず落ちたという形で上に手を伸ばすほかなく、傍にいた誰もが反応できなかった。反応できた時には、土の中でありそこを探ろうと手を伸ばすとただの地面に戻っていたのだという。


「なんだそりゃ?」

「わからない、俺らでも何が起きたのかわからなかった」

「中央尖塔の周りが危険ってことか?」

「わからない。だが、消えた一組もそこにいた事考えるとそうなんだろう思う」

「ねぇ、その時の状況もっと教えて?」


 話入ってきたのはレディミアであった。話してる彼は驚いた様子であったが、彼女が真剣に聞いている様子を受け、質問に答える。


「状況? そうはいってもな、突然だったし……なにかあったか?」

「俺もわからなかった。音はなかったように思う」

「特に見てないな……」

「そう……」

「何か分かるのか?」


 アングスの問いかけにレディミアは首を振る。


「ううん、ごめんなさい。ただ、そんな逸話を何かで読んだ気がするの」

「ここの文献か?」

「いえ、違うと思う。怪物関連の……きゃっ、な、何?!」

「地揺れ?!」


 突如として地面が揺れた。

 立っていることもできないほど大きな揺れが辺り一帯を襲ったのだ。塔や建物からガラガラと瓦礫が落ちる。ケイルたちも立っていることもできず、その場に座り込んで難を逃れるしかなかった。わずか時間だ。時間にして十秒もなかっただろうが、それでも爆発的な地揺れは彼らの心胆を冷やす。

 そして、嬌声ととともに中央尖塔付近から湧き出たのを理解させた。


「――キョオオオオオオオオオ!!」


 地揺れによってそこにいた傭兵団がすべて反応が遅れた。広場が静まり返り、各々に尖塔の方へ顔を向け黙り込む。ケイルもゆっくりと見上げた自分を後悔するしかなかった。

 それは大蛇であった。だが、ただの蛇ではない。蛇の顔がついている部分が人間の巨大な顔であり、その脇から体の太さに似合わない小さな人間の腕が伸びている。人間と蛇を歪に合成させたような不気味な様相を見せていた。顔の背後には長い毛が逆立ち紫紺の鱗が体を覆い艶めかしさに陽の光を照り返す。蛇の部分は恐ろしく太く、建物を支える石柱ほどの太さが在り、長さは尖塔を胴回りを軽く超えた長さを誇る。

 それは、蛇魔型(ヴァイトヘッグ)の最上位種にして「魔獣の公爵」とも呼ばれる蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグ

であった。


「クインテラ!?」


 レディミアが悲痛の叫び声を出す。その場ですぐにその種の判断をできたものは彼女だけであったろう。彼女の言葉を瞬時に理解できたものはアングスとケイルしかいなかったが、その場にいたすべての傭兵団員は理解していた。あの魔獣には勝てる見込みが無いことを。

 貴族種と呼ばれる魔獣たちがいる。彼らはみな圧倒的な強さ故にそういう分類をされた種である。魔獣は鐘師に弱い。厳密には幻術に弱い。聖霊の加護による神の力の行使は、魔獣の天敵となりほぼ確実に一撃で屠る。万の軍勢だろうと鐘師一人に倒されることもある。けれど、それに当てはまらない種が存在する。それが貴族種である。その数にして十一種のみ。けれど、貴族種が一種でも混じるだけで人間の軍隊は、総崩れを起こしかねない。鐘師がいたとしてもだ。

 それは貴族種の特異性による。すべての種がそれぞれ特殊な能力を持つ。それもバラバラで特定が容易でなく、特定に時間をかけて対策を出せなければ魔獣への必殺の力を持つ鐘師ですら足元にも及ばない。

 その一種が蛇魔型独王蛇クインテラ・ヴァイトヘッグ





 逃げろと誰かが叫ぶ。貴族種だと誰かが叫ぶ。走る音、叫ぶ音、武器を取りこぼす音、広場を静かに蹂躙する。その騒動を引き起こした主は睥睨する。わずかばかりの人間の来襲。その騒動に巻き込まれず、主に対し真向かう者が数人いた。

 愉快と主は思う。感情があるわけでない。人間を殺すときの楽しみと同じ感覚が内側からせり上がってきたのだ。人間の顔をした部分が歪む。その表情は人のようで人ではない。けれど愉悦に歪んでいることは明らかであった。

 嬌声を一つ彼らに浴びせかける。彼らの一人は腰が引けており、今にも逃げそうである。それがあまりにも愛おしく蹂躙したく身を捩る。辺りが僅かに揺れる。それすら恐怖の対象なのだ。

 主は知っている。怖気た人間の美味を。畏れた人間の快楽を。

 主は彼だけに許された悪神かみの御力の行使の準備をする。

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