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パワーブレックファストとは、こういうものなのだろうか。
前世の俺にはとんと縁のない、しかし参加した者が自慢するような朝食会。
俺にわざわざ、自慢するように。
それがパワーブレックファストと呼ぶらしいけど、参加したことを他人に自慢する段階で、何がパワーなんだか。
朝から上司の顔を見て、何が楽しいのやらだ。
しかしここでは、何だかその名称がしっくりくる。
パワーとパワーの押し合い、へし合い。
さあさあ、とんとお立合い、お立合い。
観客なら、良かったのに。
やっちゃえ!やっちゃえ!とヤジを飛ばす、気楽な外野で居たかった。
「それで、殿下の聖都入りは、いつになりますかな?」
「御冗談を。殿下はまだ成人前でございます」
「成人式を前倒ししても、教会としては一向に構いません。何なら、成人式を聖都で執り行っても構いませんよ。私が執り行ってもいい」
「いえいえ、高位聖職者の方々にそのようなお手間を取らせるようなご不敬、我ら末端の信徒にはとても、とても」
軽く首を横に振るリズは、見たことが無い人のようだ。
大賢者さまも、いつもの大賢者さまとは思えない。
両者はいったい、何を話しているんだ?
笑顔を絶やさないリズだけど、いつものリズの笑顔では無かった。
いや、俺はリズの何を知っているのだ?
俺のことをおぼっちゃまと呼び、過保護でやたらとスキンシップが過剰な大人の女性。
でもそれは、俺の目の前に居るリズであって、他人の前のリズではない。
「教会はいつでも、敬虔な信徒の味方ですよ。むしろ、遠慮する方が不敬ではありませんかな?」
「遠慮などしておりませんわ。信仰篤き信徒にとって、聖都は必ず赴かなければいけない聖地でございますから」
「その通りです」
「聖都では連日、中央大陸各地から信徒がやって来るとお聞きします。高位聖職者の方と一目お会いしたい、祝福を授かりたいと遠方からたくさんの信徒が集まります。その忙しさは、想像に難くございません」
「いやいや、迷える信徒を導くのに、それを忙しいと嘆くような聖職者など、ただの一人もおりませんよ」
「聖職者の方々のご献身は、我ら末端の信徒にも届いております。それだからこそ、聖職者の方々のお手を患わせることは出来かねます」
「ふむ、辺境であるこの地にも、教会の教えのことはきちんと伝わっているということですかな」
「我ら信徒にとって、教会の教えは至高でございます。我らは常に、聖都に向かってお祈りを捧げております」
「それは大変、結構なお心がけです。しかし、聖なる神の教えは至高でも、教会そのものは至高ではありません。聖職者たちは常に、迷える民の傍らにおります。至高の存在は、聖主ただおひとりですよ」
「まあ、そのとおりでございますわ。でも、聖主聖下はまだ御出でではないとお聞きしております」
「・・・・・・・・・・・・・いずれ、御出でになるでしょう」
「聖主聖下ご不在の中、聖職者の方々のご心労を察すると、我ら信徒は心が痛みます」
「なるほど、敬虔な心から出た、お気遣いということですかな?」
「はい、我ら聖なる神の信徒は、常に聖なる神のご意向に従ってまいります」
うん?
それって教会ではなく、聖なる神に従うってことか?
というか、聖主聖下って、何?
それを聞ける雰囲気ではないな。
優雅に頭を下げるリズ、益々能面になるルス、青ざめる司祭見習い、ニコニコしている大賢者さま。
そして俺は。
逃げたい。
「そうですな、少し性急に過ぎました。ここは一旦、我らは引き下がりましょう」
「申し訳ございません、猊下」
うん?げいかって、もしかして猊下か?
大賢者猊下と呼ばないといけなかったのか?
大賢者げいかさまか、大賢者さまげいかか?
語呂が悪いから、大賢者げいかさまにしよう。
肝腎の大賢者げいかさまは、少しだけ、ほんの一瞬だけ嫌な表情を見せた。
ほんの一瞬だったけど、俺は見逃さなかった。
嘘です。目上の人に対して目を逸らすのは不敬だから、ずっと見ていただけです。
「では、私は聖都に戻ります」
「今まで、ありがとうございました。当家ともども、感謝の極みでございます」
俺も慌てて、頭を下げた。
大賢者げいかさまは席を立ち、そのまま扉に向かった。
司祭見習いが慌てて、扉を開けて頭を下げた。
うん、宮仕えの鏡だ。
大賢者げいかさまは扉の前まで来ると、突然くるりと回り俺の方を向いた。
「では、次にお会いする日を、心待ちにしていますよ。公子殿下」
え?
急に俺に振らないでよ。
「はい。大賢者さまもご壮健で在られます様に、聖なる神にお祈り致します」
俺は静かに、そして優雅に頭を下げた。
大賢者げいかさまは、満足そうにうなずいたけど、心の中までは分からない。
とは思うものの、我ながら良く出来たと思う。
大物を相手に、どうしてこんな芸当が出来たのか、俺には分からなかった。
まったく、俺ってどうなっている。
澱みなく、こう言える俺って、すごくない?
「ああ、見送りはいいですよ。聖なる神のお導きで、すぐに再会出来ると思いますので」
ルスだけは、送るために付いて行った。
途中まで、警護致しますと。
俺とリズは、ただ頭を下げて大賢者げいかさま一行が見えなくなるまで、そのままの姿勢でいた。
俺はチラッと、リズの横顔を見た。
心なしか、リズはホッとした表情をしていた。
リズは、何と戦っていたんだ?
それにしても、やっと終わった。
時間にして10分足らずだと思うけど、何だか数時間経過したような気がする。
湯気が立っていた朝食もすっかり冷めていたし、そもそも大賢者げいかさまは用意された食事に手を付けなかった。
食べ物を粗末にするって、どうよ?
「リズ?」
「はい、殿下」
「リズ」
俺は、リズの手を取った。
リズの手は、すっかり冷えていた。
今までで一番、冷えていた。
俺は、リズの手をさすった。
「ああ、申し訳ございません。おぼっちゃま」
顔色が悪かったけど、大丈夫そうだった。
だって、ちゃんと目が笑っていたから。
「お見送りに出なくても良かったのかな?」
「大丈夫でございますわ、おぼっちゃま」
「そう」
「はい」
「じゃ、もう食べてもいいよね?」
「あ、いけませんわ」
「なんで?」
「まだ、おどく・・・・味見をしていませんので」
「大丈夫だよ」
「ええ、でも」
「だって、リズが用意してくれたんでしょう?」
「はい、もちろんでございますわ」
「なら、大丈夫だよ」
「はい」
俺は冷めたスープを飲む。
「美味しい」
「ありがとうございます」
「リズは食べないの?」
「リズは後で頂きます」
「一緒に食べよう」
「でも」
「ダメなの?」
「身分が」
「今日は聖日なんでしょう?だったら、聖なる神も許してくれるよ」
俯いたリズは、おずおずとスプーンを取ってスープをすくった。
「あら、美味しいわ」
自分で作ったのに、自画自賛かな?
「出来立てはもっと美味しかったので、ちょっと意外でしたわ」
「なんだ、毒見は済んでいるじゃないか」
「いえ、それは味見でして」
「違うんだ」
「はい、違いますわ」
「ふ~ん」
「おぼっちゃま、お行儀がお悪いですよ」
「リズ」
「はい、何でしょうか?」
「いつも、ありがとう」
俺は手を止め、リズに感謝した。
よく分からないけど、リズは俺を守ろうとしたんだろう。
何から守ろうとしたのか、今の俺には分からないけど。
政治って俺には分からないけど、それだけは分かる。
リズは、俺の盾になってくれたんだと。
だから、今度は俺がリズを守りたいと思う。
守れるようになりたいと、強く思った。




