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今日は聖日だ。
聖日とはどうも、休日のことらしい。
多分だけど、日曜日みたいなものだと思う。
まあ、前世の俺にはあまり縁の無い曜日だけど。
休日出勤、サービス残業、身代わり出勤等々、本当にひどい目に遭ったものだと思う。
いいことと言えば、休日は電車が空いているから、座って出勤が出来る。
メリットと言えばそれだけだ。
だって、ランチは高いし、下手をしたらお店は休みだったりするし。
前の日にパンでも買っておかないと、ランチ難民になるぐらいに。
この世界では、どうなのだろうか?
そういう訳で、この日が来ると人々は労働や仕事を休み、教会に赴き聖なる神を称える日なんだそうだ。
この屋敷に働く使用人達も、この日はお休みになる。
では、俺のお世話は誰がするのかと言えば、そんな心配をする必要はない。
リズが、すべてやってくれる。
・・・・・・リズも、休めばいいのに。
「いかがなされましたか、おぼっちゃま?」
「何でもありません」
ホント、うっかり独り言も出来ない。
では俺も休めるのかと言えば、そうでもない。
聖日には人々は教会に赴き、そこでは神を称える礼拝の儀式を執り行うそうだ。
その為、人々は礼装して参列する、らしい。
昨夜の湯浴みと言う名前の行水も、恐らくは禊みたいなものなのだろう。
と言うことは、一週間に一回は入浴出来るということか。
俺としては、ぬるくてもいいので、毎日お風呂に入りたいなあ。
そして出来れば、熱い風呂がいい。
熱い風呂に入りたいと、今度リクエストしてみよう。
そんな訳で今日のリズは、いつもと違っていた。
白を基調としたシックな出で立ちで、いかにも礼拝するに相応しい恰好をしていた。
そんな礼装をしたリズは驚くほど凛々しく、アップにして整えた髪と相まって、まさに貴婦人に相応しい装いに見えた。
お化粧もしているようで、最初は違う人間に見えた。
年上のお姉さんという、そんな感じだった。
でも、いつものおぼっちゃま呼びは間違えようがなく、すぐにリズと分かった。
分かったけど、ちょっとドキドキした。
大人の女性の魅力を余すところなく、俺に見せつけてきたからだ。
あれ?そう言えばリズって、俺よりも年上なのかな?
俺って、前世の年を足すといくつなんだ?
前世の俺と比較しても、仕方がないだろうけど。
今日はお出かけだと、それだけに集中しよう。
とは言うものの、俺も礼装しないといけないのが憂鬱だった。
スーツだって苦手なのに。
しかし、それでも外に出れるのは嬉しいし、身を清める意味での入浴はそれなりに良かったしね。
浴室がある事が分かったんだ。
今度はゆっくりとお湯に浸かろう。
もちろん、一人で。
礼拝を行う教会は街の中心にあるというので、教会に赴くついでに街の見物も出来そうだ。
屋台とかあるかな?
買い食いできないかな?
だが、街に行けると喜んだのも束の間、礼拝の為に街に出かけて行く必要はないことを俺は知る。
何故なら屋敷内に礼拝堂が存在し、司祭見習いが毎日の礼拝や掃除をしているそうだ。
と言うか、それって毎日しないといけないのか?
いけないのだろう、きっと。
教会も聖日なんだから、率先して休んだらどうだと思う。
そんで、めいめいが神を称えるで、いいじゃないか。
いえ、ただの愚痴です。
そして当日には、教会から司祭がわざわざこの屋敷に赴いて祝福を授けてくれる算段だが、今回は少し様子が違うそうだ。
何故なら、この屋敷には大賢者さまが滞在しているからだ。
大賢者さまは高位の聖職者であり、本来なら司祭でも祝福を授かることが出来ない存在らしい。
大賢者って、何だろう?
俺はこの世界のことを、実は何一つ分かっていなかった。
まあ、別に困らないし。
それに、興味無いし。
礼装した俺は、やはり礼装したリズとルスを伴い、屋敷内の礼拝堂に赴いた。
リズとルスの礼装姿は堂に入ったモノで、特にリズは普段しない髪形やお化粧の効果もあり、ついつい見てしまう。
だって、本当にキレイだし、カッコいいから。
元々リズは美人だけど、女性はこうまで変身出来るものなのかと、俺は驚愕してしまった。
普段のどこかおっとりしている感じはすっかりと鳴りを潜め、出来る女全開に見える。
そんなリズは、俺の視線に気が付いたようだ。
「どうかなされましたか?」
「何でもないよ」
「そうでございますか」
リズは顎に指を当て、小首をコテッと傾けるいつもの仕草を見せた。
リズのその仕草を見ると、俺はどこかホッとする。
いつもはリズが俺を見ているけど、今日は俺がリズを見ていたから、不思議に思ったのだろう。
ルスが含み笑いをしているところが、少し気になったけど。
あまり女性をじろじろ見るものではないと、改めて思いなおそう。
集中、集中っと。
礼拝堂には、俺が先頭で入室した。
ルスとリズの二人が、豪華な装飾が施された大きな扉を開けて待ってくれた。
とういか、何で扉を押さえて待ってるんだ?
焦るだろう。
正直、俺が二人の後ろを付いて行きたかったけど、どうぞと促されたので仕方なく俺が先に礼拝堂内に入ることになった。
リズとルスは、俺に続いて入室した。
事前の練習とか、打ち合わせとかないのかね?
やれやれ、何が始まることやら。
礼拝堂はやはり荘厳というか、厳粛な雰囲気が漂う場所で、あまりくつろげるような場所ではなかった。
それに、少し、寒かった。
はあ~、帰りたい。
礼拝堂の正面には、女性の像が飾ってあった。
「リズ」
俺は声を落として、リズに質問した。
「はい、何でございましょうか?」
「あれが、聖なる神?」
「?」
リズはやっぱり、顎に指を当て、小首をコテッと傾けた。
「違うの?」
「あの御方は、月の女神さまでございますわ」
「じゃあ」
「おぼっちゃま、大賢者さまがご登壇致します」
「ああ、そう」
俺たちは大賢者さまに向かって、手を胸に当てながらお辞儀をした。
お辞儀は、万国共通のようで助かる。
「皆様、おはようございます。ご着席を」
大賢者さまは席に座る我々を一瞥すると、一度目を閉じた。
そしてゆっくりと、閉じた目を開いた。
「偉大にして慈悲深き聖なる神は、いつも皆様を見守ってくださいます」
いきなり、説教が始まったようだ。
「神はこの地をお創りになり、この地に住まう人々に生きていく糧をお与えくださいました」
どこかで聞いたことのある話だけど、まあどこも似たようなものかな。
「しかし、神の恩寵を忘れた者が存在します」
うん?
「魔族です」
これは、もしや?
「魔族は、聖なる神の敵です」
来たああああああああああああ!!!!!!!!!!
魔族!魔族!!魔族!!!
やっぱり、ここは異世界ファンタジーの世界だ!
落ち着け、俺。
「魔族は聖なる神に逆らい、堕落の道へ人々を誘惑します」
うんうん、魔族ってそうだよね。
サキュバスとか居るのかな?
誘惑してきたら、どうしようか?
「そして人々を悪の道へ誘い、我らを奈落の底へと陥れるのです」
そうそう、ん?
「聖なる神は、これを嘆きました」
嘆くんですか?
神さまが?
「しかし、聖なる神は、嘆いてばかりではいられませんでした」
まあ、そうだよね。
嘆いていても、仕事は終わらんし。
誰かが面倒な仕事を引き受けないと、お得意先に迷惑が掛かると思うけど、嘆く奴はひたすら嘆いて手を動かさないんだよなあ。
そんな神さまだったら、嫌だよな。
「魔族と戦い、悪を退ける聖なる者を遣わしました」
お!?
もしかして、勇者か?
勇者だよね?
ここはやっぱり、勇者の出番でしょう!
汝、神に選ばれし勇者なり!
我、魔王を倒さん!
世界の平和の為に!
おお!痺れるなあ。
頼むよ、勇者。
俺は知らんけど。
俺は出来れば、この世界でスローライフを満喫したい。
だから遠くから、応援するね。
頑張って、勇者諸君!
勇者が魔王を討伐し、世界が救われました。
めでたし、めでたしと。
でも、大賢者さまのお話しは終わらなかった。
「神に遣われし聖なる者が教会を作り、正しき教えを世界に広め、人々に天国への道を指し示したのです」
ええっと、、、、、、魔王討伐は?
ねえ、世界平和は?
「恐れる必要はありません」
はあ・・・・何を恐れないといけないんですか?
「聖なる神を惧れ、敬いなさい。さすれば、魔族に恐れることは一切無いと宣言します」
何だろう、期待外れのような。
話しに中身が無いんだけど。
しかし、今回の礼拝に参加が許された使用人達は、涙を流して歓喜していたようだ。
でも、リズとルスは、無表情だった。
そうか、貴族は表情に出してはいけないのか。
俺も見習わないと。
話を終えたその後、ビスケットのようなモノとコップに入った水が渡された。
水は聖水らしいけど、俺にはただの水にしか見えなかった。
どうするのか、正直分からなかった。
困った俺は隣にいるリズを見ると、俺の視線に気付いたリズは手本を見せるようにビスケットを水に浸して食していた。
俺も同じように、水に浸しながら食べることにした。
美味しくなかった。
礼拝はこれで終わりで、ちょっと拍子抜けをした。
もっと壮大な話、例えば神と邪神との最終決戦の話とか、魔王と勇者の闘いとか、王女さまとのラブロマンスとか、異世界ファンタジーにありがちな話は一切無かった。
世界を破滅に導いた、悪役令嬢の話も無かった。
いずれにせよ、俺が期待した魔法や剣が飛び交う、血沸き肉躍るような活劇は、どうも期待出来そうにない。
いや、そんな疲れることを期待した訳ではないけど、なんとなく、そんな世界も面白いのではとは思った。
せっかく、違う世界に来たんだから、何か違うことをしたいじゃないか。
いえ別に、世界を救いたいとか、魔王を倒したいとかは思っていませんけど。
でも、美少女王女さまとのラブロマンスぐらい、期待したっていいじゃないか。
それに、多少は刺激が欲しいし。
そう思う俺と、平穏に過ごしたいと思う俺が居る。
どっちなんだろうね。
礼拝を終えた俺達は、食堂に移動した。
そこには五人分の食事が用意され、珍しく湯気が立っていた。
俺は促されるように着席すると、珍しくリズや普段は同席しないルスも着席した。
俺は腹が減ったので、すぐに手を付けたかったけど、なんとなく、ここは待ちだと思った。
俺の接待スキルが、そう囁いている。
遠慮なくどうぞと言われても、いえすませてきましたおなかいっぱいですおきづかいありがとうございますと答えるかつての俺が、そこに居た。
ただ単にお預けを食らっていただけで、その時の俺は正直辛かったけど。
帰りに食べた、立ち食いそばが美味しかったのをよく覚えていた。
立ち食いそば、もう食べる機会はないんだろうなあ。
そこまで待つまでも無く、静かにドアが開き、司祭見習いを伴った大賢者さまが現れた。
「こちらへ」
リズが席を示すと、大賢者さまは無言で席に着いた。司祭見習いは、大賢者さまの後ろに立っていた。
すると、大賢者さまは司祭見習いに座るように促し、少し戸惑った後に着席した。
なんとなく、嫌な空気だ。
「本日は当家にお越しくださいまして、感謝の極みでございます。当家当主に成り代わり、当家家令として、御礼申し上げます」
とうけとうしゅって、当家当主かな?
父のことか。
かれいって、家令のことかな?
なんとなく、聞いたことがあるから、カレーではないと思う。
しかし、家令なんて初めて聞く役職だ。
というか、リズって家令だったのか。
だとすると、ルスは何だろう?
リズは静々と大賢者さまに近づき、恐らくはお金が入った袋を、大賢者さまの隣に居る司祭見習いに手渡した。
いわゆる、お布施という奴だろう。
贖罪って奴か?
ため息が出そうになるなあ。
「おぼっちゃま」
リズに小さな声で促された俺は、席から立ち上がった。
問題は、何を言えばいいのか。
「本日はお忙しい中当家にお越しいただき、感謝の極みでございます。当家当主の代理として、謹んで御礼申し上げます」
俺は社交マナー通り、優雅に頭を下げた。
というか、考えずにすらすらと澱みなくセリフが出てきた俺自身に、ちょっと驚いた。
「うん、素晴らしい。王都に居られる摂政代理殿下も、保養地に居られる大公妃殿下もきっと喜んでおられるだろう」
良かった、間違っていなかったようだ。
でも、摂政代理殿下って、誰?
「しかしそれは、あなた方のマナーであって、教会のマナーではありませんな」
ゲッ!?何それ?
「申し訳ございません。公子の教育は、傅役であるこの私の責任です。教会に相応しいマナーを身に着けさせる義務を怠りましたこと、謹んでお詫びいたします」
まずい、リズや続いてルスまで頭を下げた。
二人に恥をかかせてしまった。
「ハハハハハハハハハ!!!!!」
へ?
「まあ、殿下も成人前でまだお若い。これで十分、十分」
「恐縮です」
大賢者さまもリズも、にっこりと微笑んでいた。
でも、二人とも目が笑っていなかった。
ルスは能面のような表情で、むしろまるで死人のようだ。
覚えがあるぞ。
こんなやり取り、確かに覚えている。
建前ばかりの応酬で、しかも相手をひたすら褒めるけど中身が無い上に、けっして言質を与えない。
そんなやり取りの場に、俺は同席したことがある。
まあ、お茶汲みに毛の生えたような役割だけど。
ああ、嫌だ、嫌だ。
こんな空気、俺は嫌だ。
でも、ちょっとお花摘みになんて言って離席出来るはずもなく、俺はルスのように無表情を装った。
いや、少し固まっていたかも。
だいたい、その教会に相応しいマナーを俺に教える為に、大賢者さまがこの地に来たんじゃないの?
おそらくは、違うだろう。
今ここでやっているのは、たぶんだけど政治という奴かもしれない。
政治に理屈は無い、と俺は聞く。
理屈は無いにしても、一体何の話をしているんだ?
誰か解説してくれ。
はあ~、元の世界に帰りたい。




