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「さあ、おぼっちゃま。湯浴みを致しましょう♪」
「湯浴み?」
「はい♪」
よく分からんが、湯浴みとは入浴のことだろうか?
つまり、それって風呂のことか!
俺はこの世界に転生してから、一度も風呂には入っていない。
もちろん、何もしないわけではない。
剣の訓練の後は、流した汗を流す為に水浴びをしたり、就寝前にはリズが俺の身体を拭いてくれる。
その意味で清潔だとは思うが、問題はさっぱりとした気分にはならなかったことだ。
だけど、時代や世界が変われば、入浴の習慣も変わるだろうし、そもそも日本人の清潔好きは異常だと聞く。
つまり、こんなもんだろうと思っていたけど、風呂があるなら話は別だ。
湯の温度はどうなんだろうか?
熱い風呂は苦手だけど、この際贅沢は言えない。
だって、日本人だもん!
浴室に向かう為に、リズの先導で部屋から移動した。
浴室のある場所は、どうも洗濯場の近くらしい。
水場を一か所に集めるのは、まあ合理的だろう。
と言うことは、この風呂はみんなも使うのかな?
「リズも入るの?」
しまった。
聞き方を間違えたかも。
これだと、一緒に入ろうよとか、洗いっこしようよと言っているも同然ではないか。
変態と思われるかもしれない。
リズは小首を傾げたあと、後ろを振り返りながらにっこりと返事をした。
「はい、後で頂きますわ」
そう、後なんだ。
まあ、そうなんだろうけど。
じゃあ、一人で入るねとはならないのが、この世界の不思議さだ。
脱衣場らしき部屋に入るけど、脱衣場に見えないのに脱衣場に見えるのが不思議だ。
男女別ではなかった。
でも、一人にはなれない。
リズは当然のように、俺と一緒に脱衣場に入ってくるし、しかも服を脱がせにくる。
俺はと言うと、まるで当然のようにリズにされるがままだった。
下着ぐらい、自分で脱げますけど?
浴室に入ると、そこには足付きのバスタブがあった。
意外にもシックな造りで、見方を返れば落ち着く風情だ。
でも、ちょっと入りにくそうだ。
一応、バスタブには階段らしきものはあったけど。
「さあどうぞ、お入りくださいませ」
すでに素っ裸な俺は、言われるままにお湯に浸かった。
もちろん、肩まで。
くはああああああああ、おおおおおおお、やっぱり風呂には癒されるなあとは、残念ながらならなかった。
お湯が、絶望的なまでに、ぬるかった。
それでも水浴びよりは、まだいい。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
それにしても何だ、この重い空気は?
「おぼっちゃま?」
「何?」
「それでは、お身体を洗えませんけど?」
そうだ、まずは身体を洗ってからだ。すっかり忘れていた。
せめて、掛け湯ぐらいすればよかった。
だって、リズも後でこの風呂を使うんだから。
「ゴメン、リズ」
「いいえ、おぼっちゃま」
バスタブから立ち上がると、腕まくりをしたリズが俺の身体にお湯を何度も掛け、身体の隅々を丹念に洗い始めた。
というか、洗い場に行かなくていいのか?
「リズ?」
「はい、おぼっちゃま」
「これって、もしかして石鹸?」
「はい、さようでございますわ」
「ふ~ん」
この世界にも石鹸があったのかと感動したけど、これではバスタブのお湯が汚れるではないかと思った。
ああ、でも欧米の映画で出てくる入浴シーンで、何か泡だらけのバスタブに俳優が入っているシーンがあったな。
あれって、どうよ?
俺の心配をよそに、リズは構わず俺の身体を泡だらけ、というほどではないものの、汚れをすっかり洗い流した。
肝腎のお湯はと言うと、すっかり濁ってしまった。
どうするんだ、これ?
リズは後で入るの、こんなお湯に?
リズのイメージが、崩れそうだ。
「さあ、こちらへ」
「うん」
バスタブから出たら、容器に入ったお湯を数杯掛けられた。
なんとなく、こっちで身体を洗えば良かったのにと思う俺は、おかしいのだろうか?
聞きたいような、聞きたくないような。
リズは真剣に俺の世話をしていたから、それは言えなかった。
気が付くと、リズの服が濡れていた。
「リズ、服が濡れてるよ」
「もう少しでございますわ。ご辛抱くださいませ、おぼっちゃま」
いや、俺のことじゃないんだけど。
少々、目のやり場に困るんだけど。
お湯のしぶきがリズにかかってしまい、服が透けて見えたから。
でも、リズは構わず俺の身体を洗い流してくれた。
服が透けて見えることに、リズは気にならないのだろうか?
俺は気になるんだけどさ。
「お目を閉じてくださいませ」
「う、うん」
泡をキレイに洗い流したら、今度は頭を洗い始めた。
頭はこっちでやるのね。
まあ、さすがのリズも手がと届かないんだろうけど。
シャンプーらしき気配を感じるけど、石鹸で洗うんじゃなかったんだ。
頭を洗い流したら、最後にタオルで丁寧に頭や身体を拭いてくれたけど、何で何枚も使うんだ?
一枚で足りないのかな?
替えのタオルも五~六枚は使っているようだけど、これだとタオルを洗うのが大変だろう。
洗濯機があるならともかく、この世界ならきっと手洗いだろうから。
これがお貴族さまの入浴なのかね。
最後は何か油っぽいもの、恐らくは香油を身体に塗られた。
特に胸のあたりを集中的に。
いい匂いがした。
でも、まさかこのまま、お湯に浸かるわけではないだろう?
「・・・・・・・・・・」
リズはその間、俺が話しかけない限り、ずっと無言だった。
空気が益々、重いんですけど。
風呂って、くつろぐためにあるんじゃなかったのかい?
ああ、それは日本特有か。
香油を塗り終わったら、肌着を着せられた。
もしかして、これで終わりか?
締めのお湯に浸かったり、数を数えたりしないのか?
ほら、肩まで浸かってとは、言ってくれないのか?
いえ、嘘ですけど。
これだと、全然温まってないぞ?
いや、香油の効果か、少しぽかぽかしてはいるけど、俺には違和感しかない。
「どうかなさいましたか?」
「何でもありません」
俺は後ろ髪を引かれるように、浴室を後にした。
今は諦めよう。
リズのシャツは、相変わらず濡れたままだし。
そのままだと、風邪引くでしょう。
そう言いたかったけど、俺の関心は別にあった。
「ねえ、リズ?」
「はい、何でしょうか、おぼっちゃま」
「バスタブのお湯、汚れちゃったけど、リズは後で入るんだよね?大丈夫なの?」
「はい、後でお湯を取り替えますので、大丈夫でございますわ」
なんだ、お湯を替えるのか。
「ふ~ん、そうなんだ」
「はい。明日は聖日でございますので、使用人達も後で浴室を使わせていただきますわ」
「へ~、そうなんだ」
新しいキーワードだ。
でも聖日って、何だろう?
「明日はお忙しくなりますので、今夜はお早くお休みくださいませ」
「うん」
そうか、俺が寝た後にリズがお風呂に入るのか。
・・・・・・・・・・覗かないけどね。
リズは着替えることもなく、そのまま俺を寝室まで送ってくれた。
そしていつものように、子守唄を歌ってくれた。
というか、リズの胸が気になるんだけど。
聖日も気になるけど、リズの子守歌の効果もあって、俺はすぐに落ちてしまったようだ。
やはり、入浴の効果はあった。
明日は聖日らしい。
何か、イベントの予感がする。
俺はおやすみの代わりに、リズに伝えたいことがあった。
風邪を引かないようにねと、お風呂でよく温まってねと、それだけを伝えたかった。




