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終末の魔女  作者: せいじ
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 やっと、一人になれた。


 一人は心地良いと思うけど、その場所にあまり長居するとリズが心配するので、そこは適当に時間を見計らいながら過ごすことにした。




 俺にとっての憩いの場所とは、トイレであった。




 トイレとはいっても、そこは貴族の邸宅らしく実に広いトイレで、何なら俺の部屋よりも広いし、天井も高い。

 もちろん、今の俺の部屋ではなく、前世での俺の部屋だ。

 だけどここは電気も無く、水道も無いので、それなりに不便だった。

 しかし、明かりはある。

 自然光ではなく、ランプのようだ。

 原理は分からないけど、ロウソクの類ではなさそうだ。

 触っても、熱くないし。

 トイレは使用したら水で流すように出来ていて、ありえないぐらいに清潔さが保たれている。

 というか、この水はどこから来るんだ?

 水道でもあるのか?

 便器を覗いても、よく分からなかった。

 トイレそのものは、癒しの空間だった。

 よく分からない装飾が施されているし、絵画も飾ってある。

 観賞用の鉢植えも置かれ、心なしか空気が清浄になっているような気もする。


 ゆっくりと用を足せるというものだ。


 いや、そんなことはどうでもよく、ひとりはいいのだ。

 ここに来てから、ずっと一人になりたかった。

 いつもいつも、リズが側に居る。

 居るだけならまだいい。

 何かある度に、どうかされましたかおぼっちゃまは無いと思う。

 いちいち、何でもないよと答えるのも、なんだか苦痛に感じる。

 だから、一人になりたかった。

 もはや、一人になるのが俺の夢になった。

 その夢が叶う場所が、ここ俺専用のトイレだ。

 とは言うものの、前世での記憶を取り戻して初めてトイレに入ろうとしたら、リズはまるで当たり前のように一緒に入ってこようとしたので、俺は心から驚いた。

 まさかとは思ったけど、リズもトイレなのかと聞いたら、指を顎にあて、小首を傾げていた。

「ここはおぼっちゃま御専用のおトイレでございますから、リズはこちらを使うことは出来ませんわ」

 時々見せる、指を顎にあて、首を少しだけコテッと傾ける仕草は、まるで少女のようなあどけなさを見せた。

 後ろで編んで束ねた金色に光る髪も一緒に傾き、華やかさよりも可憐さを強調していた。

 俺は一瞬、リズに見惚れた。

 男女を問わず、誰でも見惚れるだろう。

 いや、見惚れている場合ではない。



 俺はトイレなんだ!



「だったら、どうしてトイレに入るの?」

「もちろん、おぼっちゃまのお世話をする為でございますわ」

 ものすごく、にっこりと微笑んだ。

 どこに出しても文句が出ないような、笑顔の見本だ。

 だから嫌な感じは一切しないのに、何故か心が寒くなる。

「お、おせわって?」

 俺は震える心を抑えながら、恐る恐る訊ねた。

「おぼっちゃまをおきれいにする為でございますわ。しっかりとお拭き致しますから、リズにお任せくださいませ」

 その豊満な胸を叩きながら、あまりにも嬉しそうに言うので、最初はリズが何を言っているのか分からなかった。



 拭くって、どこを?



 怖くて、聞けなかったけど、リズの手には清潔そうなタオルがあった。


 と、といれっとぺーぱーは・・・・・ある訳ないか。

 どうにかしないと。

 これは、非常に危険だ。


 人生最大の危機だ。


「とにかく、僕は聖都に行ったら一人になるんだから、自分のことは自分でするよ。だから、一人でも大丈夫だよ」

「まあ、さすがでございますわ、おぼっちゃま」

 分かってくれて何よりだよ。

「おぼっちゃまがお城にいらっしゃる間は、このリズにすべてをお任せくださいませ。リズは決して、おぼっちゃまのお側から離れたりいたしませんわ。おぼっちゃまに寂しい思いをさせたりしないと、聖なる神、月の女神にお誓いいたしますわ!」

 ああ、これはダメだ。

 どうしよう?

 お願いだから、空気読んでよ。

 無理か。

 日本人じゃないものね。


 やっぱり、ここは異世界だ。

 

「とにかく、僕はひとりで大丈夫だから」

「何かあったらどうなさいますか。おぼっちゃまは、リズが必ずお守りいたしますわ!」

「出てって!!!」

 俺はリズをトイレから追い出し、扉を閉めた。

 鍵を探したけど、何故か無かった。

 どうしたらいいだろう?

「おぼっちゃま」

 ドアをトントンと叩くリズ。

 その音が、俺を脅してくる。

 今にも踏み込んでくるかもしれない。

 とにかく、説得だ。

 説得しかない。

「リズ、僕は大丈夫だから」

「本当でございますか?」

「本当だから」

「もしですよ、もし、何かあったら必ずリズを呼んでくださいませ」

 死んでも呼ぶもんか。

「ああ、分かったよ」

 上流階級スキルが発動したのか、声を荒げることは無かった。

 リズにそんなことは言えなかったし、悲しい思いはさせたくなかった。

 ええ、建前ですよ、そんなの。

 だって、嫌なモノは嫌なんだ。

 そこだけは、譲歩したくない。


 前世で大怪我をして入院した時だって、看護師さんが差し出す尿瓶の使用を全力で拒否したぐらいだから。


 あの時の、にっこりと微笑む表情の中に垣間見えた、残忍さが俺は忘れられない。


「本当ですよ」

 しつこい!

「分かったから」

「大声を出してくださいませ」

「わかったから!!!」

 いや、しつこい。

 もう少し、声を荒げた方が、効果があったのかもしれない。


 こうして俺は、一人の時間を確保した訳だ。

 そうは言っても一人の時間をゆっくりと満喫している場合ではなかったので、用を済ませてさっさとトイレを出ることにした。

 リズがドアを蹴破って入って来ないという、保証はないからだ。



 ゆっくりしたいなあ。



 俺がトイレから出ると、リズはにっこり微笑みながら、俺に向かって手を差し出した。

「うん?なに?」

「おぼっちゃま、下着をお出しくださいませ」

「ええっと、無いけど?」

「まさか、お着替えしていないのでしょうか?」

 何だろう、リズはすごくショックを受けていた。

 大げさだなあ。

 いや、リズはいつも大げさか。

 つまり、これがリズにとっての通常運転なんだろう。

 そうは思うものの、そんな絶望的な顔をしないでよ。

 なんだか、俺が悪いみたいじゃないか。

「いけませんわ!さあ、下着をお取り替えいたしませんと」

 言うが早いか、リズは俺の目の前でしゃがんだ瞬間に、俺のズボンに手をかけて下ろそうとする。

 当然、俺は必死に抵抗したけど、リズは意外に力がある。

 そういえば俺が前世の記憶を取り戻した時、俺が怪我を負ったと勘違いしたリズに抱きかかえられながら、部屋まで連れていかれた。

 その時は何の違和感も無かったけど、よく考えたらリズは女性なのに随分と力がある。

 俺のこの身体は確かに子供だが、おそらくは10歳ぐらいだろうから、それなりに重いと思う。

 それを軽々と運んだのだから、リズは見た目と違って力がありそうだ。


 だから、俺は命がけで抵抗を試みることにした。


 掛かっているのは、男の尊厳だからだ。


「りず!なにするの!」

「さあ、下着をお取替えいたしますわ。リズにお任せくださいませ」

「きれいだよ」

「いけませんわ!おトイレの後は下着はお取り替えするものでございますわ。いつも、そうしているではございませんか?」

 知らなかった。これはまずい。

「わ、わかったから、わかったから、おねがいだからはなして!」

「いいえ、やっぱりリズが責任をもって、おぼっちゃまのお着替えのお手伝いをいたしますわ。リズにお任せくださいませ!」

 手伝うの意味が違うと思うけど、とにかくズボンが破けそうだ。いや、破けてもいいのか。

 きっと、服も新しいのが用意されているのだろう。

 なんて贅沢な。

 これがいわゆる、お貴族様の生活なのか?

 と、そうこうしているうちに、とうとう俺のズボンは下ろされ、下着もはぎ取られた。

 いわゆる、フルチン状態だ。


 これって、何の罰だ?

 児童虐待で訴えるぞ。

 それとも、泣いた方がいいのか?


 そうは思うものの、リズは俺の腰回りを丁寧に拭き、どこに持っていたのか新しい下着を履かせてくれた。


 これで、パンツ一丁の出来上がりだ。


 次に新しいズボンを履かせてくれたけど、どこに持っていたんだ?

 ああ、リズの後ろにもう一人メイドが居たか。

 名前は知らないけどさ、君さ、俺を助けてよ。

 助けるわけないか。

 だって、いつものことらしいから。

 きっと、俺が抵抗している姿を、不思議がって見ているかもしれない。

 リズは俺のそのいわゆる脱ぎたての下着を見つめ、顔を近づけようとした。

 何と、匂いを嗅ごうとしていた。

「り、りずぅっ!」

 俺はリズが持っている下着を取り上げ、後ろ手で隠した。

「おぼっちゃま?」

「リズ、何をするの?」

「何って、おぼっちゃまの体調に問題が無いか、確認を致しておりましたわ。さあ、リズに下着をお返しくださいませ」

 確認って、まさか、いや、考えたくない。

 こんな美女が、そんなことを。

「大丈夫だから」

「いけませんわ。体調の変化は、ご自分では気が付かないモノでございます。だから、リズにすべてをお任せくださいませ!」


 いやだ、まかせたくない。


「へ、へいきだから」

「おぼっちゃま?」

「ほんとうにだいじょうぶだから」

 もう、勘弁してください。

 誰だ、貴族の生活に憧れを抱いたのは。

 ああ、それは物語のの中での話で、現実の俺では無かったな。

 とりあえず、俺は下着を持ってその場から駆け出した。

「ああ!おぼっちゃま!どちらへ?」

「に、庭に」

「いけません!走ったら転びます!」

「大丈夫だから」

 さすがにリズは追いつけない。

 リズの格好はいわゆるメイド服みたいな、ちょっと歩きにくいというか、少なくとも運動には向いていない服装だ。

 長いスカートはくるぶしまであるし、その割にタイトなスカートだ。

 リズによく似合うけど、その恰好では走れないだろう。


 それにこちとら、元気いっぱいの少年だ!

 リズのような淑女に、こんなかけっこなんて出来るはずがない。

 はずがない、はずは無かった。



 リズは、全力で追いかけてきた。



「おぼっちゃまああああああ!!!お待ちくださ~い!!!」

 いや、こうなるともう、怖いんですけど。

「きゃっ!」

 悲鳴と共に、リズが転んでしまった。

 走ったら転ぶって、自分で言っていたのに。


 あんな長いスカートで走るからだ。


 やれやれと思い、この下着を処分するために庭に向かおうとしたけど、リズが動かなかった。

「え?リズ?」

 俺はリズが気になり、恐る恐る近づいていった。

 すると

「つかまえましたわ!」

 ガバッと起きたリズに、抱き留められた。

 リズは柔らかいけど、意外に逃げられなかった。

 本気で抗ったけど、ビクともしなかった。

 やはり、リズは力がある。

「おぼっちゃま、リズを困らせないでくださいませ」

「だ、だって」

「だって?」

「恥ずかしいから」

「ええ?」

「僕だって、リズに恥ずかしいところを見られたくないよ」

 すると、リズは震えながらも満面の笑みを浮かべ、更に俺を強く抱きしめた。

「おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!」

「り、りずぅ?」

「うれしいんです。おぼっちゃまがご成長したことが」

「成長って、当たり前だよ」

「そうです、当たり前なんですよね!」

 リズの目には、涙が溢れていた。


 泣いてる?


 なんで?


 いったい、リズって何なんだ?


 そんなことより、俺が一人になれる日って、来るのだろうか?


 もう、リズに逆らうのは、やめようと思った。




 だって、泣かれると辛いし。

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