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終末の魔女  作者: せいじ
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 温かい。

 とても心地好い。

 いい匂いもする。

 夢見心地というのだろうか?

 初めての経験だ。



 ずっと、このままで居たい。



 少し、目が覚めてきたけど、意識が朦朧としている。

 それでも、周囲が見えてきた。

 動いている。

 誰かの背に乗っているようだ。

 歩いてもいるからか、かすかに揺れている。

 心地好い揺れだ。

 かすかな揺れが、癒しの効果もあるようだ。

 不思議と、安心する。


 ずっと、心からずっと、このままでいたい。


「殿下のご帰還!」

 大音声で、完全に目が覚めた。

「へ?」

 俺は寝ていたのか?

 それとも、意識が飛んでいたのか?

「あ!おぼっちゃま、お目を覚まされましたか」

「リズ?」

「はい、おぼっちゃまのリズでございますわ♪」

 俺はリズに背負われているようだ。

 どうして俺は、リズに背負われているのだろうか?


 ああ、そうだ、思い出した。


 負傷したと勘違いされ、リズに背負われてここまで連れてこられたのだ。

 俺なりに抗ってみたものの、どうもリズは俺の言うことに耳を傾けてくれなかった。

 抗うことを諦めた俺は、負傷したふりをしつつ、いつしか寝落ちしていたようだ。

 だって、人に背負われる経験は、初めてのことだからだ。

 リズの背は予想した以上に暖かくてしかも心地よく、人に身をゆだねることの快楽に負けてしまったようだ。


 問題は、この状況だ。

 だってこの状況はどう考えても変だし、間違っていると思う。

 実際に戦ったのはリズだし、身を挺して俺を庇ったのもリズだ。

 肝腎の俺はというと、結局何もしていない。

 ただ、呆然と成り行きを見守っていただけの、ただの役立たずだった。

 しかも、最後の方は何が起きたのかすら、よく分からなかった。

 ルスが何かしたようだけど、俺にはそれすらも分からない。

 それなのに、こんなに手厚く介抱されていいはずは無いと思う。


 本来なら、無傷の俺が疲労困憊のリズを背負うべきだろう。


 ましてや、リズは女性なんだから。


 か弱くは無かったようだけど、女性には違いが無い。


 でも、リズって何者なんだ?


 そんなことを考えている間に、この世界における俺の住まいである、お屋敷の入り口が見えてきた。

 不思議なことに、皆はこのお屋敷をお城と呼ぶ。

 どう見ても、お屋敷にしか見えないのに。

 だって、お城だと言うのに天守閣も無い、お堀も無い、櫓とかも無い。塔はあるけど。

 そもそも、塀だって突破が可能なぐらい低いし、何なら塀が切れた場所には柵があるだけだ。

 お城というからには、籠城出来ないと意味がないと思う。

 このお屋敷はどう見ても、籠城出来るような作りになっていない。

 攻め込まれたら、一巻の終わりだろう。


 これでよく、お城なんていうなあ。


 もしかして、見栄かな?



 まあ、時代とか世界が変われば価値観とか常識も変わるけど、俺はこのお屋敷をお城と呼びたくない。

 でも、他人にそれを強制はしないし、する気も無い。

 だって、俺がここをお屋敷と呼んでも、誰も咎めないからだ。


 ・・・・もしかして、子供の戯言扱いされているのかな?


 そうこうしているうちに、どんどん俺の認識で言うお屋敷の入り口、彼らの認識で言う、いわゆるお城の門に近付いた。

 心の中で守衛さんと呼んでいる門番みたいなおじさんが、あたふたしているのが見て取れる。

 お屋敷から、人がわらわらと出てきた。

 随分、居るなあと思うけど、どうせならほっといてほしかった。

 見なかったことに、出来ないかな。

 しかし、随分居るな。

 お屋敷の使用人がどのぐらい居るのか、俺は何も知らない。

 しかも、その殆どが女性で、数少ない男性はどう見ても普通の人にしか見えない。


 ほら、やっぱりお城じゃないじゃない。


 だって、男の使用人はどう見てもいざとなったら戦えるような兵士に見えないし、女性は普通のメイドさんにしか見えない。


 そういえば、リズがいたな。


 一見、大人しそうな感じにしか見えないリズがあんなにも戦えるのだから、あのメイドさんの中には心得のある者がいるかもしれない。

 リズのようにいざとなったらあの長いスカートを切り割き、イザッ参らんと言って戦うのだろうか?



 どう見ても、そうは見えない。



 だって、誰もがパニックになったような、何だかおかしな動きをしていたからだ。

 あれでは、いざと言う時に何か出来るとは思えない。

 まあ、この状況では、パニックになるのも仕方がないけど。

 屋敷の主が、負傷したことになっているんだから。


 言っておくけど、俺は無傷だからね。


 そんな訳で、落ち着きなよ、使用人諸君。

 そうは言っても、正直のんびりは出来ないと思う。

 何故ならリズにしては珍しく汗をかいており、若干だけど息を切らせていた。

 ポニーテールにしていた髪も、いつの間にか解けていた。

 リズの髪は、いつもキレイに編み込まれている。

 それなのに髪がこんな状態に乱れているのは、俺とリズが出会ってから初めてだ。

 俺は思わず、リズのそんな髪に見惚れてしまった。

 リズの金色の髪が、太陽の光に当たって煌めいていたからだ。

 乱れていても、否、乱れているからこそ、キレイだと思う。

 いや、女性の髪に見惚れている場合ではない。

「リ、リズ。リズ、リズ!」

「あ、はい、おぼっちゃま」

「お、降りるよ。僕はもう平気だから。ね、降ろして」

「もうちょっとでございますわ。少しのご辛抱でございますわ」

「あ、歩けるから。僕はもう大丈夫だから」

「はい♪リズは頑張ります♪」

 もしかしてリズには、俺の言葉が聞こえないのだろうか?

 俺の言葉は、リズにはどう聞こえるのだろうか?

 もしかしたら、リズ頑張れとか、早く部屋に連れて行ってなんて、言ってないだろうな?


 言ってないよね?


 結局、リズは歩みを止めることはなく、そのまま門をくぐり屋敷の敷地に入った。

 使用人らしき人達が、ばたばたと走ってきた。

 その使用人らしき二人が、担架らしきモノを持ってきてくれたようだ。

 正直、俺はほっとした。

 無傷なのに担架なんかで運ばれるのはちょっと恥ずかしいけど、リズに背負われたままでいるのも恥ずかしい。

 しかしリズは、せっかく使用人の二人が用意してくれた担架を無視して歩み続ける。

 用意した担架を無視された二人の使用人は、どうしたらいいのか戸惑っていた。

 俺も、戸惑っていた。

「リズ?担架があるよ」

「道をお明け下さい!」

 俺の声は、リズのより大きな声にかき消されてしまった。


 リズって、意外に声が大きいな。

 ルスを怒鳴っていた時も、正直驚いたけど。

 怒鳴られたルスは、もっと驚いていたようだけど。


 そんな中、戸惑う使用人たちの中で、唯一冷静なのはマリーさんだけだった。

「奥さま!さあ、こちらへ」

 いや、誘導するなら担架の方でしょう。

 でも、一階の部屋に誘導しようとしていたところに、いくらか冷静な判断をしたようだ。


 さすが、マリーさんだ。


 しかし、リズの判断は違った。

「このまま、おぼっちゃまのお部屋に向かいます。治療の用意をお願いね」

「かしこまりました、奥さま」

 おい?

 マリーさん、もっと頑張ってよ。

 俺の部屋は屋敷の二階なので、リズの負担になる。

 さすがの俺も、これ以上は許容出来ない。

 エレベーターでもあるのならまだ話は違うのだが、この世界にそんな気の利いたものは無かった。

 だいたい、合理的に考えれば、一階でもいいはずだ。

 一階でダメな理由でもあるのか?

 部屋が汚いとか?

 多少は目をつぶるよ?

 いや、リズが我慢ならんのか。

 まさか、方位に問題があるとか?

 負傷したら、何があっても二階に上げるとか?

 一階で治療したら、回復に長引くとか?

 いや、それって迷信でしょう。

 この世界の住人は、迷信深いかもしれない。

 いや、魔族だの魔女が居る世界に、迷信も何も無いんだろうけど。


 そんなことを考えている場合か!


「リズ」

「はい、おぼっちゃま」

「降りるよ。さすがに階段は無理だよ」

「ご安心ください、おぼっちゃま。リズにすべてをお任せくださいませ」

 言葉は通じているようだけど、意図はまったく伝わらないようだ。


 リズは階段の前で一旦立ち止まり、少し息を継ぎ、気合を入れた。


「よし!おぼっちゃま、リズにしっかりとお掴まりくださいませ」

 リズに対して何か言う時は、伝え方を工夫しないといけないって、自分でもよくわかっているんだけど、どうしても陳腐なセリフしか出てこない。

「僕はもう大丈夫だから、本当にもう大丈夫だから」

「はい、ご安心くださいませ。もう少しで、おぼっちゃまのお部屋でございますわ」

 ダメだ。

 もう階段に足を掛けているリズに、これ以上は余計なことになる。

 むしろ、かえって危ない。


 リズは一歩一歩段差を確かめるように階段を上がり、ついに二階に上がってしまった。

 問題は俺の部屋の位置で、廊下の一番奥にある。

 俺の部屋がどうしてそんな場所にあるのか分からないけど、とにかく遠い。

「リズ、リズ、ありがとう。ありがとう、リズ。もう、大丈夫だから」

「はい、あとほんの少しでございますわ。おぼっちゃまのご声援があれば、リズはどこまででもご一緒出来ますわ」

 ああ、ダメだこれは。

 俺に出来ることは、そう、それはただ一つだけだ。

 

 諦めること。


 どうせ俺の部屋は、もうすぐそこだから。


 部屋に着きさえすれば、もう何も考える必要はない・・・・・・・・はずだった。


 どうして俺は、そこをゴールだと思ったのだろうか?




 俺の苦難はつづく。

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