21
「はあ、はあ、はあ。ここまで来れば、もう大丈夫か」
失った指の根元を押さえ、身体を引きずりながら歩いていた。
「クソックソックソッ!何なんだ、あれは。一体、何なんだ。あんなの、聞いてないぞ!」
ぶつぶつと呟きながらも、道化師の魔女は次のことを考えていた。
任務は失敗、剣も失い、貴重な治癒薬も閃光弾も使ってしまった。
ありえないぐらいの失態だ。
これから、どうすればいいのか。
道化師の魔女は懐から小瓶を取り出し、グイッとあおった。
体力のみならず魔力も回復する、とても貴重な万能薬だ。
高価だから使いたくなかったが、敵地に無防備で居るにはあまりにも危険だ。
だから一滴も逃さないように、小瓶を煽ったまましばらくそのままの姿勢でいた。
最後は瓶の口を未練がましく舐め、中身が無くなった小瓶を投げ捨てた。
身体に熱が戻った、そんな感じがした。
「ふ~、これで人心地ついたか」
「良かったわね」
耳元で囁かれたその瞬間、道化師の魔女は距離を取って構えた。
手には何もなかったけど、それでも相手が敵なら戦うしかなかった。
「誰だ!」
「ほ~んと、あなたって、しぶといわね」
女が居た。
さっきまで誰も居なかったのに、まるで最初からそこに居るように見えた。
青の魔女と呼ばれる、バケモノがそこにいた。
限りなく黒に近い感じの青系統の色をした長い髪、何を見ているのか分からないようなかすかに青みがかったようなドス黒い瞳、上から下まで意味不明なまでの真っ黒な衣装を身に付けている。
靴まで黒ときた。
変装のつもりか?
青色の髪が黒く染まるぐらい、心まで真っ黒なんだろうと、そんな感じをさせる女がそこに居た。
嫌な女だ。
殺したくなる。
「あんた、今まで何してた?」
「あらあ、あなたの後始末よ」
「後始末?」
ボクのことか?
「そう、後始末」
「何の後始末だって?」
道化師の魔女は、警戒していることを悟られないように、身構えた。
「あなたが雇った、あのお馬鹿さんたちのことよ。その人たちには消えてもらったわ」
消えてもらう?
そうか、始末したってことか。
別にあいつらに情報を与えたつもりはないから、捕まったところで別に構いやしない。
そもそも、ボクの正体だってあいつらは知らなかった。
ボクが魔族だって分かると、途端に及び腰になるような、そんな手合いだ。
しかもあいつらは、カネよりも金髪のメイドを欲しがっていた。
あんなババアのどこがいいのか。
金髪にそんなに価値があるのか。
それとも、あのデカい胸がいいのか?
そんなの、どうでもいいじゃないか。
女を見た目で判断するようなクズだ。
そんな奴らだから、死んでも別に惜しくない。
「ねえ?」
「なんだ」
「何で、あんな奴らを雇ったの?冒険者とか傭兵とか雇えば良かったのに」
カネが要らなかったからという言葉は、さすがに飲み込んだ。
それに冒険者?傭兵?アホか、このババアは。
本当に年寄りは、無知で困る。
もっとも、この見た目では年齢は判別出来ないけど、先代から居るのだから、相当な年のはずだ。
間違いなく、バケモノだろう。
「冒険者や傭兵にボクの正体がバレたら、後ろから刺されるじゃないか。そんな危ない真似、誰がするか」
「そうかしら?変装しているんだから、大丈夫じゃないかしら?」
「変装しても目利きが相手なら、ボクが普通の人間じゃないってすぐに分かるだろう?」
「そうなの?」
「そうだ」
「でも、そのせいで失敗したじゃない」
「あれはボクのせいじゃない。あのメイドが異様に強かっただけだし、それに途中で邪魔が入った」
「ふ~ん、そうなんだ」
「一体、あの女は何なんだ?ただのメイドじゃなかったぞ?」
「メイドねえ」
せせら笑った。
カチンと来る。
殺してやろうか。
こっちは死にかけたんだ。
「おい、あのメイドは何者なんだ?知ってるんなら、教えろ」
「確か名前は、エリザベスだったかしら?」
「エリザベスだと?あのメイドは、リズ・エーオスという名前じゃないのか?城のメイド長だと、そう聞いていたぞ?」
「リズは通称よ。本名はエリザベス。ええっと、本名はエリザベス・・・・ええっと、ああ、そうだ、確かローエルよ」
「ローエル?まさか、あのエリザベス・ク・ローエルか?」
「そうそう、よく知っているわね」
「勤勉の聖女だろう?有名人じゃないか」
「ふ~ん、そうなんだ」
何とぼけている?
人を小馬鹿にしやがって。
情報を出し惜しみする奴の、常套句だな。
問題はそのせいで、ボクは死にかけたということだ。
「勤勉の聖女と言えば、歴代最強の聖女といわれているじゃないか。ボクはそんな奴と、真正面からやりあったんだぞ」
「ふ~ん、そうなんだ。私にはどうでもいいんだけどね」
「どうでもよくないだろう!」
「あら、どうして?」
「勤勉の聖女が相手なら、事前に準備がいるだろう!だいたい、なんで聖女が聖都ではなくこんな辺境に居るんだ?」
「そんなの、私だって知らないわよ」
「勤勉の聖女が名前を変え、メイドとなってこんな辺境の地に潜伏しているなんて、一体どういうことだ」
教皇が交代したことに伴い、教会内部の勢力争いがむしろ激しくなったとは聞いていたが、それにしても妙だ。
聖女は聖都から離れないはずだ。
つまり、まだ何かあるのか?
すると、黒装束の魔女は、プッと笑い出した。
「あ?何がおかしい」
「だ、だって、、、、、潜伏って、あははははは」
「笑うな。じゃあ、理由は何なんだ?」
「彼女、辺境伯の家令になったのよ」
「はあ?何を言っている?あの女は、勤勉の聖女なんだろう?それが辺境貴族の家令って、何の冗談だ?あいつらの教会が、そんなことを許すはずないだろう?」
「私に聞かないでよ」
ころころ笑っているその姿は、まるで幼い少女に見える。
しかも、無知な相手を見て楽しんでいるようだ。
最悪な気分だ。
本当に殺したくなる。
「おい、まだ何か隠してないか?」
「ええ?隠すって、何を?」
「あの大男だ。あれもいわくつきじゃないのか?」
「ああ、あれは剣聖よ。それこそ有名人じゃなくって?」
「はあ?なんで、剣聖がこんな辺境に居るんだ?」
勤勉の聖女の次は剣聖だって?
何なんだ、これは?
聞いてないぞ。
「私だって知らないわよ、気になるならご自分で調べたら?」
「あんたはあいつらが、勤勉の聖女や剣聖と知っていたな?だったら何故、あんたは情報を渡すどころか、ボクに加勢もしない。裏切りじゃないか?」
まさか、ボクを嵌めたのか?
いや、まさかな。
「あなたを助ける義務も、義理も私にはないわ」
空気が緊張した。
「なんだと!」
「何よ。私は私のやることをちゃんとやったわよ。剣聖やそのお仲間を街外れまで誘導してあげたじゃない。それに兵士があの場所に入れないように、結界だって私が張ってあげたじゃないの。これで十分でしょう?」
不機嫌に口を尖らせた青の魔女は、本当に幼い少女のようだ。
もしかして、この女の上から下までの真っ黒な格好は、貫録を持たせる為か?
中身が無い奴に限って、見た目を気にする典型だな。
「それなのになんで、あの大男が来たんだ?」
「ああ、それね」
「なんだ」
「いえね、どこかのおバカな魔女さんが、おかしな魔術を使おうとしたからねえ」
青の魔女は、嘲笑した。
少女のように幼く見えるその笑顔には、不思議な残忍さが垣間見える。
こいつは、やはりバケモノだ。
どさくさに紛れて、ボクを罠に嵌めたということか。
勤勉の聖女や剣聖に、ボクを殺させようと。
いずれにせよ、任務が失敗したことでボクに責任が降りかかるし、この女が何をしゃべるか分からない。
このまま国に帰らせるのは、危険極まりない。
ここで、やってしまうか。
「なに?」
道化師の魔女は激高したように見せながら、小さく小さく青の魔女に気付かれないように詠唱を始めた。
詠唱を交えながら、会話をする。
かなりの高等テクニックだ。
こういうやばい手合いに対しては、一瞬で勝負が決まる。
一撃で決めないと、むしろこっちが危ない。
しかし、一撃で決めるには、高レベルの魔術が必要だ。
油断ならない相手を暗殺する時のやり方だが、姑息なやり方だと他の魔女から非難されている。
魔術で真向勝負するのが、魔女の作法だとか。
それが出来ないボクのことを、ババア共は蔑んでいた。
要は勝てばいい、それだけの話のはずだが、勝ち方も作法の一つだとほざく。
バカバカしい。これだから時代遅れのババア共は、始末に負えない。
まとめて燃やせば、さぞ気持ちがいいだろう。
「だってねえ。あなたあの少年ごと、すべてを消し去ろうとしたでしょう?」
「それで、対抗魔法を使ったというのか?」
「うふふふふふ♪だったら?」
やっぱり、こいつだったか!
ボクを助けるどころか、邪魔をしやがって。
だったら、最初にこのババアを、消し炭にしてやろう。
その済ました顔が歪むと思うと、とても愉快になる。
ボクを罠に嵌めてくれた報いをくれてやる。
格下と思っていた相手に、やられる屈辱を味わいながら死ねばいい。
さっき、ボクもやられたばかりだが、勤勉の聖女が相手なら話が違う。
でも、勤勉の聖女の癖に魔術ではなく剣術で対抗してきたのが、ちょっと解せなかった。
まあ、いい。
いずれあの聖女も、消し炭にしてやる。
あの目障りな金色の髪を、真っ黒に燃やし尽くしてやる。
「あの女が盾になるから、坊やは死ぬことは無い。だって、あの女は勤勉の聖女なんだろう?」
もうちょっとだ。
「死ぬことはないって、肝腎の少年は無事で済むのかしら?」
「腕の一本や二本、無くなっても大したことないだろう?」
その瞬間、突然空気が震え、凍てつく風が吹いた。
空気が冷えたにも関わらず、道化師の魔女の額には汗が浮かんでいた。
こいつ、氷魔法が使えるのか?
次から次に、色々と器用な奴だ。
今ので、せっかく組んだ術式が乱れた。
まったく、七大魔女も伊達ではないということか。
チッ!本当に厄介だな。
「あなたが受けた命令は、あの少年の保護だったはずじゃなかったかしら?出来るだけ無傷でって、言われてなかったのかしら?」
「ああ?ボクが受けた指示は、拉致してでも連れてこいだ。無傷とは聞いてない」
「そんな乱暴な指示って、一体誰が出したのかしら?ねえ、あなたにそんな指示を出した人のお名前を、私に是非教えてくれないかしら?」
今だ!
「いっやだね!魔術解放!」
青の魔女が、爆発した。
一人を粉砕するのがせいぜいの魔法だが、当たれば確実に始末できる。
ただ、命中率に難があった。
でも、至近距離だったので間違いなく命中させた。
その分自分も火傷の被害を受けたけど、対抗魔法を使う相手を絶対に倒すにはそれしかなかった。
「クックックックックッ!ワハハハハハ!!!気取りやがって!何が七大魔女だ!もう、お前らの時代は終わったんだ!いい気味だ!ざまあみろ!」
いかに鬱屈していたか。
「馬鹿にした相手にやられる気分は、どうなんだい?ハハハハハハハハハハハ!!!」
溜まっていたものも一緒に、魔術に籠めた。
人をいいように使いやがって。
勤勉の聖女や剣聖にぶつけて、ボクを亡き者にしようたって、そうはいくか。
「ああ、しかし、これからどうしよっかなあ。このまま国に戻っても、無事で済むかなあ。任務は失敗、しかもババアも死んだ。それに国境の検問所を通るには、あのババアの認識阻害魔法が必要なんだよなあ。強引に突破するのは、ちょっと面倒だしなあ。取り合えず、逃げるか」
道化師の魔女は納得した。
気分も上々だ。
状況は最悪だけど。
「そのうち、ボクにお呼びがかかるさ。何せ、ボクは次期七大魔女なんだから」
「そうなんだ」
「へ?」
地面から手が伸び、道化師の魔女の足をガシッと掴んだ。
道化師の魔女は、転んでしまった。
「お、お前は?」
「あら、お化粧が取れてしまったようね。いやだわ、恥ずかしい」
地中から姿を現したのは、鮮やかな銀髪、紫紺の瞳の女性だった。
呑気に服をパタパタとはたいていた。
「お、お前、誰だ!」
「あらあ、あなた記憶障害かしらあ?さっきまで、一緒にお話していたじゃないの?」
「青の魔女とでも言うのか?さっきと姿が違うじゃないか?何者だ、お前は!」
「ふ~、認識阻害魔法も不便よねえ」
「何?」
「さっきの攻撃で、術式が吹き飛んでしまったわ」
「お、お前、ボクを騙していたのか?」
「人聞きが悪い。騙すも何もないわ。あなたがお仕事に忠実なら、何も問題は起きなかったのだから」
「おい?誤魔化すな」
青の魔女は、あのババアは、どうしたんだ?
まさか、こいつが殺したのか?
そんな馬鹿な。
いつだ、いつ入れ替わった?
そんな暇は、無かったはずだ。
そうだとしたら、最初からか?
七大魔女である青の魔女と入れ替わり、剣聖を騙し、しかも同時に大掛かりな結界も貼って、おまけに発動中の第九階梯魔法を無効化する対抗魔法を使うなんて、・・・・・・・・・・・・、普通じゃない。
本物のバケモノじゃないか?
どうする?
この場を、どう乗り切る?
七大魔女を倒せるような手練れを相手にするなんて、今のボクには荷が重い。
だいたい、誰なんだ、こいつは?
「あなたがあの少年に手を出さなければ、それで良かったのよ」
「そうか、あの坊やに鍵があるのか」
「あなたには関係ないわ」
「いいぜ、坊やに直接聞けば、それも分かるさ」
黒装束の魔女の顔から、笑顔が消えた。
「さぞ、聞き甲斐がありそうな坊やだ。たっぷりと、このボクが可愛がってやるさ」
「ほ~んと、お使いも満足に出来ないような泥棒猫ちゃんは、やっぱりお仕置きが必要よねえ」
黒装束の魔女は、手を道化師の魔女に向けた。
「ざっけんなああああ!!!!」
道化師の魔女は、黒装束の魔女に向かって何かを投げた。
黒装束の魔女は、それを無造作に手で掴んだ。
何も起きなかった。
「な!?」
「本当に、お行儀が悪い子ねえ」
黒装束の魔女が、指をパチンと弾いたその瞬間、道化師の魔女の腕が落ちた。
「は?ああああああああああ!!!!!!!!」
道化師の魔女はうずくまり、腕を押さえた。
「大げさねえ」
「う、腕が、腕がぁ・・・・」
「確か、腕の一本や二本、無くなっても大したこと、無いんじゃなかったかしらね♪」
「お、お、おま、えええ、な、なにものだ?」
いま、なにをした!
いつ、詠唱をした?
ボクと同じ技か?
裏の人間か?
「ああ、そうそう、名乗らないとね。ユンよ。ユン・ユアよ」
「はあ?お、お前、何を言っている?」
「あら、聞こえなかったのかしら?」
「き、聞こえてる。それは、それは、終末の魔女の名前だろう!騙るな」
「いやねえ、本当に私の名前よ。いいお名前でしょう?」
「う、嘘をいえ、そ、そんな名前を名乗る馬鹿が、どこに居る!」
世界から忌み嫌われる、悪の象徴。
神話時代から存在し、何度も世界を破滅の淵に追い込んだという、嘘のような存在。
名前を、ユン・ユアという。
原初の魔女とも呼ばれるが、いつしか、終末の魔女と呼ばれていた。
終末の魔女は、時代の節目に現れては時の英雄に滅ぼされたという、愚かな女。
時の英雄に滅ぼされたはずなのに、やはり時代の節目に現れては世界を引っ掻き回す、迷惑な存在。
存在すら怪しいが、本当に居たのか?
こいつが、本物の終末の魔女なのか?
二十年前に、王都が灰燼に帰す事件が起きた。
終末の魔女の仕業と噂されていたが、今も真偽が分からない。
火山が噴火したとも、星が落ちたとも言われている。
その時に起きた大規模な災害により、王都が壊滅したのは間違いようのない事実だ。
その災害に巻き込まれた結果、国王を含め貴賤を問わず数十万人の住民が犠牲になったと言われているが、本当にこいつがやったのか?
ありえない!ありえない!ありえない!ありえない!あってたまるか!
「本当よ」
「終末の魔女の名前なんて、そんなのありえないだろうが」
どうする?
「そうねえ、そうとも呼ばれていたわよね」
「世界に災厄をもたらす存在だ」
どう切り抜ける?
「それ、大げさよねえ」
「王都を灰にしたのも、お前の仕業か?」
道化師の魔女は、落とされた自分の腕を拾った。
「ひどいわよねえ。何でもかんでも私のせいにしてねえ?」
「・・・・・・・・」
拾った自分の腕を見つめた。
「ねえ?あなた、そうは思わない?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あれはねえ・・・」
「!!!」
ユン・ユアと名乗る黒装束の魔女に、腕を思いっきり投げつけた。
「いやね、お行儀が悪い・・・・」
黒装束の魔女は、飛んできた腕を弾いた。
すると、それは煙を吐いた。
何も見えなくなった。
「風よ」
風が吹き渡り、あたりが見渡せるようになったが、あの魔女は居なかった。
「まあ、いいか」
ユン・ユアを名乗った黒装束の魔女は、汚れた服を脱ぎ捨てて裸になった。
身に何も纏わなくなった黒装束だった魔女の胸には、小さな、とても小さな黒い色をした半月のあざがあった。
「あのお洋服、お気に入りだったのに。もう、本当にお行儀が悪い子ね」
胸のあざを指でなぞりながら、魔女はぼやいた。
次の瞬間、ユン・ユアを名乗る魔女は消えた。
そこにはユン・ユアを名乗った魔女が脱ぎ捨てた黒い衣装と、爆発の後だけだった。
「でも、楽しみが増えたわ。うふふふふふふ」
声だけが、荒野に響いた。




