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たすけて
「え?何?」
たすけて
「だから、どうしろって?」
たすけて
「聞いてる?」
たすけて
「おい?」
たすけて
「しつこい」
たすけて
「だから、何なんだ!」
おねがい、たすけて・・・
「いい加減にしろ!」
このこをたすけて
「え?」
自分の声に驚いて目を開けると、急に視界が開けた。
目を閉じていたことに、今気が付いた。
今まで目を閉じていたせいで、世界が真っ暗だったことに、今更気が付いた。
俺は馬鹿だなあと、自虐的になる。
でも、世界は明るいなあ。
空が青かった。
空の青さが、目に染みるなあ。
うん?
空が青い?
確か、今は夜だったはず。
そうだ!少女はどうした?
無事か?
「大賢者さま!お願いです。このこを、おぼっちゃまをお助けください!」
「え?」
女性が泣いていた。
俺の頬が、涙で濡れていたからだ。
俺はどうやら、泣いている女性に抱きかかえられているようだった。
でも、さっきの女性の声と、違うような?
あれ?どんな声だったっけ?
俺を抱きかかえている女性は、さっきの少女ではないようだ。
そもそも体格が違うし。
髪の色だって違うし、醸し出す雰囲気が違っていた。
泣いている女性は銀髪の少女ではなく、よく光る髪をした大人の女性だけど、日本人ではなく外国人のようだ。
その外国人女性に、俺は抱きかかえられている。
何でだろう?
女性は、柔らかくて暖かい。
すごく、心地良い。
しかも、いい匂いがする。
いい匂いだけど、香水の匂いではない。
どこか懐かしさを感じる、そんな匂いだ。
そんな匂いに、俺は癒されていた。
でも、何の匂いかな?
本当に、心地いい。
何だか、安らぐ。
いつまでも、こうしていたい。
「落ち着きなさい」
男性の声に驚き、俺は正気になった。
俺は気が付いた。
この状況は、変だと。
声のした方を見ると、そこに居るのは初老の外国人だった。
きっと、この人がダイ・ケン・ジャさまなんだろう。
ダイ・ケン・ジャって、変わった名前だな。
まあ、外国人だからなあ。
ここって、こんなに外国人だらけの街だったかな?
観光地でもないのに。
「で、でも、おぼっちゃまは、あ、あんな、あんなに高い所から落ちたんですよ!」
女性は涙目になっていて、しかも興奮していた。
俺を、ギュッと強く抱き締めていた。
いや、文字通り締められていた。
いくら胸が柔らかくても、ちょっと苦しいかも。
ちょっと痛いけど、少し苦しいけど、不思議と抗い難いし、力がすっかり抜けていた。
色っぽい気持ちは一切なく、何だか、抵抗することが悪いことのような気がしたから。
でも、気になるワードがあった。
高いところ?
落ちた?
いや、低い所の間違いでは?
落ちるよりも、横に飛ばされたと思うけど。
そう、俺は道路に飛び出し、多分だけどトラックに跳ねられたはず。
というか、ここはどこだ?
あの少女は、無事なのか?
俺はどうしたんだ?
大怪我したはずだ。
怪我は、どうも無いようだ。
あんなに派手に、トラックにぶつかったのに?
それに、あんたたちは誰?
救急隊には見えない。
ああ、こんがらがる。
「ああ、お願いします!早く、このこを、早く、はやく、おぼっちゃまを!私のおぼっちゃまを!」
「落ち着きなさい。今、治癒を掛けるから」
ちゆ?って、なんだ?
すると、男の手が俺の身体に伸びてきた。
男に触られるのって、ちょっと嫌だと思ったけど、女性にぎゅっと抱き締められていたので、身動きが出来なかった。
いや、違う。
本当に、この女性に逆らえなかった。
俺は不思議と、完全に力が抜けていた。
身をこの女性に、完全に委ねていた。
男は、何かつぶやいていた。
「む?」
「大賢者さま?どうかなされましたか?」
「いや?」
「大賢者さま?」
「いや、もう大丈夫だ。怪我はしていないようだ」
「ありがとうございます。ありがとうございます。ああ、良かった。本当に良かった」
女性は何度も頭を下げ、そして俺を見下ろし、涙目になりながらも微笑んでいた。
何故だろう、この女性が笑うと、俺も嬉しくなるのは。
女性は俺にしがみつき、わんわん泣いていた。
俺は自然と、その女性の頭をなでていた。
キレイな髪だなあと、その時はそう思った。
光って見えた髪は、金髪のようだ。
不自然なまでにキレイな髪だから、もしかしたら染めているのかな?
そんなことを思っていたら、周りが賑やかになってきた。
「どうしたの?」
「大変よ」
「あの塔から落ちたそうよ」
「あの高さから?」
「じゃあ?」
「大賢者様が治癒してくださったそうよ」
「さすが大賢者様だわ」
「あんな高い所から落ちても、治せるなんてさすが王国随一の方ですわ」
「でも、何であんな場所に?」
「塔には鍵が掛かっていたはずですけど?」
「鍵が壊れたのでしょうか?」
「後で確認いたしましょう」
何人いるのか分からないが、随分と野次馬が集まってきたようだ。
その殆どが、女性の声なのが気になる。
とりあえず、大丈夫ならもう家に帰ろう。
その前に、俺を放してもらわないと。
「ねえ、もういい?」
あれ?俺の声じゃない。
俺の声じゃないけど、俺の声だ。
でも、俺の声じゃない。
だって、幼い声だから。
喉がやられたのかな。
「おぼっちゃま、おぼっちゃま。もう、無茶はおやめくださいませ」
「うん。わかった」
ごく自然に、そう答えた。
ごくごく自然に、当たり前のように、どこにも不自然さもなく。
違和感すらなかった。
しかも俺は自然に、彼女の柔らかな胸に顔を押し付けていた。
本当に自然に、何の違和感も無く、女性の柔らかくてふくよかな胸に、顔を埋めた。
女性は俺のそんな行為を咎めるどころか、ごく自然に俺の頭を撫でた。
しかも女性は、俺の額に口づけをしていた。
驚くといった感情も、喜びも何も湧かなかった。
こんな美女に、こんなことをされているのにだ。
おかしいだろう。
「おぼっちゃま、お願いですから、リズから離れてはいけませんわ」
「うん、分かったよ」
「おぼっちゃま、お約束してくださいませ」
「だから、分かったよ」
「本当でございます、本当に、本当でございますわ」
「だから、分かったって」
彼女は俺のその返答に喜んだように、俺の頭を撫でている。
もう片方の手は、俺の身体中を触っていた。
まるで、どこか他に怪我が無いか確認しているように。
でも、リズと名乗った女性はいったい誰なんだ?
「分かったから、もう大丈夫だから、いい加減離してよ」
「ダメでございますわ。このまま、リズがおぼっちゃまのお部屋までお連れいたしますわ」
「ええ?恥ずかしいよ」
「恥ずかしいとお思いになるのでしたら、もうあのような塔に登ってはいけませんわ。リズとお約束してくださいませ」
「うん、分かったよ、リズ」
怒った顔も、どこか可愛らしいと思った。
その時だった。
視線を感じた。
とても強い視線だった。
どこからだ?
上からだ。
塔の方向だ。
俺が落ちたという、塔の上の方からだ。
俺は視線を追った。
塔のてっぺんを見た。
そこには、人が居た。
塔の上から、誰かが俺を見ていた。
長い髪を風にたなびかせながら、俺を見下ろしていた。
女性のようだ。
女性は、冷たい瞳をしていた。
俺には、そう見えた。
距離が離れているのに、何故かはっきりと見えた。
間違いない。
銀色の髪と、深い紫色の瞳。
まるで、あの時の少女のような、そんな感じに見える。
でも、あの時の少女ではなかった。




