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終末の魔女  作者: せいじ
19/22

19

「粉砕せよ!魔術解放!!!」

「対抗、魔術消滅」

「あいしてます」


 三つの言葉は交差し、ぶつかり合う。




 ぶつかり合いながら、重なり合う。




 それはやがて、ひとつになった。






 すべてが終わった。


 俺はそう思った。


 でも、何も起きなかった。


 むしろ、さっきよりも静かだった。



 リズの声しか、存在しなかった



 俺は状況を確かめたく、リズの肩あたりまで顔を出そうとするも、リズはそれすらも許さなかった。


 無意識なのか動こうとする俺を胸に強く押し付け、まるで何があっても離さないという感じだった。


「リ、リズ」

 困った。

 状況が分からない。

 あとは耳を澄ますことしか、やれることはなかった。


 相変わらず何を言っているのかよく分からないリズの言葉の合間の、「あいしてます」だけはよく分かった。


 返事すらできない。


 リズに応えてあげることが出来ないし、そもそも何も出来ない。


 いや、最初から俺は何も出来なかった。


 それにしてもリズの力は、ちょっと普通じゃなかった。


 リズのリミッターが、外れたような感じがする。


 だが、気配はある。


 嫌な気配だ。


 嫌な気配が、近づいてくる。

 恐らくは、あの道化師の魔女だ。

 手元に武器は無い。

 リズが持っていたナイフは捨てられてしまい、今どのあたりにあるのか分からない。

 むしろ、近くに魔女の折れた黒剣があると思うけど、柄が無いから持てない。

 でも、そんなことを言っている場合ではない。

 布を巻けば、なんとかなるんじゃないか?

 でもその前に、リズから離れないと。

 リズを正気にしないと。

 だって、リズは魔女に背を向け、無防備な状態だからだ。


 そうなんだ、俺はまだ、リズに守られているんだ。


「クックックックッ」


 かすかだけど、笑い声が耳に入った。

 低い、ほの暗い感じがする、嫌な感じの声だ。

 リズ!リズ!


 俺はまだ、リズの胸でもごもごとしゃべっている。

 身動きが取れない。

 まずい、これはまずい。


 リズ!


「死ね。魔術解放」


 ああ、もうダメだ。


「させん!!!」


 何か空から落ちてくる、そんな気配がした。

「とべ!!!」

 音しか聞こえない。

 いったい、何が起きたんだ?

 まったく、分からない。

「はあ~、割に合わない仕事だねぇ」

 道化師の魔女の、どこか間延びした声が聞こえた。

「降伏しろ!」

 ルスだ、ルスの声だ!


 助かったぁ~。


「いっやっだね!」

「そうか、なら死ね」

 ルスの声の後、何かが弾ける音がした瞬間、周囲が真っ白になった。





「まったねぇ、ぼうや」





「逃げたか。追え!まだ近くに居るはずだ!」

 兵士が走り出したような音がしたので、これで終わったようだ。

「リズ、リズ」

 俺はリズの胸から口だけを何とかずらし、リズに危機が去ったことを伝えた。

「リズ、リズ。もう、大丈夫なんだよ。リズ、リズ」

 リズの俺を抑える力が、少し弱くなった。

「へ?」

 リズの呆けた顔は、初めて見るような気がする。

 ちょっと、可愛いかも。


 リズの乱れた髪を、直してあげたいという衝動に襲われたぐらい。


「あ、ええっと、魔女は?」

 リズは俺を抱きしめたまま、きょろきょろと周囲を見回した。

 この段階になっても俺を離さないリズは、正直怖いと思う。

 愛は重いとは言うけれど、ここまで大事にされた経験が俺には無かった。


 だから、怖くても邪険には出来ない。


 愛は重いと言うよりも、少し息苦しいモノだと俺は学んだと思う。


 本当のところ自分自身、愛というよく分からないモノを、どう感じているのか自分でも分からないし、どう扱っていいのか分からない。


 いつか、分かる日が来るのだろうか。


 呆けた顔をしたリズは、俺をただ見つめていた。


 こうして間近に見ると、リズの瞳は青と言うよりも、水色をしていた。


 キレイだなあと、そう思った。


 リズの水色の瞳が、かすかに潤んできた。


 キレイだけど、ちょっと困った。


 ああ、これは泣くなあと漠然に思ったからだ。


 でも、そんなリズを見て、心から安心する俺自身に少し戸惑っていた。


 安心だけが、そこにあったと思う。


 まあこれで、リズも安全になったと確信したと思うので、これでようやくこの苦しい状態から解放されると思った俺は、やはりリズを理解していなかったんだろう。


「ああああ!おぼっちゃまああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!おぼっちゃま!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズは!リズわあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 リズは俺の首に抱き着き、わんわん泣いていた。

 喚き散らしたと表現するのは、ちょっと酷だろうか?

 ため息が出そうになったけど、それを何とかこらえ、リズの頭を撫でてあげた。

 リズがいつも、俺にしてくれるように。

 少し乱れた髪を、優しく撫でつけた。




 リズには、感謝しかない。




 だって、俺がこうして生きているのも、すべてがリズのおかげだから。

 苦しいのは、まあ我慢だ。


 我慢出来る限界までね。


「リズ、ありがとう。本当にありがとう」

「ご無事で、ご無事で、本当に、本当にご無事で良かった。良かったでございますわああああああ」

「うん。道化師の魔女もルスが退けたみたいだから・・・・・」

 すると、リズはピタッと泣くのをやめた。

「ルス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、ございますか?」

 何だろう、嫌な予感しかしないんだけど。

「う、うん」

 リズは、勢いよく立ち上がった。

「ルスッゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 リズの大音声に反応したルスは、その場で跳ねあがった。

 ルスの顔に、怯えが走った。

「ルス!ルス!ルス!ルス!ルス!ルス!ルス!ルス!」

 リズの進撃が始まった。

 もはや、誰にも止められない。

「あ、あのさ」

「ルス!」

「ひ、ひゃい!」

 直立不動の姿勢でいる大柄のルスに対して、とにかく怒っている小柄なリズとの対比は、ちょっとパロディだった。

 当人はそれどころではないだろうけど。

「あなた!どこをほっつき歩いていたんですか!」

「ち、ちがうんだよ」

「どこが違うんですか!」

「だ、だからさ、れ、冷静に」

「これが、冷静でいられますか!」

「うん、そうだね」

「おぼっちゃまが、おぼっちゃまが危なかったのですよ!」

「ま、間に合ってよかったよ」

「間に合ったで、済むとお思いですか!」

「ああ、そうだよね、うん、悪かったよ」

「今の今まで、あなたは何してたんですか!」

「君たちを探してたんだよ」

「探す?見失うはずないじゃないですか?私たちは、大通りを真っ直ぐ進んだんですよ」

「よ、よく分からないけど、急に君たちが居なくなったんだよ」

「居なくなる?」

「そ、そうなんだよ。忽然と君たちが消えたんだよ」

「そんなはずありませんわ!まさか、こんな時なのに、あの女の所に行っていたんじゃないでしょうね?」

「ま、まさか」

「だったらなんで、おぼっちゃまを見失うなんて失態を演じるんですか?」

「ほ、本当なんだって。他の兵士も側で見ていたから、間違いないんだ。聞いてくれてもいい。本当に、本当に消えたんだよ。お願いだから、信じてくれよ」

 ああ、これはまずい。

 夫婦喧嘩は犬も食わないというけど、これではとても食えないだろう。

 犬だって、逃げ出すだろう。

 むしろ、俺もここから逃げ出したい。

 でも、ルスを助けられるのは、きっと俺だけだろう。

 仕方がない、助け船を出そう。

 ルスにはいつも、いつも?

 いつも、見捨てられてないか?

 思い出したらルスに助け舟を出すことにためらいを覚えたけど、そろそろ人だかりが出来始めていた。

 あの男たちも、兵士に捕まっていたし。


 もう、疲れたし。


 それにルスは俺にナイフもくれたし、朝では助け舟を出してくれたし。

「リズ」

 リズの服の袖を、そっと引っ張った。

「あ、はい、何でしょうか、おぼっちゃま」

 にっこりと微笑むその顔は、今の俺にとってはむしろ恐ろしかった。

 そう、まるで聖母さまのような、慈愛溢れるようなそんな表情なのにだ。

 


 完璧なまでの、微笑みだった。



 何だ、その変わり身は?

 リズさんって、もしかして二重人格ですか

「リズ、もう帰ろう」

「ああ、そうでしたわ。リズとしたことが。おぼっちゃまのご安全こそが最優先でしたわ」

 ルスはそっと席を外そうとしたけど、リズは見逃さなかった。

「ルス」

「は、はい」

「お城に戻りましたら、後でゆっくりとお話を致しましょう」

 ルスはうな垂れながら、兵士が集まっている場所に向かった。

 まるで、敗残兵のように。

 英雄なのに。

 現実は厳しいな。

 上司に嫌われた営業マンの悲哀を見るようだ。

 どんなに頑張っても、いくらいい成績を出しても、何故かドンドン状況が悪くなるような。

 気の毒だなあ。

 やはり結婚相手は、慎重に選ばないといけないと思う。


 参考になるかどうか、正直分からないけど。


「さあ、おぼっちゃま。どうぞ、リズの背に」

 リズはこっちに背中を向け、その場でしゃがんだ。

「え?」

 これって、おんぶなのか?

 いや、やめてよ。こんなに人目があるのに。

「おぼっちゃま。リズに遠慮はご無用でございますわ」

「遠慮してないって」

 本気です、本当に遠慮してません。

 恥ずかしいだけです。

 言えないけど。

「おぼっちゃま、さあどうぞ」

「リズの方が、疲れているんじゃないかな?僕はほら、何ともないし」

「おぼっちゃま。ご無理をしてはいけませんわ。お身体を労ってくださいませ。ここは、リズにお任せくださいませ」

 リズはズズズッと背中を俺に押し付け、その勢いのまま俺を背に担いでしまった。


 不思議と逃げるとか抗うといったことを、しようとは少しも思わなかった。


 親猫に捕まった子猫って、こんな感じなのかな?


 今なら分かる、親猫に捕まった子猫の気持ちが。


 動きたくないんじゃない、身体が動かないんだ。


「さあ、しっかりとお掴まりくださいませ」


 掴まるというより、捕まったと言う方が正解だろう。


 でも、誰も信じてくれないだろうなあ。


 俺って、世間からどう見える?

 どう見ても、年上の女性に甘えている依存症の子供か、重度のマザコンだろう。


 恥ずかしい。


 ならせめて、重症患者を装おう。

 苦しそうにしていよう、適当に。

 あんまり苦しそうにしていると、かえってリズが心配するから。


 過剰に。


 幸いなのは、この光景を見ている街の人々は、俺の正体を知らないことだけだろう。

 それだけが、せめてもの救いだ。

「さあ、みなさま!おぼっちゃまはこれから、お城にご帰還致しますわ。おぼっちゃまのご警護を、皆様!しっかりとお願いいたしますわ!」

 あ、終わった。

 これで俺の正体は、街中に知れ渡ることになるだろう。

 まともに歩くことも出来ない、マザコンおぼっちゃま。

 そんな噂が立っても、俺にはどうすることも出来ない。

 ネットが無い世界なのに、俺は精神的に死ぬことになりそうだ。

 

 死にたい。


「おぼっちゃま」

「な、なに、リズ」

「なんでもございませんわ♪」


 リズはなんで、こんなに元気なのさ。


 でも、リズの背中って暖かいなあ。


 まずい、気持ちよくなってきた。


 気が遠くなる。


 寝てはダメだと思うものの、抗うことが難しくなった。


 谷底に吸い込まれるような、そんな錯覚すら感じる。


 ああ、もうダメだ。


 力が抜ける。


 すると、かすかに歌が聴こえてきた。


 リズの鼻歌だった。




 子守唄だった。





 眠ってしまった。

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