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終末の魔女  作者: せいじ
18/22

18

 道化師は胸を押さえ、膝をついている。





 リズは刃物を構えている。


 






 すべては一瞬の、出来事だった。









「その坊やをボクに渡しなよ。悪いようにはしないからさ」

「この子は、リオンは私の命です。あなたになんか、あなたなんかに絶対に渡しませんわ!」

「はあ~、どうして女って、こうも愚かなんだろうねえ。せっかく、見逃してあげるって言ってるのにさ」

 道化師はすっかり呆れていた。

 ため息も吐いた。

「お姉さんさぁ、このままだとそこの坊やが誰にさらわれたのか、分からないと思うよ。君のご主人さまにこのことを知らせるのも、忠誠心の表し方のひとつじゃないのかい?」

 道化師はなんで、こうまでしてリズを逃がそうとするんだろうか?

 何か理由でもあるのかな?

 まさか、本当に女性を傷付けたくないとか、それが理由か?

 それとも、目的は俺だけだから、関係ない人間を巻き込みたくないからか?


 無用な殺生は、避けるのがプロということか?


「それが賢いって奴じゃないのかい?」

 道化師はまだ、リズを説得しようとするけど、伸ばした腕を背中の後ろに回した。

「だ、だから、ひ、ひとちがいです!だれかと、だれかとまちがえてます!!!」

「誤魔化すのはもういい。ボクはね、面倒くさいのキライなんだよ」

 道化師は背後から、細身の剣を取り出した。

「さっさと行けよ、今の内だ」

「ち、近づかないでください!それ以上近づいたら、承知しません!」

「メイド風情が、何を承知しないって?」

「お母さんは、決して逃げたり致しませんわ!」

 黒い色をした剣は禍々しく、人の命を何人も吸った、そんな感じがする。


 こんな時なのに、俺はその剣に見惚れてしまった。



 道化師は、剣を振り上げた。



「リズ!」

「よく頑張りましたわ」

「え?」

 リズが俺から身体を離した。

 離したその瞬間、目の前で旋回した。


 リズは、ウィンクをした。



 微笑みながら。



 道化師の顔が、一瞬で歪んだ。


「な!?」

「えええ?」

 リズは回りながら、手に持っていた刃物で、道化師の胸を斬り割いた。


 血しぶきが飛んだ。

 

 その刹那、一瞬だけ動きを止めた道化師は、叫びながら剣を勢いよく振り下ろした。


「このおおおおお!!!メイドの分際でええぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 雄叫びを上げながら振り下ろす剣を、リズは旋回しながら華麗にいなした。

 振り下ろされた剣は、勢いが付く。

 攻撃を避けられてしまった道化師は、勢いが付いた剣を慌てて引き戻そうとするが、リズは道化師にその暇を与えなかった。

 持っていた刃物で、上から剣を押さえ付けた。

 勢いが付いた剣を、道化師は引き戻すことが出来ない。

「え?」

 剣の先端が地面に刺さる。

 禍々しく見えた黒い剣を、リズは上からあっさりと叩き折った。

「は!?はああああ?????」

 驚く道化師。


 止まらないリズ。


 ポニーテールにした髪も、リズを追いかけるように回り続けた。


 黒い剣を叩き折った勢いそのままに再度旋回を行い、勢いのまま刃物を突き出した。


 道化師の首に、喉に向かって。


 道化師の顔が歪んだ。


 避けられない。


 やったと思った。


 道化師の喉笛に、刃物の先端が接触する、その刹那!


「トベ!」

「え?」

「飛べ!飛べ!!飛べ!!!飛べえええええ!!!!」

 喉が貫かれるその一瞬、道化師は後ろに飛んで行った。

 否、後ろに引っ張られていった。

 道化師はリズの側から、勢いよく離れて行った。

 リズはその場で、停止した。



 金色に輝くポニーテールは、剣と共に舞う。



 その煌めきは、残心のリズを追い越す。


 

 金色に輝く光跡を残しながら、胸の前に舞い降りた。



 その間、後ろに飛んでいった道化師は、無様に転がりながらも最後は何とか構えを取った。


 態勢を整えた道化師は、持っていた剣先をリズに向けた。

 しかし、リズに向けた剣は、もう存在しなかった。

「チッ!」

 道化師は舌打ちすると、持っていた柄だけになり果てた剣を投げ捨てた。

「おい!」

 道化師は片方の手で胸を押さえ、もう片方の手で首に触っていた。

「お前、何者だ!」

 ああ、それは俺も気になる。

 今のリズの立ち回りは、一体何?

 リズって、何者?


 カッコいいの一言以外に、表現しようが無かった。


「ただのメイドじゃないな?」

 道化師のその問いに対してリズは、返事の代わりにため息をひとつ吐いた。

「ふ~、踏み込みが浅かったようでございますわ」

「あ?」

 リズは道化師を見つめ、ため息を吐いた。

「・・・・・・やはり、そうでしたか。・・・・・あなたが・・・・・・・魔女でしたか」

 え、魔女?って、何?

 魔族とどう違うの?

「チッ!」

 舌打ちした道化師の様子が、明らかに変わっていた。

 胸と首あたりから出ていた煙は、やがて身体全体から出ていた。

 

 顔が、あの派手な顔の化粧が、見事に消えていた。

 その顔は、明らかに女性の顔だった。

 しかも、赤かった髪の色は、白、否、銀色に変化していた。

 深い闇の色をした瞳は赤みを増し、肌も真っ白になった。

 白い肌というより、色素が無いように見える不思議な肌をしていた。

 華奢な身体も益々華奢になり、胸のあたりが膨らみ始めた。

 男のようだった胸板は、女性特有の二つの膨らみに変化した。

 

 明らかに、女性だった。


「そうですか、魔女がお相手でしたか」


 リズは構えを解き、腰に巻いてあるエプロンの紐を解いた。

 解かれたエプロンはその場に落ちることはなく、ゆっくりと風に流されていった。

 リズはスカートを持ち上げ、持っていた刃物でまっすぐと縦に切り割いた。

 まるで、カッターナイフで紙を切るように。

 解放された足を、勢いよく前に出す。

 切り割かれたスカートから、リズの足があらわになった。

 初めて見るリズの足は驚くほど真っ白で、こんな時なのに俺の心臓は跳ねた。

「でも、やけに白いな?」

 よく見ると、どうやらストッキングを履いていたようだ。

 この世界にも、ストッキングがあるんだと呑気に考えたけど、今はそれどころではない。

 状況は変化したんだ。

 変化した状況を整理すると、一対六ではなく、二対六になった。

 少しだけど、状況が好転した。

 これなら、いけそうだ。

 次は俺の出番だ。

 ルス直伝の剣術を、見せる時だ!

 ルスから預かったナイフを鞘から抜こうとしたら、そこにあるのは空になった鞘だけだった。

「へ?」

 俺が持っていたはずのナイフは、リズが持っていた。

 俺は空になった鞘と、リズが持っているナイフを交互に見た。


 いつの間に。


 そうか、最初の旋回の時にリズは、この鞘からナイフを抜いたのか。

 どんな反射神経だよ。

 あの動きで、何であんな真似が出来るんだ?

 すごい動体視力の持ち主じゃないか?

 本当にリズって、何者なんだ?

「集え!」

「え?何?」

 魔女が何かつぶやいていた。

「・・・・・・・・・・リオン」

「え?」

 リオンって、俺のことか。一瞬、誰のことか分からなかった。

「決して、動いてはなりません。決してでございますわ」

「う、うん」

 何だか分からないけど、何かが起きるようだ。

 すると、魔女は手を伸ばした。

 伸ばした腕をこちらに向けた魔女は、余裕を取り戻したせいかにやりと笑った。

「死ね、ババア。魔術解放!」

 開かれた手から、光が放たれた。

 魔女の手の平の先に現れた何かが、こっちに飛んできた。

 光は煙に変化した。

 それは黒い煙の塊としか言いようがなく、それがまっすぐこっちに向かってきている。


 間違いない、攻撃魔法だ。多分。


 しかし、リズは動かない。

 違う、動けないんだ。

 俺がすぐ後ろ居るから、リズは逃げられないのか。


 また、リズは俺の盾になろうとしているのか。


 俺が、リズの足を引っ張っているのか?


 情けない。

 でも、どうすればいいんだ。

 今更、ここから逃げられないし、そもそも動けない。

 肝腎のリズは、逃げる気はないようだけど。


 持っていたナイフを、上段に構えたからだ。



 リズは、いったい何をする気だ?



 リズは大きく息を吸い、あらわになった足を一歩前に踏み出した。


 煙はゆっくりと近づいているように見えたけど、あっという間にリズの目の前に来た。


 ぶつかると思った。


 煙がリズの目の前に来た、その瞬間だった。


 リズは気合一閃、上段に構えたナイフを煙に向かって振り下ろした。


「エイッ!」


 煙は二つに分かれ、リズや俺を避け、後方の壁にぶつかり、そのまま炎上した。


 すごいとしか、言いようがなかった。

「・・・・・・・リオン」

「え?」

「ご無事でございましょうか?」

「う、うん、だ、大丈夫だよ。ぼ、僕のことは気にしないで」

 ダメだ、すっかり動揺している。

 というか、何なんだ、この二人は?

 魔女が魔法を使うのは分かる。

 魔法を使うから、魔女・・・・・で良かったんだっけ?

 何か違うような気がするけど、詮索は後回しだ。

 そういうのは、やることをやってからだけど、問題は俺に何が出来るかだ。

 リズがやった魔法を切り割くなんて、ちょっとおかしくないか。

 煙を切るなて、物理的に可能なのか?

 実際、やっているんだから出来るのだろうけど、問題は俺にも出来るかどうかだ。

 それとも、何かからくりでもあるのか?

 実はリズも、魔女とか?

 分からない。



 リズは一体、何者なんだ?



「動いてはなりませんよ。・・・・・・リオンは、・・・・・・・・お母さんが・・・・リオンのお母さんが必ずお守りいたしますから」

 おお!なんと心強い言葉だと言いたいけど、これでいいのだろうか?

 リズはナイフを、まっすぐと魔女に向けた。

「おい!今何をやった!」

 魔女の甲高い声が、俺の耳元にも届いた。

「おい!聞いているのか?術式を切るなんて、どうやったんだ?」

「あなた」

「あ?」

「お退きなさい」

「お前!」

「お退きなさい。今なら、見逃して差し上げますわ」

「おまえええええ!!!!!!」

 魔女の肩が震えているのが、ここからでもよく分かる。

「跳べ!」

 魔女が後ろに飛んだ。

 今度は、ちゃんと飛んだようだ。

 ただ、これでリズとの距離が開いてしまった。

 いや、もしかしたら逃げる気かもしれない。


 だが。


「このババアが!」

 遠くからでも、怒っているのがよく分かる。

「メイドの分際で!たかがメイドの分際で、このボクに、このボクに退けだと?見逃してやるだって?バカにしやがって、バカにしやがって!!!」

 魔女は両手を天に向かって、高々と掲げた。

「もういい、もういい。もうどうなっても知らないからな。全部、お前のせいだ!」

 何かが、光った。

「発動!」




 空気が震えた。




 リズは左右を見てから、振り返って俺を見た。

 その顔は、今までに見たことが無い顔だった。


 焦っている、そんな表情だった。


「集え!集え、集え、集え、力よ!我が元に集え!術式展開!」

 空が光り輝いた。

「おぼっちゃまあああああ!」

 リズがナイフを捨て俺の側に駆け寄り、そのまま覆いかぶさってきた。

「お伏せ下さい!!!!!!」

「な、なにを?」

 俺はリズに押し倒され、そのまま動けなくなった。

 俺はどうにかして光り輝いた空を見ようとしたけど、リズは俺の頭を押さえつけ、そのまま自分の胸に押し付けた。

 俺の口はリズの胸に押さえつけられてしまい、何もしゃべることができなかった。


 若干、息苦しい。


 これだと、状況が分からない。

 いや、最初から何が起きているのか、俺にはまったく分からない。

 ただ分かるのは、非常にまずい状況だということだけだ。

 明るかった空が、今度は暗くなり始めたからだ。

 まるで、ゲリラ雷雨に遭う直前の、そんな空のように。

「リ、リズ」

 声は届かなかった。


 その時だった。


「だいじょうぶ」


 かすかに聞こえた。


 それはとても、小さな声だった。

 聞いたことのある、どこか懐かしさを感じさせる、とても小さな小さな声だった。


 小さいけど、弱くはない。


 とても、力を感じさせる声だった。


「集え、集え、集え、力よ、もっと集え!」

「散れ、散れ、散れ、集まりし力よ、あるべき場所にお戻りなさい」

 詠唱が重なる。

 もう一人は、一体どこに居るんだ?

 近くに居るはずなのに、気配が感じない。

 というか、リズに押さえつけられているので、何も分からない。

「リズ」

 声は届かない。

 リズは俺を押さえながら、何かつぶやいていた。

「聖なる神よ、月の女神よ、どうか、どうかおぼっちゃまを、おぼっちゃまだけはお守り下さいませ。聖なる神よ、月の女神よ・・・・・・・・・」

「リズ」

 リズの言葉は段々、聴き取れなくなっていた。

 詠唱も重なり合っている。

「我が力よ!矮小なこの愚か者どもに、正義の鉄槌をくださん!」

「理よ、愚かな行いをする者の力を奪いたまえ」

 もう、訳が分からない。

 リズが何を言っているのかも、俺には分からなかった。

 でも、これだけは分かった。


 

 これだけは、はっきりと聞こえた。







「あいしてます」







 リズの声で、分かるのはもうこれだけだった。

 これだけは、明瞭だった。

 俺もそれに応えたいけど、状況は変わらずでリズに語り掛けることが出来なかった。

 かろうじて、息が出来るぐらいだった。


 何が起きているのか分からないし、暗くなった空のせいで殆ど何も見えないことが、こんなにも不安にさせるのか。


 目の前に居るリズだけが、唯一分かる存在だった。


 でも、不安しかない。


 リズの温もりと微かな心音と、あいしてますが俺をかえって不安にさせた。




「粉砕せよ!魔術解放!!!」

「対抗、魔術消滅」

「あいしてます」




 三つの言葉が、重なり合った。




 

 俺は、何も出来なかった。

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