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はあ~、疲れるなあ。
女性と一緒に歩くのって、意外に気を遣ってしまい、何だか疲れるかも。
俺って、こんなに女性に弱かったっけ?
違うか、俺は人間そのものに弱かったんだ。
会社では新人にまで、顎でこき使われた実績があるぐらいだから。
まあ、その新人は結局、問題を起こしてクビになったけど。
その尻拭いをさせられる羽目になったのは、ちょっとムッときたが。
でも、俺のサポートが足りなかったんじゃなかったのかと言われたので、仕方なく対応することになった。
特にその新人は、上司のお気に入りだっただけにね。
ちなみに、新人は若い女性だったけどね。
人間って、なんだろうね。
ダメダメ、気分を挙げて行こう。
「おぼっちゃま?」
「リオンだよ、お母さん」
「も、申し訳ございません、おぼっちゃ・・・・リオン・・・・さま」
何だ、そりゃあ?
「リ・オ・ン」
「はい、おぼっちゃ・・・・リ・・・オ・・ン・・・・・」
何だろう、その間は。
むしろ、余計に不自然になったような気がする。
まあ、いいや。
なるようになるさ。
この呼び方が我が家の家庭内ルールだは、ちょっと無理があるかな。
しかし、見渡す限りのこの殺風景さは、俺を益々落ち込ませるようだ。
ビジネス街と言うよりも、無機質な官庁街と言うべきだろう。
だって、ビジネス街の方が、まだ活気があるしね。
役所に思い入れは無いし、そもそもいい思い出は無いし。
嫌な話なら、いくらでもあるぐらいだ。
散々たらい回しにされた挙句、最初に案内された部署が正解だった上に、担当者に嫌味を言われたことがある。
俺は忙しいと。
俺だって、忙しいんだ!
とは、言えなかったけどね。
こんなに殺風景だと、昔の嫌な出来事を思い出すから、何となく来るんじゃなかったなあと、そう思いたくなる。
違うか。
観光の為に情報を収集しなかった、俺が悪いのか。
スマホがあればなあ・・・・・・・・・。
この街の何が名物か、それすらも分からないから。
そういえば、俺のスマホどうなったかな?
きっと、粉々になっているだろうなあ。
あれだけ派手にトラックと衝突したんだから、無事な訳はない。
まあ、どうでもいいか。
ロック掛かっているし。
死んだ後だから、もうどうにも出来ないし。
「おぼっちゃ・・・・リオン?」
ああ、もう!
「何、お母さん?」
「何か、ご不満でもございますか?」
普通、お母さんは子供に向かってそんな馬鹿丁寧な口調で言わないよと言いたいけど、リズが余計に混乱するから言わないでおこう。
「なんで?」
「いえ、なんとなくでございます」
「ううん、もっと楽しい街かと思ったんだけど」
「ああ、さようでございますか」
「うん」
「それでしたら、中央広場に向かいましょう」
「え?」
何それ?というか、ここはそもそもどこだ?
俺はどこに向かっていたんだ?
だいたいリズは、俺をどこに連れて行こうとしてたんだ?
まあ、要望を言わなかった俺も悪いけど。
「中央広場って、どこにあるの?」
「街の中心にございます。礼拝堂の前にございますわ」
「へえ~」
なるほど。
よく考えたら普通は教会の前に人が集まるから、そこを中心に都市計画とか街作りとかするんだろう。
こういう世界では信心深くて普段から礼拝に行く人が多いはずだから、そこを中心に街が広がり、教会に近付けば近付くほど、にぎやかになるはずだ。
「じゃあ、その中央広場に行こうよ」
「はい、おぼっちゃ・・・・リオン」
もう、ここでの俺の名前は、オボッチャ・・・・リオンにするか。
長いな。
二人連れでてくてく歩いて行くと、街を歩く人も増え始め、徐々に賑やかになってきた。
やっと、街らしくなってきた。
商店街のような、店が立ち並ぶような場所まで来ると、気分が高揚してくる。
俺は自然と、早歩きになってきた。
「リ・・・・お母さん!」
リズの事は言えないな。大声で、リズと呼ぶところだった。
「はい、おぼっちゃ・・・・リオン」
まあ、こちらは通常運転だろう。多分。
「あれ、食べたい」
「あれ、でございますか?」
指を指した方向に、屋台があった。
串焼きの店のようだ。香ばしい匂いが、俺の胃を刺激する。
「で、でも」
まあ、そうだろうさ。リズから見たら、明らかなジャンクフードだろう。
でも、ここは譲れない。
「お願いだよ、お母さん」
「ええ~」
「少しだけだよ」
リズの腕を取り、上目使いで頼みごとをする。
リズには、これが効果てきめんだ。
「わ、分かりましたわ、おぼっちゃ・・・・リオン」
「うん!」
屋台の前まで、俺はリズを引っ張った。
そこにはいかにもなおっちゃんが、串に刺さった肉を焼いていた。
近くまで来ると、殺人的なまでの香ばしさだ。
これだけで、ごはん三杯はいけそうだ・・・・ごはん、食べてないなあ。
白飯、食いたいなあ。
気を取り直そう。
無いものは無いんだ。
屋台の看板には、羊肉と表示されていた。
焼き鳥では無かったけど、ぜいたくは言えない。
「おじさん」
「坊主、買うのかい?」
「うん」
「おいくらでございましょうか?」
「おお!これまた、見たことがないぐらいの美人さんだね」
「ありがとうございます」
「美人の母ちゃんで、良かったな坊主」
「うん!」
やっぱり、親子に見えてたか。
姉にしなくて良かった。
いちいち訂正する手間が省けたし。
でも、もしかしてリズって、俺が思う以上の年上なのかな?
まあ、いいか。
リズが俺の想像以上に年上でも、彼女が魅力的な女性であることには変わらないし、俺にとっては聖母さまだ。
「ほらよ」
「ありがとう!」
俺はおっちゃんから串に刺さった肉を受け取ると、おっちゃんがリズにも串に刺さった肉を渡した。
「一本で結構でございますけど?」
「とびっきりの美人だから、おまけですよ」
「ええっと」
リズは俺を見るけど、こういう場合はそんなことをせず、ありがとうと言って受け取るものだよ。
でも、こんな言い方をしたら二人の立場が分かるので、賢い子供はこういうのさ。
「良かったね、お母さん!」
「はい♪」
ちょっと、違うか。
おっちゃんは首を傾げていたけど、お城勤めは変わり者が多いからなあとこぼしていた。
お城勤めの使用人と、その息子と思ったようだ。
案外、身分を完全に隠しきれていないけど、まあこんなもんかな。
お城勤めをしているメイドさんと、その息子。
その設定でいこう。
でも、変わり者が多いって、どういうことだ?
そんなことを考えつつ、俺は串に刺さった肉にかぶりついた。
「ああ、お毒見を」
「平気だよ」
リズはおろおろしていた。
見ていて、ちょっと面白いかも。
「おぼっちゃ・・・・リオン、いけませんわ、立ったままでお食事をするなんて」
「お母さんも食べなよ」
「リ・・・・お母さんもでしょうか?」
もしかして、リ・・・・お母さんと呼ばないといけないのかな?
「美味しいよ」
実際、美味しいかどうかは微妙だけど、スパイスがよく効いていて、とても香ばしい味がする。
肉自体は、それなりに噛み応えがあるけど、味はどうなんだろう。
少なくとも、上品な味ではない。
でも、こんなのが食べたかったんだ。
ジャンク臭がすると言えばいいのか、ファーストフードの匂いのするあの懐かしい感じが、俺の胃を躍らせる。
俺は肉にかぶりついたけど、リズは口を小さく開け、可愛くちょこっとずつ口に含んでいた。
「あら?美味しゅうございますわ」
「でしょう」
「おぼっちゃ・・・・リオンは、こういうお料理ががご所望でございましたか?」
「うん!」
「では、料理長に同じお料理が出来ないか、申し付けてみますわ」
「やったあ!」
屋敷のあの精進料理顔負けのさっぱりした料理から、解放される日が来る!
とは言うものの、目黒のサンマみたいなことにならないといいなと思う。
その時はその時で、それこそここに買いにくればいいだけだろう。
サンマは目黒に限るってね。
サンマ、食いたいなあ。
とは言うものの、これだけでもここに来てよかったと思う。
するとリズは、俺の口元を拭いてくれた。
不思議と、恥ずかしさは無かったけど、いいのかこれで?
それなのに俺はむしろ、自然に口をリズの方に向けてしまう。
リズが拭きやすいように。
もはや、俺は重度のマザコンではないのかと、自分を疑ってしまう。
でも、こんなに献身的で、しかもかなりの美人で、おまけに巨乳の女性を邪険に扱える男など、この地上に居るだろうか?
居たらいたで、変わり者扱いに違いない。
そうだ、俺は正常なんだ!
決して、お城の変わり者ではない!
でも、いずれ俺は聖都に行く、らしい。
だから、今のうちに甘えておこう。
自分の口を拭くのだって、これからはいくらでも出来るし。
もしかしたら、俺の人生で唯一のモテ期かもしれないから。
甘えさせてくれる、唯一の存在かもしれない。
最後の機会かもしれないし。
考え過ぎかな。
すると、広場のあたりで何か賑やかな音楽が鳴り響いた。
生演奏の音だ。
ライブかな?
ライブなんて、本当に久しぶりだ。
俺はワクワクしてきた。
「リ・・・・お母さん!」
「はい、おぼっちゃ・・・・リオン」
「行こう!」
俺はリズの手を引き、広場に向かった。
リズは食べかけの串の扱いに困っていたので、俺が残りを平らげた。
串はその辺の、ゴミ箱にポイッと投げ捨てた。
リズは何か言っていたけど、どうやら開演時間のようだから、話なら後で聞くよとリズを引っ張っていった。
リズも何だか、楽しそうだし。
まあ、リズも人目を気にしているようだけど、俺はもうそれどころではない。
だって、ライブだよ、ライブ!
上がるなあ。
俺とリズは、開けた場所に出た。
礼拝堂が目の前にある、意外に大きな広場だった。
広場の中心には噴水があり、広場の周囲には大きな木も植えられていて、とてもキレイな場所だった。
まさに、憩いのスポットだろう。
そのせいか、人だかりも出来ていた。
まさに、休日らしい感じがする。
前世では人だかりは嫌いだったが、人だかりを見るとどこか安心する。
ここに来てよかったと、心から思った。
心から、思ったんだ。




