15
外に出る。
屋敷の外に出る。
敷地の外に出る。
すぐ目の前なのに。
見慣れた風景なのに。
外に出る。
それだけで、ドキドキする。
なんだか、冒険に出るような気分だ。
これだけでも、お出かけは正解だった。
しかも、俺の隣には絶世かどうかは分からないけど、かなりの美人がいる。
しかも、巨乳ときた。
さあ、世の男性諸氏よ、羨んでくれたまえ!
どうだ、羨ましいだろう!
妬んでくれても、一向に構わないよ。
というのは、まあ冗談です。
実際はというと、俺を街までよく言えばエスコート、悪く言えば連行されているような恰好なのだ。
リズに言わせると、森は危険だかららしいけど。
でも、そんなに深い森には見えないし、なんならただの雑木林と言ってもいいレベルだ。
樹木の隙間から、建物らしき構造物が見えるぐらいに。
こんな雑木林に毛の生えた場所のどこに、危険な動物がいるんだ?
もしかして、毒蛇でも居るのか?
まさかな。
「さあ、街に向かいましょうか、おぼっちゃま」
リズは足早にまるで先導するように、俺の手を引っ張っていく。
「もうちょっと、ゆっくりでもいいんじゃないかな?」
森林浴だってしたいし。
「いけません、何が出るか分かりませんわ!」
ああ、そうですか、そうですよね、そうなるといいですねえ。
何が出るんでしょうねえ。
熊?
イノシシ?
鹿?
鳥ぐらいなら、居そうだね。
いかんいかん、もっと前向きに、気分を挙げて行こう。
俺は美女とデート、俺は巨乳美女とデート、俺は金髪巨乳美女とデートなんだ!
どうしてだろうか、すでに挫けそうな気分になりそうなのは。
テンションが下がる。
やっぱり、一人で来ればよかった。
そうこうしている内に、森という名前の雑木林を抜けると、民家というにはちょっと重々しい建物が視界に入ってきた。
そこには、兵士らしき人が立っていた。
「何者だ!」
「ここは通さん!」
「通行証を見せろ!」
「さては、敵国のスパイだな!」
残念ながら、そのようなことは一切なく、逆に敬礼される始末だ。
「ここはお任せください!」
「はい、お願いしますね」
「はい!!!!」
まあ、金髪巨乳美女に声を掛けられたら、普通に張り切るだろうけどさ。
でもどう見ても、平民の二人連れに対する扱いじゃないよなあ。
お忍びだって、連絡はいっていないのかな?
この先も、この調子なのかな?
幸先悪いなあ。
街の入り口あたりはやけに殺風景で、コンクリート作りみたいな、恐らくは石やレンガで作られた建物が、まるで城壁のような恰好で建っていた。
見ていても、気分は上がらない。
むしろ、落ちるぐらいだ。
う~ん、期待外れのような。
人も歩いていないし。
「どうかなさいましたか、おぼっちゃま?」
「ああ、うん、別に」
「そうですか」
う~ん、そもそも女性とどのような会話をすればいいんだ。
定番の新スポットとか、海外グルメとか、芸能ネタとか?
そもそもここは異世界だし、前世でもそんなのは苦手だった。
美味しい立ち食いそばの店なら、なんとか教えることが出来るけど。
新人女子に立ち食いそばを教えたら、思いっきり引かれたなあ。
あれから、彼女はどうしているんだろうか?
そういえば、随分とそばを食べてないなあ。
せめて、インスタントラーメンとか無いのかなあ?
ホームシックにかかりそうだ。
「おぼっちゃま?」
「え?」
「大丈夫でございますか?」
リズが俺の顔を覗き込んできたけど、どうもリズに隠し事は出来ないようだ。
「大丈夫、大丈夫」
「何かございましたら、リズに遠慮なく申してくださいませ」
「うん!」
努めて明るく振舞おう。
だって、せっかくのお出かけなんだから。
そうだ!
「ねえ、リズ」
「はい、おぼっちゃま」
「その、おぼっちゃまは禁句にしない?」
「ええ?どうしてでしょうか?」
だから、すぐに暗い顔をするのは、やめてくれないかな?
胸はズキッとするし、胃だってキュッとするからさ。
「街ではさ、僕たちはお忍びだよね?」
「はい、さようでございますわ」
「だったらさ、身分を隠さないといけないよね?」
「もちろんでございますわ!」
「なら、おぼっちゃま呼びはまずいよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
だから、それ、やめて!
お願いだから、俯かないで!
「リズ」
「は、はい」
「今だけだから」
「はい!」
「だから今から、僕のことはリオンって呼んで」
「リオン・・・さまでございますか?」
「リオンだよ」
「リオン・・・・・・・・・・でございますね」
「うん」
何だ、その間だ。
「それでリズは、どう呼ぼうかな」
おばさんという感じではないし、年の離れた姉で行こう。
「リズは、姉さまにしよう」
「いけません!」
「え?」
「おぼっちゃまの姉君は、ティアお嬢さまだけでございますわ!」
そうだ、そういえば俺には姉がいるらしい。
いるらしいけど、会った記憶が無い。
「う~ん」
じゃあ、どうしようか」
「リズではいけませんか?」
「だって、年上の女性の名前を呼ぶのって、おかしくないかな?」
どうしてだろう、リズは指を顎に当てながら、小首を傾げていた。
もしかして、名前呼びは普通なの?
そういえば、海外では社長も平社員も、お互いに名前で呼び合っていると聞くから、それが普通なのか?
「確かに、そうでございますわ」
良かった、間違っていなかったようだ。
「では、いかがいたしましょうか?」
リズは俺の顔を覗き込みながら、疑問を訊ねてきた。
どうするか。
おばさんは論外、姉さんもダメなら、もう一つしかない。
「お母さんじゃ、ダメかな?」
すると、リズは絶句した。
「え?」
リズは両手で口を覆い、震えていた。
「リズ?」
「あの~」
「うん」
「あの~」
「なに?」
「もう一度」
「え?」
「もう一度、呼んでいただけませんか?お、お、おかあさん、と」
「お母さん?」
「もう一度、もう一度だけ呼んでいただけませんか?」
いや、これから何度も呼ぶと思うけど。
「お母さん」
「もう一度、もう一度だけ」
「お母さん」
リズは震えている。
よく見ると、目から涙が溢れていた。
「リ、リズ?」
俺は動揺した。
何か間違えたのだろうか?
幸い、ここは人通りが殆ど無いから、注目を集めることはないけど。
でも、リズを傷付けてしまった。
「リズ、ごめん」
「え?」
「リズ、泣かないで。泣かないでリズ。ごめん、リズを傷付けるつもりはなかったんだ」
「あ、あの、そうではなくて、ええっと、あのでございます・・・」
リズにしては、歯切れが悪いな。
とにかく、俺はポケットの中に入っていたハンカチを出して、リズの涙を拭ってあげることにした。
それしか、今は思いつかなかった。
「おぼっちゃま?」
「ごめん」
「いいえ、いいえ、リズが、リズが悪いのでございますわ」
「でも、リズが泣くと、僕は心が痛くなる」
「申し訳ございませんわ、おぼっちゃま。リズは、リズはとても嬉しかったのでございますわ」
「え?」
「おぼっちゃまが気にされる必要は、どこにもございませんわ」
「そうなんだ」
「はい♪」
急に機嫌が良くなったようだ。
女心は分からん。
リズは、いつものリズに戻ったようだ。
戻ったのだろうか?
俺には、やはり分からない。




