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すんごく、キラキラしている。
俺はその光景に圧倒され、あんぐりと口を開けてしまった。
「さあ、こちらにお乗りくださいませ」
「ええっと、これは何?」
「はい、馬車でございますわ」
馬車ぐらい、見れば分かるけどさ。
でも、聞きたいのはそこではない。
「何で?」
「何でとおっしゃられても、おぼっちゃまが街に向かうためにご用意いたしましたわ」
こんな立派な装飾が施された馬車で街に乗り付け、颯爽と降車する良家のおぼっちゃま。
なんて素敵なシチュエーションなんだろうか。
さぞや、目立つことだろう・・・・・・・・・・論外だ!
「リズ」
「はい、おぼっちゃま」
「歩いていくよ」
「ええ?どうしてでございましょうか?この馬車が、ご不満でしょうか?」
「不満は無いよ」
不安なだけ。
「で、では」
「目立つでしょう?」
「はい!おぼっちゃまは大公家の跡取りでございますから、目立って当然でございますわ!」
そんなに胸を張らなくても、リズのお胸は十分立派だと思うよ。
でもね、お忍びだよね?
ねえ、俺とリズは何のために、平民の格好をしているんだい?
リズの目は、爛々と輝いていた。
俺は残酷なまでの、事実を突きつけられたような気分になった。
そう、分かって・・・・・・なかったようだ。
やれやれ。
「あのね、僕はお忍びで街に行くんだよ」
「もちろん、承知しておりますわ」
リズは益々胸を張ってきた。
自信たっぷりだ。
でも、どうしよう?
ダメだ、頭痛がしてきた。
わざとではないところが、厄介だと思う。
でも、どうにかして説得しないと。
俺は首を振りながら、思案することにした。
本当にどうしようか?
行くの止めるか?
それとも、諦めてこのど派手な馬車に乗って、私は庶民で~すと自己紹介でもするか?
ただの馬鹿だろう。
「どうかなさいましたか、おぼっちゃま?」
リズが俺の顔を覗き込んできた。
その無邪気な表情を見ると、俺は益々絶望的になってきた。
どうすればいい?
なんて返事をすればいいのか?
すると、俺たちのお見送りに出ていたルスが、助け船を出してくれた。
普段はよく見捨てるのに。
「殿下はお忍びだから、目立つのはよく無いんだ」
「はい」
リズの表情が変わり、驚くほど無感情な言葉をルスに投げつけた。
一瞬で、その場が凍り付いた。
氷のような表情で放つ、凍り付くような言葉。
いやだ、その冷たい返事。
まるで別人みたいだ。
胃がキュッとなるから、そういうのやめてほしい。
でもなんで、この二人はそんなに温度差があるんだよ。二人は夫婦でしょう?
実際、ルスはちょっとひるんでいる。
いや、もしかして凍り付いているのか?
頑張れ、旦那さん!
「だからさ、こんな馬車で街なんかに行ったら、こちらの御方は大公家令息だと喧伝するようなものじゃないか?」
「?」
無言のリズ、固まったルス。
ルスは、なんだか後悔しているような表情をしているけど。
俺も後悔しそうだ。
「あら、いやだ。私としたことが」
ああ、良かった。分かってくれて。
「では、もっと目立たない馬車をご用意いたしますわ」
分かってなかったか!
だから、違うだろうに!
「リズ」
「はい、おぼっちゃま」
「僕はリズとふたりで、歩いて街に行きたいんだ。ダメかな?」
「まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ!!!リズにはもったいないお言葉!でも、でも、おぼっちゃまに何かありましたら、リズは、リズは心配で心配で、倒れてしまいそうでございますわ」
この女、手ごわいな。
本当に、手ごわい。
クレーマーよりも厄介だ。
クレーマーは目的がはっきりしているから、対処方法はいたってシンプルなんだけど、この善意の塊のような人を相手にするのは、正直骨が折れる。
やはり天然は、最強ということか。
「街はほんの目と鼻の先だから、歩いて行っても大したことがないと思うよ」
「でも、森を抜けていきますわ」
「森に何か出るの?」
「はい!」
やけに自信たっぷりな。
いや、リズはいつでも自信たっぷりだったな。
一応、確認しないとね。
ここは、異世界だから。
「ええっと、魔物でも出るの?」
「魔物とは、もしかして魔獣のことでございますか?魔獣でしたら、この辺りには存在しませんわ」
魔獣居るんだ!
やっぱり、ここは異世界なんだ!
と言うか、魔獣はこの辺りには居ないのね。
だったら、どこに居るんだろうか?
まあ、今はいいか。
どうせ、おいおい分かるだろう。
「魔獣が居ないのなら、安心だよね」
俺の問いにリズは、力無く首を振る。
「魔獣は居ませんが、この森には動物が居ますわ。動物・・・・・・。危険な動物が一杯おりますわ!そうです、危険な動物が群れをなして、おぼっちゃまを襲うかもしれません!」
危険な動物って、こんな屋敷のすぐ近くにそんな物騒なのが居るの?
というか、群れをなして人を襲ってくるって、どんな動物だよ。
もしかして、狼かな?
でもなあ、遠吠えを聞いたことがないけど。
もっとも、前世でも遠吠えを聞いたことが無いから、断言出来ないけど。
でも、そんなやばいのが一杯居たら、馬車でも安全じゃないと思うけどなあ。
それを確認しようと周囲を見回すと、どうも頼りになりそうな人が見つからない。
ルスは頭を抱えているし、他の使用人もソッポを向いている。
あ!そう言えば一人いた。
その人は、ツツツッとリズに近寄った。
彼女はマリーさんと呼ばれている女性で、どうもリズの側近のような人らしい。
その人が、リズに助言してくれた。
「奥さま」
「なあに?」
すげえ、温度差。
ルスが気の毒に思う。
本当に胃が痛くなりそう。
「先日、冒険者組合に依頼して、森に出る危険な動物を駆除して頂きました」
「まあ、気が利きますこと。さすが、マリーですわ」
「お褒めに預かり、光栄でございます、奥さま」
マリーさんは、深々と頭を下げた。
このメガネが良く似合う、ちょっとというか、かなり取っつきにくい感じのする、どこか冷たい印象のある女性の名前を知ったのは、つい最近のことだった。
当然の如く、この人も自己紹介がなく、リズも何?とか、どうしましたか?とか、そのようにお願いねと、名前を呼ぶことが一切無かったからだ。
それが偶然、他の使用人がマリーさんと呼ぶのを聞いて、それで名前を覚えた。
マリーサンという名前の可能性を考慮し、俺もマリーサンと呼んだら、マリーとお呼びくださいと言われたので、やっぱり名前はマリーなんだろう。
問題は、マリーさんのフルネームが分からないことだ。
そこで気になるのが、マリーさんはリズのことを奥さまと呼んでいることだ。
皆はリズをエーオス夫人とかエーオスさまと呼ぶけど、奥さまは無かった。
マリーさんだけがリズのことを奥さまと呼び、気が付くとリズのすぐ後ろに控えている。
リズが席を外すと、必ずマリーさんが代わりに側に居る。
ただ、マリーさんはいつも無言なので、正直居心地が悪い。
もしかして、俺のことが嫌いなのかな?
マリーさんはきっと、リズ個人の側近なんだと思う。
だからマリーさんだけは、リズを奥さまと呼ぶ。
本当はかどうか、よく分からないけど。
まあ、おいおい分かるだろう。
でも、この世界に冒険者が居るのか。
冒険者組合があるってことは、冒険者は居るよね?
名前だけで、実態が違うこともよくあることだけど。
とは言え、魔獣も居るし、危険な動物を狩ってくれる冒険者も居る。
それだけで、ワクワクしてきた。
俺も将来、冒険者になりたいな。
それで勇者に付いて、魔王を討伐する。
そこで美人と出会い、ロマンスに発展する。
相手は平民であって、決して王女なんかではない。
だって、王女なんかと結婚したら、後々面倒じゃないか。
王さまの後継者に選ばれたら、その国を統治しないといけないだろう。
それって、クレーム対応を国レベルでやれってことだろう?
嫌だ、そんなの。
だいたい、俺は政治家って柄じゃないし。
国の統治なんて、そんな面倒なことなんか俺に出来るか!
俺は庶民だ!
だから俺の余生は、スローライフと決まっているんだ!
そうだ、目指せ夢のスローライフだ!
ヨシ!
俺の将来の夢が決まった!
今日はいい日になりそうだ。
こうして俺とリズの二人は、街まで歩いて向かうことになったのだが、リズは馬車の御者に何か話しをしているので、俺はリズの話が終わるまで待つことになった。
するとルスが近づき、俺に耳打ちをした。
話を終えたリズが近づくと、ルスも離れた。
リズから逃げたという表現が、近いと思う。
もしかして二人の仲って、本当に悪いの?
外から見ても夫婦仲って、なかなか分からないからなあ。
結婚したことのない俺には、分からない悩みでもあるんだろう。
あんなに美人で、あんなにスタイルが良くて、世話好きで面倒見もいいのに。
・・・・そうか、面倒を見る対象は、俺だけか。
だからルスには、あんなに冷たいのか。
まあ、悪い気はしないけど。
でもなあ、スタートからこれだと、先が思いやられるなあ。
はあ~、何も起きないといいな。
違うか、何か起きることを期待して、街に出るんだ。
そう思うと、踊り出しそうだ。
楽しいことが、きっと起きるはずだ。
そう思うことにしよう。




