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「三人。三人の護衛をお付けいたしましょう」
「ええ?三人も?」
「おぼっちゃまをお守りするには、必要な人数でございますわ」
三人の根拠が知りたいけど、仮に根拠があったとしてもそれじゃ意味がない。
いかつい三人が側に居るだけで、もう息が詰まりそうだ。
吐くかもしれない。
却下だ、却下だ!
「僕は息抜きがしたいんだよ」
「おぼっちゃまのお気持ちは、リズにも痛いほどよく分かりますわ。でも、街は本当に危険でございます、おぼっちゃま」
危険って、どの程度だ?
だいたい、平和な日本だって犯罪はあったし、犯罪があるからといって、街は危険だから外出はしてはダメなんていう奴は居なかったし。
小学生だって、一人で登下校するし。
いくら危険な奴が街に居るからと言って、やたらめったら人が襲われる訳はないだろう?
知らない人と、口を聞いてはいけませんという、そのレベルでいいんじゃないのか?
そう思うと、リズは過保護過ぎだと思う。
でも、ここで切れてはいけない。
説得しないといけない。
主導権はリズにあるんだから。
そこを間違えると、交渉も失敗する。
それが例え、クレーマーであってもだ。
どんなクレーマーだって、説得するのがサラリーマンだ。
いや、今は立場が違うか。
違う、よね?
違うなら、搦め手でいこう。
「お願いだよ、リズ」
俺は禁じ手に出ることにした。
俺はベッドの端に座っていて、リズが目の前に立って居る。
つまり、俺はリズを見上げている格好になるし、リズは俺を見下ろしている。
これを利用しない手はない。
「リズ」
俺はリズの手を取り、上目遣いでリズに語り掛ける。
「お、おぼっちゃま!?」
「リズ、お願いだよ」
目が潤んでいたか、ちょっと分からなかったけど、精一杯やろうと思う。
とにかく、目に感情を籠める。
目を潤ませる。
「んんんん~・・・・・」
「ねえ、リズ」
「んんんんんんんんんんんん~・・・・・・・・・・・・」
握った手に、少し力を入れる。
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん~・・・・・・・・・・・・」
いける!
ダメ押しだ。
「ダメなんだね。じゃあ、もういいよ。僕はもうどこにも行かないよ。ゴメンね、リズ。わがままを言って」
これは効いた。
リズが震えている。
リズは目を閉じ、顔を横に向けてから息を大きく吐いた。
吐いた息を俺に当てないようにとの気遣いだろうけど、ほんの少しだけリズの吐いた息が顔に当たった。
でもそれは、不快な感じはしなかった。
だってリズの息は、かすかにハーブの匂いがしたから。
いくら異世界でも、いくら美人であっても、口からハーブの匂いがするなんてね。
リズらしいけど、きっと何か仕掛けがあるんだろう。
ガムかな?
ガムがあるなら、俺にも分けてほしいな。
ああでも、ジャンクフードはダメと言われるかな?
子供にはまだ早いと言われるかな?
ジャンクフード食べたいなあ。
そうだ、街でジャンクフードを絶対に食べるぞ!
「おぼっちゃま」
「うん?」
「ずるくおなりになりましたわ」
「ずるいの?」
「最近のおぼっちゃまは、リズにいじわるでございますわ」
「ええええ?」
「リズが困るぐらいに、ずるくていらっしゃいますわ。いつそんな技を身に付けたのでございましょうか?リズは、リズは本当に驚きましたわ」
「ごめんね、リズ」
俺はうなだれて見せた。
心の中では、ペロッと舌を出していたけど。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、リズは軽くため息を吐いた。
「もう!リズの負けでございます」
「え?」
「護衛はお付けいたしません」
「やった!ありがとう、リズ!」
俺はリズに抱き着きたい衝動を抑え、リズの手に両手を添えて、ギュッと力強く握った。
するとリズは、俺の目の前でしゃがんだ。
今度は、リズが俺を見上げる格好になったけど、もしかして反撃してくるのか?
「リズ?」
俺はリズに恐る恐る聞いたけど、意外な返答だった。
「リズがおぼっちゃまのお供をいたしますわ」
「え?」
「おぼっちゃまの身の安全は、このリズが身をもってお守りいたしますわ」
女性を護衛にって、意味無いだろう。
それにそれって、保護者同伴ってことじゃないか?
「ええ?僕一人がいいよ」
冗談じゃない、保護者同伴で休日を楽しめるもんか。
俺は自由になりたいんだ!
それに俺は、ジャンクなフードが食べたいんだよ!
リズならきっと、そのような食べものは、お身体にお毒でございますわと言うに決まっている。
いや、リズにお毒見してもらってからなら、食べられるかな?
むしろ、逆効果になるか。
こ、こんな酷いお味、きっとお身体にお毒に決まっていますわ!と。
悩みどころだ。
「おぼっちゃま。子供が街で一人で居るのは、少々不自然でございますわ」
「そうなの?」
「子供の誘拐が多発しているのに、お外に居る子供に大人の同伴が無ければ、周りからおかしく見えてしまいますわ」
「そうなんだ」
「だから、リズがご一緒いたしますわ」
「うん」
仕方がない。
俺は失望したけど、ここが妥協点だろう。
前世でも子供が繁華街を一人で居たら、普通に補導されるだろうし、家出と間違われて家族に連絡が行く。
ましてや、街では誘拐騒動があるんだから、これ以上はわがままを通り越して、もはや世間知らずだろう。
かえって、リズに迷惑になる。
「もちろん、リズはおぼっちゃまの息抜きのお邪魔はいたしませんわ」
「そうなの?」
「はい」
「そうなんだ、それなら良かった」
「はい!」
とは言え、これにはリズの主観が入るから、邪魔かどうかの判断基準が分からない。
ちょっと不安だ。
「それで、いつにいたしますか?」
それは決めている。
「もちろん、今度の聖日さ!」
繁華街に出かけるもっとも相応しい日は、休日に決まっている。
少なくともこの世界では、恐らくは前世のような繁華街ではないだろう。
コンビニだって無いんだから、恐らくは休日である聖日にこそ、俺の求めるモノがあるはずだ。
「聖日でございますか?」
「うん!」
リズは顎に指を当て、小首を傾げていた。
リズのいつものポーズだけど、何を悩んでいるんだ?
「礼拝はいかがいたしましょうか?」
ああそうか、聖日には礼拝があるのか。
これは、この世界の住人の義務なのだろうか。
郷に入っては郷に従えとは言うから、これは避けて通れない。
なら、どうするか?
「僕は病気、具合が悪いので礼拝はお休みにする」
「神さまに、嘘をつくのでしょうか?」
「嘘じゃないよ。本当に苦しいんだから」
「まあ!」
あ、まずい。
すぐに理由を説明しないと、俺は死ぬ。
驚いたリズは、腰を浮かせて近づいてきた。
そんなリズを、俺は手で制止した。
リズのご立派なお胸ではなく、肩に手をやってですけど。
というか、リズは何でいつもそんなに俺に近いんだ?
いつもいきなりだし、少しは距離を取って欲しい。
「僕は気分が優れないし、食欲も無いんだ。これって、具合がいいとは言えないよね」
「その通りでございますわ!ああ、大変!なんてことでございましょうか!すぐに薬師さまをお呼びいたしますわ!」
あ?やぶ蛇になる。
「リズ、リズ、ちょっと待って」
いかん、このままでは話がおかしな方向に向かうぞ。
お出かけどころではなくなる。
「はい、おぼっちゃま」
「気分転換したら、すぐに元気になるよ」
「え?」
「お外に出る、街を散歩する。それだけでいいんだ」
それだけでいい訳ないけど、とにかく外に出てしまえばこっちのものだ。
リズには悪いけど。
「本当でございますか?」
「本当だとも。だって、街に行くと決めたら、いくらかだけど気分がすっきりしてきたんだ」
「まあ、そうでござましたか!」
「うん!」
「分かりました。では、おぼっちゃまの罪はすべて、このリズがお引き受けいたしますわ」
何を大げさな。
いや、この世界は中世みたいなモノだから、人々は俺の想像以上に信心深いんだろう。
神さまや魔族もいる、そんな世界なんだ。
魔女狩りとかあったら、ちょっと嫌だけど。
「リズ」
「はい、おぼっちゃま」
「僕と一緒に、神さまに謝ろう」
「でも」
「僕は僕の罪から、逃げたくないんだよ」
「まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!まあ!ご立派でございますわ、おぼっちゃま!!!」
リズはしゃがんだ状態から、俺の腰回りに抱き着いてきた。
固まった俺の目の前には、リズの頭があった。
俺は思わず、リズの頭、よく整えられた髪に見惚れてしまった。
リズの金色に光る髪は、つやつやしていてとてもキレイだ。
まるで、お人形さんみたいだと思う。
俺は思わず、リズの頭を撫でてしまった。
「おぼっちゃま?」
「あ!ゴメン、リズ。つい」
「いいえ、いいえ!リズはうれしゅうございますわ!」
「そうなの」
「はい。あんなにお小さかったおぼっちゃまが・・・」
ああ、また始まってしまった。
リズの思い出話しが。
いつ終わるか分からないけど、俺をここまで育ててくれたのがリズなら、まあこれもいいだろう。
人前では、やめてほしいけど。
そんな訳で、ついに外出だ。
さあ、何を食おうか!
焼きそばあるかな?
リンゴ飴とかあるといいな。
金魚すくい、してみたいなあ。
射的ぐらいなら、きっとあるだろう。
いいなあ。
夢だったんだ、縁日に行くの。
考えるだけでわくわくする。
その前に、この思い出話しはいつ終わるんだ?




